第四十八章 思い通りにならない
月曜日の朝。
悠真は少し眠かった。
昨日は早く寝たはずなのに、身体に軽い疲れが残っている。
母親が朝食を並べながら言った。
「まだ疲れてる?」
「少しだけ」
「昨日、ゲーム一回しかしてないのに?」
「ゲームの中で結構走ったから」
母親は笑った。
「ゲームの中で走っただけで疲れるの?」
「本当に走った感じがするんだよ」
「そういうものなのね」
それ以上は聞かなかった。
悠真は朝食を食べ、学校へ向かった。
昼休み。
友達が話しかけてきた。
「クロスギア、最近やってる?」
「うん」
「俺、最近あんまり入れない」
「忙しい?」
「それもあるけど……」
友達は少し考える。
「この前、ゲームの中で三回くらいやられてさ。そのあと、すごく眠くなったんだよ」
「俺もそうなった」
「やっぱり?」
「うん」
「だから最近、一回だけにしてる」
悠真は頷いた。
「無理しないほうがいいよ」
「でも面白いんだよな」
友達はそう言って笑った。
「だから困る」
放課後。
悠真は家へ帰り、宿題を終わらせた。
それからゲームを起動する。
【本日の接続可能回数:4】
昨日と同じだった。
ログインする。
【現在オンライン:231,706】
休日から大きく減っている。
掲示板を見る。
《昨日から疲れが抜けない》
《深層は一日一回までにした》
《NPCが勝手に突っ込んで死んだ》
《あれ、どうにかならないの?》
《でもNPCが勝手に動くから面白いんじゃない?》
《分かるけど、巻き込まれるのは困る》
いろいろな意見が流れていた。
悠真は少し考えた。
NPCが自分の意思で動く。
それがこのゲームの面白さでもある。
でも、そのせいでプレイヤーが負けることもある。
どちらか一方だけをなくすことは難しい。
通信が入った。
《今日は深層行く?》
KAIだった。
悠真は少し迷った。
《一回だけなら》
《俺も》
RIONからも返事が来る。
《じゃあ行こう》
三人は北方鉱山へ転送された。
深層第三区画。
今日は昨日とは違うルートを選んだ。
途中で一人のNPCが合流した。
「この先は危険だ」
NPCが言う。
KAIが聞く。
「どれくらい?」
「分からない」
「分からない?」
「私も行ったことがない」
三人は顔を見合わせた。
悠真は笑った。
「じゃあ、一緒に行こう」
NPCは少し驚いた。
「……いいのか?」
「うん」
四人で進む。
しばらくすると、敵が現れた。
大型機体。
その後ろに小型機が六体。
「多い!」
RIONが叫ぶ。
KAIが前へ出る。
悠真も続く。
しかし、NPCが突然別の方向へ走り出した。
「待って!」
悠真が叫ぶ。
NPCは敵の側面へ回ろうとしている。
だが、その先には別の敵がいた。
「危ない!」
悠真が追う。
NPCが攻撃を受ける。
悠真も巻き込まれる。
【耐久値:29%】
「くっ……!」
KAIが敵を押し返す。
RIONが援護する。
それでも、敵の数は多い。
NPCが倒れた。
【NPC:戦闘不能】
「……!」
悠真は一瞬止まった。
このNPCはプレイヤーではない。
だから、戦闘不能になってもゲームから追い出されるわけではない。
しかし、悠真には分かった。
このNPCは、このゲームの世界で生きている。
そして今、自分たちを助けようとして倒れた。
悠真は装備を切り替えた。
「KAI、右!」
「分かった!」
KAIが敵を引きつける。
RIONが遠距離から攻撃する。
悠真は残った小型機を一体ずつ倒した。
最後に大型機体を三人で囲む。
攻撃。
回避。
反撃。
そして――
【敵機撃破】
【任務完了】
【評価:A】
悠真は倒れたNPCのところへ戻った。
NPCはゆっくり立ち上がった。
「……助かった」
「大丈夫?」
「問題ない」
NPCは周囲を見回した。
「しかし、失敗したな」
「うん」
悠真は答えた。
「でも、次はうまくいくかもしれない」
NPCは少し黙った。
「……そうだな」
四人は帰還した。
メインロビーへ戻る。
悠真の接続可能回数は、残り三回。
しかし、もう一度入ろうとは思わなかった。
「今日はこれで終わりにする」
KAIが言う。
「俺も」
RIONも頷いた。
ゲームを終了する。
悠真は椅子から立ち上がった。
疲れている。
でも、嫌ではなかった。
今日の戦闘は失敗した。
NPCも倒れた。
それでも、最後には任務を終えた。
「……難しいな」
悠真は小さく呟いた。
ゲームなのに。
自分の思い通りにならない。
仲間も思い通りに動かない。
NPCも思い通りに動かない。
敵だって、いつも同じ動きをするわけではない。
だからこそ、毎回違う。
その夜。
ゲーム会社の内部サーバー。
新しい記録が保存された。
【NPC行動による戦闘結果】
【プレイヤー:YUMA】
【NPC行動:予測外】
【戦闘結果:任務成功】
その下には、別の記録があった。
【プレイヤーの行動修正】
【失敗後の再判断】
【NPCへの対応】
【再接続予定:翌日】
担当者が画面を見つめる。
「また同じだ」
隣の社員が聞く。
「何がですか?」
「このプレイヤーは、失敗したあとに行動が変わる」
「それは普通では?」
「普通です」
担当者は答えた。
「だから記録しているんです」
画面には、さらに一行が追加された。
【予測精度:低下】
担当者はしばらくその数字を見ていた。
そして、何も言わずに保存ボタンを押した。
その頃。
悠真はもう眠っていた。
明日も学校がある。
そして、明日になれば、またゲームへ入る。
今日とは違う場所へ。
今日とは違う敵と。
今日とは違うNPCと。
今日とは違う自分で。




