第四十七章 戻ってくる理由
日曜日の朝。
悠真はいつもより早く目を覚ました。
昨日は一度しかゲームに入らなかった。
それでも、身体は少し重かった。
ベッドから起き上がり、顔を洗う。
台所へ行くと、母親が朝食を作っていた。
「今日は早いね」
「うん。なんか目が覚めた」
「昨日はゲーム一回だけだったでしょう?」
「うん」
「疲れは?」
「少しだけ」
母親はそれ以上聞かなかった。
最近は、悠真が自分でゲームを切り上げることを知っている。
それから朝食を食べ、宿題を終わらせる。
時計を見る。
まだ午前十時だった。
「今日はどうするの?」
母親が聞く。
「ゲームする」
「体調は大丈夫?」
「大丈夫」
「じゃあ、無理しないでね」
「うん」
悠真は部屋へ戻った。
パソコンを起動する。
【クロスギア】
ログイン画面。
【本日の接続可能回数:4】
昨日より一回増えていた。
悠真は少し考えた。
「一回休んだからかな」
ログインする。
メインロビーには、休日らしく多くのプレイヤーがいた。
【現在オンライン:246,182】
平日よりかなり多い。
掲示板も賑わっている。
《今日ワールドボス来ないかな》
《北方鉱山行ける人募集》
《久しぶりに復帰》
《昨日寝落ちした》
《三回倒されたから今日は二回しか入れない》
悠真は最後の書き込みを見た。
誰かにとっては、それだけのことだった。
けれど、この仕組みが積み重なれば、ゲームに入る人間は少しずつ減っていく。
そして、それでも週末には戻ってくる人がいる。
「……面白いな」
ゲームを続ける理由は、一つではない。
悠真自身も、昨日は疲れていた。
それでも今日は入りたい。
なぜか。
ゲームが好きだから。
それだけだった。
通信が入った。
《YUMA》
KAIからだった。
《今日は行ける?》
悠真は返す。
《うん》
すぐにRIONも入ってきた。
《三人揃った》
「じゃあ、昨日の続きに行こう」
三人は北方鉱山へ向かった。
深層第三区画。
昨日とは違い、今日は敵が多かった。
最初の通路で五体。
次の広間で八体。
そして、その奥には大型機体が二体。
「多いな」
KAIが武器を構える。
「気をつけよう」
RIONが後方へ下がった。
戦闘が始まる。
KAIが前に出る。
RIONが援護する。
悠真は二人の間を動いた。
昨日の疲労は残っている。
だから、無理に前へ出ない。
敵の攻撃を見て、必要なときだけ動く。
一体。
二体。
三体。
少しずつ敵を減らしていく。
しかし、最後の大型機体が突然動きを変えた。
「来る!」
KAIが叫ぶ。
大型機体が突進する。
悠真は横へ避けた。
その瞬間。
背後にいたNPCが攻撃を受けた。
「危ない!」
悠真が近づく。
NPCは倒れていない。
だが、かなりのダメージを受けている。
「俺は大丈夫だ!」
NPCが叫ぶ。
「前を見ろ!」
悠真は振り返る。
大型機体が迫っていた。
攻撃を受ける。
【耐久値:51%】
悠真は距離を取った。
「……昨日より動ける」
KAIが笑う。
「休んだからだろ」
「うん」
三人は再び攻撃する。
しばらくして、大型機体が倒れた。
【任務完了】
【評価:S】
【参加者:3】
悠真は息を吐いた。
ゲームの中なのに、本当に疲れている。
でも、昨日とは違う。
今日はまだ動ける。
「もう一つ行く?」
RIONが聞いた。
悠真は少し迷った。
本日の残り接続回数は三回。
まだ余裕はある。
けれど、昨日の疲労を思い出した。
「今日はやめておく」
KAIが頷く。
「俺もそうする」
RIONも、
「じゃあ、また明日」
と言った。
三人はログアウトした。
ゲームの外へ戻る。
悠真は椅子から立ち上がった。
疲れている。
でも、昨日ほどではない。
その違いが少し面白かった。
ゲームの中で何度も倒されれば、現実でも疲れる。
逆に、無理をしなければ翌日も遊べる。
つまり、このゲームでは、
遊び続けること自体が一つの選択になっていた。
その日の午後。
悠真は外へ出た。
母親と買い物に行く。
帰り道、母親が言った。
「今日はゲーム、もうしないの?」
「うん」
「珍しい」
「明日またやりたいから」
母親は少し笑った。
「なるほど」
それだけだった。
夜。
悠真は早く寝た。
同じ頃。
メインロビーでは、別のプレイヤーがログインしていた。
名前はMIZU。
彼は昨日復帰したばかりだった。
北方鉱山のランキングを見る。
「……三人とも、まだいる」
KAI。
RION。
YUMA。
MIZUは少し考えた。
以前なら、ランキングを見ればすぐに挑戦していた。
けれど今日は違った。
「今日は一回だけにしよう」
彼は装備を選んだ。
そのまま普通の任務へ入る。
任務は順調だった。
しかし終盤。
味方NPCが突然、命令とは違う方向へ走った。
「おい、そっちじゃない!」
NPCは止まらない。
敵の群れへ突っ込んでいく。
MIZUも追う。
そこで敵の攻撃を受けた。
【耐久値:12%】
「くそ……!」
さらに一撃。
【戦闘不能】
【接続を終了します】
現実へ戻ったMIZUは、しばらく画面を見つめた。
「……今日はもういいか」
ゲームを閉じる。
その日の深夜。
システムには新しい記録が追加された。
【MIZU】
【戦闘不能】
【再接続予定:未定】
さらに別のデータ。
【NPCによるプレイヤー戦闘不能】
【発生頻度:増加傾向】
そして、その記録を見ている誰かがいた。
ゲーム会社の内部。
モニターの前に座った開発者が、画面を見つめていた。
「……やっぱり増えてる」
隣の社員が聞く。
「何がですか?」
「NPCによる戦闘不能」
「プレイヤーの不満は?」
「今のところ、大きな問題にはなっていません」
「そうですか」
開発者は画面をスクロールする。
【接続負荷】
【疲労反応】
【再接続率】
【NPC行動による失敗】
いくつもの数字が並んでいる。
彼は少し考えてから言った。
「このまま記録を続けよう」
「修正しないんですか?」
「まだ必要ない」
「でも、プレイヤーが減ります」
「分かっています」
開発者は画面から目を離さなかった。
「だからこそ、データになる」
その言葉だけが、静かな部屋に残った。




