第四十五章 戻らない人
土曜日の朝。
悠真はいつもより少し遅く起きた。
カーテンを開ける。
外は晴れていた。
「おはよう」
台所へ行くと、母親が朝食を並べていた。
「おはよう。今日は学校ないからって、夜更かししなかったでしょうね?」
「してないよ」
「昨日も十時半?」
「うん」
母親は少し笑った。
「ならいいけど」
朝食を食べ終えると、悠真は食器を片づけた。
「今日はゲームするの?」
「うん。でも、先に部屋を片づける」
「珍しい」
「昨日、机の上がいっぱいだったから」
「それなら自分で片づけてね」
「分かった」
掃除を終えてから、悠真はパソコンを起動した。
休日の午前中。
平日よりプレイヤーが多いはずだった。
しかし、表示された数字を見て、悠真は少し驚いた。
【現在オンライン:241,308】
「……増えてる」
昨日より二千人ほど多い。
やめたわけではない。
時間が合わなくなっていただけの人もいる。
週末だけ戻ってくる人もいる。
悠真は少し安心した。
「みんな、いなくなったわけじゃないんだ」
メインロビーへ入る。
いつもより人が多い。
掲示板も賑わっていた。
《今日は鉱山やる》
《誰か深層行かない?》
《ワールドボス来たら呼んで》
《久しぶりにログインした》
そんな書き込みが流れている。
RIONから通信が入った。
「悠真、今日行ける?」
「うん」
「KAIもいる」
三人が集合する。
「昨日の続きだな」
KAIが言う。
「うん」
北方鉱山へ転送する前に、悠真はランキングを確認した。
【総合ランキング】
【1位 KAI】
【2位 RION】
【3位 YUMA】
その下には、昨日まで見ていた名前が並んでいる。
けれど、一つだけ見覚えのある名前が消えていた。
「……あれ?」
「どうした?」
RIONが聞く。
「MIZUがいない」
「MIZU?」
「ランキングにいた人」
KAIが答えた。
「昨日まではいたな」
悠真は少し下までスクロールした。
いない。
さらに下。
やはりいない。
「休んでるだけじゃない?」
RIONが言う。
「たぶん」
悠真もそう思った。
ランキングから名前が消えること自体は珍しくない。
長期間ログインしなければ順位が落ちる。
しかし、MIZUは上位のプレイヤーだった。
突然いなくなるのは少し気になった。
「まあ、今日は鉱山だ」
KAIが言った。
「行こう」
三人は転送された。
深層第三区画。
昨日まで閉じていた場所だった。
中は巨大な工場のようになっていた。
天井が見えないほど高い。
壁には大量の機械。
床には何本もの線路が走っている。
「鉱山というより工場だな」
RIONが言った。
悠真は周囲を見回した。
「何か作ってたのかも」
「何を?」
「分からない」
三人は進む。
敵は出なかった。
代わりに、壁のモニターに文字が浮かんでいた。
【戦闘データ収集】
【分析】
【比較】
【統合】
【生成】
悠真は足を止めた。
「……生成」
昨日まで見なかった言葉だった。
「これ、何を作ってるんだろう」
RIONが聞いた。
「分からない」
KAIも画面を見る。
「でも、たぶん俺たちのデータが使われてる」
三人はその先へ進んだ。
やがて、巨大な部屋に出た。
中央に円形の台座がある。
その上には何もない。
しかし、周囲の装置が一斉に起動した。
【新規データを確認】
【プレイヤー接続】
【戦闘記録取得】
【装備記録取得】
悠真たちの画面に、昨日の戦闘が映し出された。
KAIの攻撃。
RIONの射撃。
悠真の回避。
その後ろには、さらに古い記録が重なっていく。
別のプレイヤー。
別の戦闘。
別の装備。
何年も前のデータまで混ざっている。
「これ……全部保存されてるのか」
RIONが言った。
「たぶん」
悠真は映像を見ていた。
その中に、一つ見覚えのある戦闘があった。
かなり前のものだった。
初心者だった悠真が、最初の頃に負けた戦闘。
敵に何度もやられて、最後には逃げて終わった。
「これ……」
「悠真?」
「俺の最初の頃のデータ」
画面には、昔の自分が映っている。
操作も下手だった。
装備も弱い。
敵の動きも理解できていない。
けれど、何度も立ち上がっている。
「こんなのまで残ってるんだ」
悠真は少し笑った。
KAIが言った。
「それが今のお前を作ったんだろ」
「そうかもしれない」
そのとき。
別の映像が流れた。
知らないプレイヤーだった。
名前は表示されない。
そのプレイヤーは、何度も同じ敵に挑戦していた。
失敗。
再挑戦。
また失敗。
そして最後にはクリアしている。
別の映像。
NPCと長時間会話するプレイヤー。
別の映像。
装備を何度も作り直すプレイヤー。
さらに別の映像。
ランキング戦で負け続けても、何度も挑戦するプレイヤー。
悠真は画面を見ていた。
「……みんな違う」
「何が?」
「強くなる方法」
KAIが答える。
「当然だろ」
「うん」
悠真は頷いた。
ゲームの中では、強さは一つではない。
誰かは戦闘で強い。
誰かは装備で強い。
誰かは知識がある。
誰かは仲間を作るのが上手い。
誰かは失敗しても続ける。
誰かは、他の人が気づかない場所を見つける。
そして、その全部が記録されている。
そのとき。
台座の中央に光が集まり始めた。
【多様なデータを確認】
【統合処理を開始】
【戦闘能力】
【適応能力】
【判断能力】
【反応速度】
【装備運用】
【失敗修正】
【協力行動】
【長期継続】
次々と項目が表示される。
悠真はその最後の項目を見た。
【継続】
「……」
誰かが強くなる。
誰かがやめる。
誰かが戻る。
ゲームを続ける理由も、人によって違う。
そのすべてを、このシステムは数字として集めている。
そして。
【統合率:72%】
中央の台座に、ぼんやりと機体の輪郭が現れた。
まだ完成していない。
顔もない。
武器もない。
ただ、形だけがある。
RIONが呟いた。
「これが……作ろうとしてるもの?」
悠真は答えなかった。
そのとき、システムが突然表示を変えた。
【不足データ】
【予測不能な行動】
【新規判断】
【未経験状況への対応】
そして最後に、
【継続的な人間的選択】
という文字が表示された。
「人間的……?」
KAIが聞き返す。
悠真は画面を見たまま黙っていた。
意味はまだ分からない。
ただ、今までのデータだけでは足りない。
そんなことだけは、なんとなく分かった。
そして同じ頃。
メインロビーの外では、一人のプレイヤーが久しぶりにログインしていた。
名前はMIZU。
彼はしばらく画面を見たあと、短く呟いた。
「……やっぱり、戻ってきた」
そして、ゲームを始めた。
北方鉱山では、三人の知らないところで、新しいデータが一つ追加された。
【MIZU】
【ログイン確認】
システムは静かに、それを記録した。




