第四十九章 失敗の数
火曜日の放課後。
悠真は家に帰ると、いつものように宿題を先に終わらせた。
机の上を片づけてから、パソコンの電源を入れる。
【クロスギア】
ログイン画面の下に、昨日までなかった表示があった。
【本日の接続可能回数:4】
【前日の戦闘不能回数:0】
悠真は少しだけ考えた。
「昨日は倒れてないから……」
ゲームへ入る。
【現在オンライン:228,491】
また減っていた。
ただ、休日の数字と比べれば、この程度の変化は珍しくない。
悠真は掲示板を開いた。
《最近、一日一回しか入らなくなった》
《俺も。二回目になると眠い》
《戦闘不能にならなくても疲れることある?》
《長時間入ってるからじゃない?》
《深層はやめた。面白いけど疲れる》
いろいろな書き込みが流れていく。
その中に、MIZUの名前があった。
《昨日やられたから今日は一回だけ》
悠真は少し安心した。
「戻ってきたんだ」
通信を送ろうとしたところで、KAIから連絡が入った。
《今日どうする?》
《普通の任務》
《深層は?》
《今日はやめとく》
《了解》
RIONも合流した。
三人で普通の任務を選ぶ。
そこは何度も来たことのある森林エリアだった。
敵も強くない。
NPCの数も多い。
悠真は少し安心していた。
「今日は楽そうだね」
RIONが言う。
「うん」
KAIも笑う。
「たまにはこういうのもいい」
三人は進んでいく。
途中で、一人のNPCが道を外れた。
「あれ?」
悠真が振り返る。
NPCは森の奥へ歩いている。
「戻ってこい」
KAIが呼びかける。
しかしNPCは止まらない。
「何してるんだ?」
三人が追いかける。
その先に、小さな集落があった。
今まで見たことのない場所だった。
NPCが建物の前で止まる。
「ここは……」
RIONが言う。
悠真は周囲を見る。
「新しい場所?」
すると、NPCが振り返った。
「ここは私の故郷だ」
三人は黙った。
任務マップに表示されていない場所。
攻略情報にもない。
NPCは建物の扉を開けた。
中には、古い機械や写真のようなものが並んでいた。
「昔は、ここにもたくさんの人がいた」
NPCが言う。
「でも、今はほとんどいない」
悠真は画面を見る。
【新規探索地点を発見】
【未知エリア】
【記録を開始】
「こういうのも記録されるんだ」
RIONが言った。
「たぶん全部」
KAIは周囲を見回した。
「なら、少し探索してみるか」
三人は集落を歩いた。
戦闘はなかった。
それでも、悠真は面白かった。
ゲームには、まだ知らない場所がある。
ランキングやワールドボスだけが、このゲームではない。
NPCの生活。
誰も攻略しようとしなかった場所。
誰も見つけなかった道。
それもゲームの一部だった。
一時間ほど探索したところで、悠真はログアウトした。
【任務評価:B】
【探索記録:新規】
報酬は少ない。
ランキングにもほとんど影響しない。
それでも悠真は満足していた。
「今日はこれでいいや」
ゲームを終える。
その夜。
メインロビーのオンライン人数は、
【227,913】
となっていた。
少しずつ減っている。
しかし、その数字の裏には、一人ひとり違う理由があった。
疲れた人。
忙しい人。
飽きた人。
別のゲームを始めた人。
そして、ゲームは好きだけれど、長時間接続できなくなった人。
翌日。
悠真は学校から帰ると、ゲームを起動した。
【本日の接続可能回数:4】
昨日と変わらない。
そのとき、MIZUからメッセージが届いた。
《今日、少しだけ一緒にやらない?》
悠真は返した。
《いいよ》
MIZUと合流する。
彼は以前より少し慎重になっていた。
「昨日はどうだった?」
悠真が聞く。
「一回だけ」
「疲れなかった?」
「ちょっと」
MIZUは笑った。
「だから一回でやめた」
「それがいいと思う」
四人で任務へ入る。
序盤は順調だった。
しかし、途中で敵が増えた。
MIZUが一歩前へ出る。
敵が攻撃する。
MIZUは避けた。
次の攻撃。
今度も避ける。
三回目。
少し遅れた。
【耐久値:18%】
「下がって!」
悠真が叫ぶ。
MIZUは後退する。
しかし、その瞬間、味方NPCが前へ出た。
NPCの攻撃が敵に当たる。
敵の注意がNPCへ向く。
「今!」
四人が一斉に攻撃した。
敵を倒す。
MIZUは息を吐いた。
「危なかった」
「大丈夫?」
「うん」
任務終了。
【評価:A】
MIZUはすぐに言った。
「今日はもう終わる」
「うん」
悠真も同意した。
ログアウト。
MIZUはゲームを閉じた。
現実の部屋で、椅子に深く座る。
疲れている。
でも、昨日とは違った。
今日は倒されなかった。
だから、まだ少し余裕がある。
「……一回なら、まだ続けられるな」
そう呟いた。
その頃、ゲーム会社では別の数字が更新されていた。
【プレイヤー戦闘不能率】
【前週比:+8.4%】
【平均接続回数】
【前週比:-11.7%】
【プレイヤー継続率】
【緩やかな低下】
担当者が画面を見る。
「やっぱり関連している」
隣の社員が聞く。
「何がですか?」
「戦闘不能と接続回数」
画面には、複数のプレイヤーのデータが並んでいる。
一回。
二回。
三回。
戦闘不能回数が増えるほど、翌日の接続回数は減っている。
「これはゲームバランスの問題でしょうか?」
「まだ分からない」
「修正しますか?」
担当者は少し考えた。
「しない」
「なぜ?」
「今のところ、ゲームそのものは成立している」
「でもプレイヤーは減っています」
「それも含めて、記録する」
担当者は別の画面を開いた。
そこには、悠真たちの記録があった。
【YUMA】
【戦闘不能:低】
【接続継続:高】
【失敗後の行動変化:高】
【未知エリア探索:高】
そして、その横に、
【MIZU】
【戦闘不能:中】
【接続継続:中】
【再接続間隔:増加】
というデータが並ぶ。
二人の違いは、戦闘能力だけではなかった。
負けたあとに何をするのか。
疲れたあとに戻るのか。
遊び方を変えるのか。
それとも、少しずつ離れていくのか。
それらもすべて、記録されていた。
担当者は最後に一つの項目を開いた。
【プレイヤー行動予測モデル】
そこには、まだ空白が多かった。
「……足りないな」
小さく呟く。
「まだ、全然足りない」
画面の端で、
【データ収集率:74%】
という数字だけが静かに増えていた。




