第四十三章 減っていく名前
翌朝。
悠真は少し眠そうに目をこすった。
「昨日、何時に寝たの?」
母親が聞いた。
「十時半くらい」
「ちゃんと寝たならいいけど、眠そうね」
「大丈夫」
朝食を食べながら、悠真は昨日の戦闘を思い出していた。
予測されない動き。
途中でやめた攻撃。
意味のないように見える操作。
あの大型機体は、過去のデータから次の行動を予測していた。
でも、未来そのものを知っているわけではなかった。
「……」
「どうしたの?」
「何でもない」
悠真は箸を置いた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい。今日は早く帰ってくる?」
「たぶん」
学校では、いつも通りだった。
算数の授業。
国語。
休み時間。
昼休み。
特別なことは起こらない。
昨日のゲームのことを友達に話すこともなかった。
健太からも、クロスギアの話は出なかった。
放課後、悠真は一人で帰った。
家に着く。
宿題を終わらせる。
そしてパソコンを起動した。
【クロスギア】
【現在オンライン:239,641】
昨日より、さらに減っている。
悠真は数字を見た。
二十四万人近く。
それでも十分多い。
けれど、少し前まではもっと多かった。
メインロビーへ入る。
いつもなら、たくさんのプレイヤーがいる。
しかし最近は、明らかに空いてきていた。
掲示板を見る。
《今週は忙しいのでログインできません》
《北方鉱山、難しすぎる》
《特殊任務は週末にまとめてやります》
《しばらく休みます》
《復帰する予定》
そんな書き込みが並んでいる。
「……休む人、増えたな」
悠真は小さく呟いた。
そこへRIONから通信が入った。
「昨日の続き、行く?」
「うん」
「KAIもいる」
三人が集合する。
そのとき、ロビーのランキング画面が更新された。
【総合ランキング】
【1位 KAI】
【2位 RION】
【3位 YUMA】
昨日と変わっていない。
悠真は少し安心した。
まだ三位。
急に順位が変わるわけではない。
「お前、最近ずっと三位だな」
KAIが言った。
「うん」
「でも差が縮まってる」
悠真はランキング詳細を開いた。
KAIとの差。
以前より小さくなっている。
RIONとの差も小さい。
しかし、三人とも得意分野が違う。
KAIは戦闘能力。
RIONは遠距離戦と状況判断。
悠真は総合的な経験。
数字だけでは簡単に比較できない。
「まだ二人の方が強いところが多いよ」
悠真が言った。
KAIが笑う。
「そういうところだよ」
「何が?」
「自分が三位なのを気にしてないところ」
「だって、三位だし」
「普通は一位になりたいだろ」
悠真は少し考えた。
「一位になったら、やることなくなるじゃん」
RIONが笑った。
「それは確かにそうかもな」
三人は北方鉱山へ転送された。
昨日開いた深層第二区画。
その先には、巨大な空洞が広がっていた。
床には何本もの線が走っている。
線の先には、古い装置が並んでいる。
「昨日の装置と似てる」
悠真が言った。
「でも、こっちはもっと大きい」
RIONが答える。
三人が中央へ進む。
【深層第二区画】
【特殊任務進行率:67%】
【探索開始】
しばらく進むと、敵が出現した。
昨日の大型機体とは違う。
小型の機体が十体。
しかし、動きが妙に揃っている。
「一体ずつじゃない」
悠真が言った。
「連携してる」
KAIが前に出る。
一体を攻撃する。
残りの敵が一斉に動いた。
KAIが避ける。
RIONが射撃。
悠真が側面へ回る。
三人で分散させる。
すると、敵の連携が崩れた。
「今!」
KAIが一体を倒す。
RIONが二体目。
悠真が三体目。
残りも少しずつ減っていく。
【戦闘評価:S】
【進行率:72%】
「昨日より楽だな」
RIONが言った。
悠真は敵の残骸を見た。
「でも、変だ」
「何が?」
「この敵、昨日の大型機体と違って、学習してない」
「確かに」
KAIも気づいた。
敵は一定のパターンで動いている。
一度崩せば、同じように倒せる。
「じゃあ、普通の敵か」
「たぶん」
悠真は先へ進んだ。
その先に、大きな扉があった。
扉の前に、一人のNPCが立っている。
悠真は少し驚いた。
「この人……」
以前、鉱山入口にいた整備NPCだった。
なぜここにいるのか。
分からない。
NPCは悠真たちを見ると、静かに言った。
「ここから先へ行く者は少ない」
「何があるの?」
悠真が聞く。
「分からない」
「NPCなのに?」
「私も知らない」
NPCはそう答えた。
そして扉を見る。
「この先は、ずっと昔から閉じられている」
「じゃあ、どうして今開いてるの?」
NPCは答えなかった。
ただ、悠真たちの機体を見た。
「三人とも、以前とは違う」
「え?」
「戦い方が変わった」
悠真は少し驚いた。
このNPCは、昨日の戦闘を見ていたのだろうか。
「俺たちのこと、覚えてる?」
「もちろん」
NPCは淡々と言った。
「ここに来た者は、記録されている」
悠真の画面に小さな通知が出た。
【NPC会話データ更新】
【新規情報を取得】
悠真はその文章を見た。
記録。
またその言葉だった。
昨日の大型機体も、プレイヤーの行動を記録していた。
この鉱山そのものが、何かを記録するために作られているように感じる。
「この先に何があるの?」
悠真はもう一度聞いた。
NPCはしばらく黙っていた。
そして、
「戦うために作られたものがある」
そう言った。
「誰と戦うの?」
「それは――」
NPCが言葉を止める。
その瞬間。
扉の向こうから、低い音が響いた。
ゴウン。
ゴウン。
ゴウン。
三人が武器を構える。
NPCは後ろへ下がった。
「……目を覚ましたようだ」
扉がゆっくり開く。
その奥に広がっていたのは、巨大な格納庫だった。
無数の機体が並んでいる。
どれも戦闘用。
しかし、その中央に一体だけ、他とは明らかに違う機体があった。
まだ動いていない。
けれど、その機体の周囲には大量のデータが浮かんでいた。
【戦闘データ】
【装備データ】
【プレイヤーデータ】
そして――
【最適化処理】
悠真は息を止めた。
昨日の大型機体と、同じ文字だった。
KAIが武器を構える。
「……またか」
RIONも警戒する。
「今度は何だ?」
悠真は答えなかった。
中央の機体がゆっくりと顔を上げた。
赤い光が灯る。
【データ収集を継続】
【対象プレイヤーを確認】
【KAI】
【RION】
【YUMA】
三人の名前が並ぶ。
そして、その下に新しい文字が表示された。
【比較対象:全プレイヤー】
悠真はその意味を考えた。
自分たちだけではない。
このゲームで遊んできた、すべてのプレイヤー。
その記録が、ここに集められている。
そのとき、ロビーのオンライン人数が一つ減った。
【239,640】
誰かがログアウトした。
また一人。
ゲームの世界では、何も特別なことではない。
誰かが遊び始める。
誰かがやめる。
誰かが戻る。
誰かが戻らなくなる。
悠真はその数字を見てから、目の前の機体へ視線を戻した。
まだ何も分からない。
ただ一つ。
このゲームには、自分たちが知らないところで、ずっと積み重ねられてきたものがある。
そして今、その一部が少しずつ姿を見せ始めていた。




