第三十六章 新しい任務
放課後。
悠真は教室を出る前に、もう一度ランドセルの中を確認した。
宿題。
教科書。
筆箱。
忘れ物はない。
「悠真、今日もクロスギア?」
隣の席の健太が聞いた。
「うん。昨日出た特殊任務、やってみる」
「俺はもういいかな」
健太は苦笑した。
「最近、イベント多すぎない?」
「そう?」
「そうだよ。学校終わって、宿題やって、それからゲームしてたら、気づいたら寝る時間じゃん」
「まあ……」
悠真は少し考えた。
確かに、最近はゲームにかかる時間が増えている。
普通の任務だけなら、それほどでもない。
けれど、高難易度任務になると、一回失敗するだけでかなり時間を使う。
ワールドボスも同じだった。
戦闘そのものだけではない。
装備を調べる。
素材を集める。
敵の動きを覚える。
終わったら結果を確認する。
次に何を試すか考える。
一つ一つは短くても、積み重なるとかなりの時間になる。
「でも、面白いよ」
悠真が言った。
「うん。それは分かる」
健太は笑った。
「俺も好きだったし。でも今は、そこまで時間取れないかな」
「そっか」
「また暇になったらやるよ」
それだけ言って、健太は先に教室を出ていった。
悠真はその背中を少しだけ見送った。
ゲームをやめる。
そういう人がいることは、もう珍しくなかった。
クロスギアが嫌いになったわけではない。
ただ、生活の中で使える時間には限りがある。
それだけだった。
悠真もそれは分かっていた。
だからこそ、自分が今も続けていることが、少し不思議にも感じられた。
家に帰る。
手を洗って、ランドセルを置く。
母親が台所から顔を出した。
「今日は早かったね」
「うん。宿題やってからゲームする」
「じゃあ、先にやっちゃいなさい」
「分かった」
悠真は机に向かった。
算数のプリント。
国語の音読。
それから明日の準備。
全部終わるまで、ゲームには触れなかった。
時計を見る。
まだ夕方だった。
「終わった」
「見せて」
母親がプリントを見る。
「うん。大丈夫」
「じゃあ、遊んでいいよ」
「ありがとう」
悠真は自分の部屋へ戻った。
パソコンを起動する。
画面にクロスギアのタイトルが表示された。
ログイン。
しばらく待って、メインロビーが映る。
昨日より、少し静かだった。
【現在オンライン:244,918】
数字がまた減っている。
悠真は特に驚かなかった。
最近は毎日のように減っていた。
メインロビーを歩いていると、装備屋の前で見覚えのある機体が立っていた。
「お前、昨日のワールドボスにいたな」
相手から声をかけられた。
名前はKAI。
ランキング一位のプレイヤーだった。
「うん」
「新しいギア、使ってる?」
「まだ試してるところ」
「そうか」
KAIは悠真の機体を見た。
「最近、お前の戦い方が変わった」
「そう?」
「前より無駄が少ない」
「装備のおかげかも」
「それだけじゃないと思うけどな」
KAIはそれ以上言わなかった。
そして、少し離れた場所にいるRIONを見た。
「まあ、俺も人のこと言えないけど」
RIONもランキング上位のプレイヤーだった。
三人とも、しばらく何も言わなかった。
そのときだった。
ロビー中央の大型モニターが突然切り替わった。
【新規特殊任務】
【任務名:北方鉱山・深層探索】
【推奨参加レベル:高】
【制限時間:48時間】
【参加条件:なし】
ロビーにいたプレイヤーたちが一斉に画面を見上げた。
「また新しいのか」
誰かが言った。
「特殊任務、多くない?」
別のプレイヤーが返す。
「報酬次第だろ」
「説明見た?」
「まだ」
悠真は詳細画面を開いた。
北方鉱山。
通常の鉱山エリアよりさらに奥にある未開放区域。
確認されている敵の種類は少ない。
その代わり、内部には特殊な鉱物反応があるらしい。
そして報酬欄。
【高純度ギア素材】
【特殊合金】
【未知の鉱石】
さらに、一番下に小さく書かれていた。
【???】
「……?」
悠真は画面を拡大した。
???の部分には詳細が表示されない。
「何だろう」
RIONが横から覗き込んだ。
「分からないな」
KAIも画面を見た。
「とりあえず行ってみるか」
「うん」
三人はそれぞれ準備を始めた。
悠真は装備画面を開いた。
グランディオ・コア。
高性能ギアユニット。
それから、これまで集めてきた補助装備。
どれを持っていくか。
攻撃力だけなら、もっと強い組み合わせがある。
しかし、今回は鉱山探索だ。
狭い場所。
視界の悪い場所。
長時間の戦闘。
突然の敵。
悠真は少し考えてから、昨日作ったギアユニットを残した。
「これで行こう」
転送。
画面が暗くなる。
次の瞬間。
北方鉱山の入口に立っていた。
雪が降っていた。
地面は白く、遠くに巨大な岩山が見える。
入口には古い採掘機械が並んでいた。
その横に、一体のNPCが立っている。
「……また来たのか」
老人型の整備NPCだった。
悠真は以前、別の鉱山任務でこのNPCと話したことがあった。
「ここ、前より深く行けるようになった?」
「そうだ」
NPCは答えた。
「だが、奥へ行くなら気をつけろ」
「敵が強い?」
「それもある」
老人は少し間を置いた。
「道が変わる」
悠真は画面を見た。
「道が?」
「昨日まであった道がなくなっていることもある。逆に、なかった場所に道ができることもある」
「ランダム?」
「そういうことだ」
悠真は少し考えた。
それなら、攻略情報だけでは対応できない。
誰かが作った攻略ルートを、そのまま真似しても意味がない。
「分かった」
悠真は鉱山へ入った。
最初のエリアには、小型の採掘機械型モンスターがいた。
攻撃力は高くない。
悠真は一体ずつ倒していく。
しかし、二つ目のエリアに入ったところで、地形が突然変わった。
さっきまであった通路が消えている。
代わりに、壁の奥に新しい道ができていた。
「本当に変わるんだ……」
悠真は慎重に進んだ。
しばらくして、分岐点に到着する。
左。
右。
地図には両方とも表示されていない。
悠真は一度立ち止まった。
そして右側の壁を見た。
微かに振動している。
「こっちかな」
右へ進む。
数秒後。
地面が崩れた。
「!」
機体が落下する。
悠真はとっさに操作して、壁面にギアを引っかけた。
機体が宙にぶら下がる。
下は見えない。
「危な……」
少しずつ上へ戻る。
そのときだった。
暗闇の奥から、何かが動いた。
赤い光。
一つ。
二つ。
三つ。
悠真は武器を構えた。
大型機体が姿を現す。
これまで見たことのない敵だった。
【未知の敵を確認】
【データ登録を開始します】
「新しい敵……」
敵が動いた。
速い。
悠真は攻撃を避ける。
一撃。
二撃。
三撃。
攻撃パターンが読めない。
悠真は距離を取った。
そして、相手の動きを観察する。
右腕。
左腕。
足。
肩。
攻撃の直前だけ、胸部の装甲がわずかに開く。
「そこか」
悠真はタイミングを合わせた。
ギアユニットが作動する。
機体が一瞬だけ安定する。
その隙に踏み込む。
攻撃。
敵の装甲が砕けた。
【弱点部位を確認】
「やっぱり」
二度目。
三度目。
少しずつ動きが分かってくる。
敵が強い。
だが、強いからこそ、観察する時間が必要だった。
数分後。
敵が倒れた。
【特殊任務進行率:17%】
【戦闘評価:S】
【未知の敵データを取得しました】
悠真は息をついた。
「……これ、結構面白い」
そのとき、画面の隅に小さな通知が出た。
【新規データ解析中】
悠真は一瞬だけ画面を見た。
そして、先へ進む。
まだ鉱山の入口から少ししか入っていない。
制限時間は48時間。
全部調べるなら、かなり時間がかかりそうだった。
メインロビーでは、すでに別のプレイヤーたちが攻略情報を交換し始めていた。
その中には、悠真より早く深層へ到達しているプレイヤーもいる。
一位のKAIも、その一人だった。
悠真はランキングを見なかった。
今は、それより先に進みたかった。
知らない場所。
知らない敵。
知らない装備。
まだ知らないものがある。
それだけで、もう少し遊びたくなった。
外では、夜が少しずつ近づいていた。




