第四十四章 それぞれの強さ
格納庫の中央に立つ機体は、しばらく動かなかった。
三人も動かない。
ただ、周囲に浮かぶデータだけが静かに流れている。
【プレイヤーデータ照合】
【戦闘履歴照合】
【装備使用履歴照合】
【行動パターン照合】
KAIが画面を見た。
「気持ち悪いな」
「何が?」
「自分が何をしてきたか、全部見られてる感じがする」
RIONも頷いた。
「俺もそう思う」
悠真は少し考えた。
「でも、ゲームなら普通じゃない?」
「普通?」
「プレイヤーの記録は残るから」
「そうだけど……」
RIONは中央の機体を見る。
「ここまで集める必要ある?」
悠真は答えなかった。
ゲームの運営側がどんなデータを持っているのか。
プレイヤーには分からない。
プレイ時間。
勝敗。
装備。
移動。
クエスト。
チャット。
ゲーム内での行動。
それらが記録されていても不思議ではない。
けれど、目の前の機体は、そのデータを何かに使おうとしている。
その違いだけが気になった。
「来るぞ」
KAIが言った。
中央の機体が動き出す。
しかし、昨日の大型機体とは違った。
いきなり攻撃してこない。
ゆっくり歩いてくる。
三人との距離が縮まる。
そして、KAIの前で止まった。
【対象:KAI】
【戦闘特性:近接攻撃型】
【主要装備:高出力近接兵装】
【戦闘傾向:高攻撃力・高機動】
KAIが眉を寄せる。
「……そこまで分かるのか」
機体が次にRIONを見る。
【対象:RION】
【戦闘特性:遠距離攻撃型】
【主要装備:長距離射撃兵装】
【戦闘傾向:中距離維持・状況対応】
そして悠真。
【対象:YUMA】
一瞬、表示が止まった。
【戦闘特性:複合型】
【主要装備:複数】
【戦闘傾向:状況適応】
その下に、さらに長い文章が表示された。
【分類困難】
悠真は少し驚いた。
「分類困難?」
KAIが笑った。
「お前らしいな」
「どういう意味?」
「何でもやるからだろ」
確かにそうだった。
悠真は一つの戦い方だけを極めているわけではない。
高難易度任務では装備を変える。
ワールドボスでは味方に合わせる。
PVPでは相手によって戦い方を変える。
探索では戦闘を避けることもある。
NPCと話すこともある。
素材を集めることもある。
必要なら、失敗した装備を何度も試す。
それは強さというより、遊び方そのものだった。
「でも、KAIの方が戦闘は強いよ」
悠真が言った。
「俺は一対一なら負けると思う」
「まあ、そうだな」
KAIは否定しなかった。
「RIONは遠距離なら俺より上手いし」
「そういう比較なら、俺もKAIには勝てない」
RIONも笑う。
三人とも、それぞれに得意なものがある。
ランキングの順位だけでは、それを全部表せない。
そのとき、中央の機体が動いた。
【比較戦闘を開始します】
「比較?」
悠真が聞き返す。
次の瞬間。
格納庫の壁が開いた。
三人の前に、それぞれ違う戦場が現れた。
KAIの前には巨大な敵。
RIONの前には遠距離攻撃を繰り返す敵。
悠真の前には、複数の小型敵と複雑な地形。
「三つに分かれた?」
RIONが言う。
「それぞれ違う」
KAIが武器を構える。
「やるしかないな」
戦闘が始まった。
KAIは迷わなかった。
正面から突っ込む。
敵が攻撃する。
KAIは避ける。
そのまま懐へ入り、強烈な一撃を叩き込む。
一撃。
二撃。
三撃。
【KAI戦闘評価:S+】
一方、RIONは距離を取っていた。
敵の攻撃を見ながら、少しずつ位置を変える。
撃つ。
避ける。
撃つ。
敵の動きが変わる。
RIONはさらに距離を取った。
そして、敵が攻撃を終えた瞬間を狙う。
【RION戦闘評価:S+】
悠真は少し違った。
敵が三体いる。
一体は近距離。
一体は遠距離。
もう一体は、地形を利用してこちらを追い込もうとしている。
悠真はすぐには攻撃しなかった。
まず周囲を見る。
左。
右。
上。
足元。
「……ここなら」
悠真は後退した。
敵が追ってくる。
狭い場所へ誘導する。
三体の敵が互いにぶつかった。
一体の攻撃が、別の敵に当たる。
「今」
悠真が攻撃する。
一体撃破。
残り二体。
今度は装備を切り替える。
近距離。
遠距離。
補助装備。
状況に合わせて変えていく。
【YUMA戦闘評価:S+】
三人の戦闘がほぼ同時に終わった。
そして、中央の機体が再び表示を出す。
【比較結果】
【KAI:近接戦闘能力――非常に高】
【RION:遠距離戦闘能力――非常に高】
【YUMA:総合適応能力――非常に高】
三人は画面を見る。
順位は表示されなかった。
勝者も表示されない。
「……比較しただけ?」
RIONが言った。
悠真は頷いた。
「たぶん」
そのとき、KAIが言った。
「これ、面白いな」
「何が?」
「俺は近距離なら強い」
KAIは自分の機体を見る。
「RIONは遠距離」
RIONも頷く。
「悠真は……」
KAIが悠真を見る。
「何でもできる」
「何でもじゃないよ」
「でも、何でも試すだろ」
「うん」
悠真は少し考えた。
「たぶん、それが一番楽しいから」
KAIが笑った。
「それなら、お前は強くなるわ」
「そうかな」
「強くなるかどうかは知らない」
KAIは続けた。
「でも、飽きなさそうだ」
その言葉に、悠真は笑った。
その頃。
メインロビーでは、別の変化が起きていた。
【現在オンライン:238,904】
数字は少しずつ減っている。
けれど、ランキングの上位には、まだ同じ名前が並んでいた。
KAI。
RION。
YUMA。
その下にも、多くのプレイヤーがいる。
それぞれ違う得意分野。
それぞれ違う遊び方。
そして、それぞれ違う生活。
誰かは毎日遊ぶ。
誰かは週末だけ。
誰かは一つの装備だけを極める。
誰かはNPCとの会話ばかりしている。
誰かはPVPだけを続けている。
誰かは新しい場所を探し続ける。
ゲームの中では、誰もが同じプレイヤーではなかった。
中央の機体が再び動いた。
【多様な戦闘データを確認】
【データ統合を継続】
悠真はその表示を見た。
「……統合?」
昨日から何度も出てくる言葉だった。
しかし、まだ意味は分からない。
その瞬間。
格納庫の奥から、新しい扉が開いた。
【深層第三区画】
【解放条件:比較戦闘終了】
【参加可能人数:3】
KAIが笑った。
「どうする?」
悠真は時計を確認した。
まだ時間はある。
けれど、今日は少しだけ考えた。
「行こう」
三人が扉へ向かう。
その先に何があるのかは分からない。
ただ、今の三人には一つだけ分かっていた。
KAIはKAIの戦い方をする。
RIONはRIONの戦い方をする。
悠真は悠真の戦い方をする。
同じゲームを遊んでいても、同じ人間にはならない。
そして、そんな違いそのものが、このゲームには大量に記録されていた。
誰かがログアウトする。
誰かが新しくログインする。
誰かが強くなる。
誰かがやめる。
それでも、積み重なった記録は消えない。
北方鉱山の深層では、その記録を使って何かが作られ続けていた。




