第三十二章 長くつながる
月曜日。
学校から帰った悠真は、いつも通り宿題を終わらせた。
母親に声をかける。
「ゲームしてくる」
「何時まで?」
「夕飯まで」
「じゃあ、ちゃんと戻ってきてね」
「うん」
部屋に戻る。
机の前に座る。
ゲーム機を起動した。
【《クロスギア》】
【接続しています】
昨日までと同じ画面だった。
しかし。
今日はログインした直後から、いつもと違う表示が出ていた。
【特別接続試験を実施します】
【対象プレイヤー:YUMA】
【予定時間:30分】
「また?」
悠真は画面を見た。
昨日の通知と同じだった。
ただし。
今日は自分から参加することを選べるようになっている。
【参加する】
【通常プレイに戻る】
少し考える。
「……参加してみよう」
選択した。
【接続試験を開始します】
ロビーの景色が消えた。
代わりに、暗い空間が広がる。
昨日見た研究施設ではない。
何もない場所だった。
【プレイヤー側接続:正常】
【ゲーム世界側接続:正常】
【双方向観測:開始】
しばらくすると。
遠くに光が見えた。
光の中に、現実世界の映像が浮かぶ。
街だった。
道路を車が走っている。
歩道を人が歩いている。
建物の窓に明かりがついている。
悠真は黙って見ていた。
昨日までなら。
ただの映像だと思っただろう。
でも。
今は違う。
ゲーム世界の住人たちも。
同じように、これを見ている。
その時。
別の映像が横に現れた。
ゲーム世界の街。
整備工場。
市場。
住宅地。
そこを歩いている人々。
現実世界の人間と。
ゲーム世界の住人。
二つの映像が並んだ。
【相互観測:安定】
悠真は思わず呟いた。
「本当に、同じなんだ……」
研究施設。
「映像の遅延は?」
「0.8秒です」
「昨日より安定しています」
「接続時間は?」
「現在、四分二十秒」
「まだ続けろ」
研究員たちは画面を見ていた。
「NPC側の反応は?」
「複数確認されています」
「どんな反応だ?」
「現実世界の道路を見ている個体。建物を見ている個体。人間そのものを見ている個体。それぞれ違います」
「会話は?」
「まだです」
「そうか」
責任者は画面を見た。
そこには悠真の映像があった。
ゲーム世界から見た現実世界。
現実世界から見たゲーム世界。
両方が同時に表示されている。
「まだ見るだけか」
「はい」
「物理接続には?」
「進めていません」
「それでいい」
研究員が頷く。
「まずは長時間安定させます」
実験は続いた。
五分。
十分。
十五分。
悠真は途中で飽きてきた。
「……ずっと見てるだけって、結構暇だな」
研究員たちはそれを聞いていた。
「プレイヤー側の集中力が低下しています」
「当然だろう」
「接続時間を長くするには、観測以外の用途が必要です」
「例えば?」
「通信」
責任者が画面を見る。
「話すのか」
「はい」
研究員が入力する。
【音声通信試験】
ゲーム世界側。
悠真の前に小さな表示が出た。
【音声通信を開始しますか?】
「はい」
しばらく何も起こらない。
そして。
「……聞こえる?」
声がした。
ゲーム世界の声だった。
悠真は驚いた。
「聞こえる!」
「本当に?」
「うん!」
向こうからも声が聞こえる。
「そっちは、人間なのか?」
「そうだよ」
「どんなところにいる?」
「普通の街だよ」
「空は?」
「青いよ」
「海はある?」
「ある」
質問が次々と続いた。
悠真は一つずつ答えた。
そして。
悠真も質問した。
「そっちは?」
「こっち?」
「うん。どんなところ?」
少し沈黙した。
「普通だよ」
「普通?」
「街があって、店があって、仕事があって。飯を食って、寝る」
悠真は笑った。
「僕たちと同じだね」
「……そうかもしれない」
音声通信は十数分続いた。
難しい話はしなかった。
世界の仕組みについても。
なぜ繋がったのかについても。
ただ。
互いの世界に何があるのかを話した。
やがて。
【接続時間:28分】
【安定率:94.2%】
研究員が報告する。
「予定時間を超えています」
「まだ安定している?」
「はい」
「終了する」
通信が切れた。
悠真の前にロビーが戻ってきた。
しばらくして。
【特別接続試験:終了】
【通信記録を保存しました】
悠真は椅子にもたれた。
「……変な感じ」
ゲームの中で。
ゲームの外の人と話した。
それだけなのに。
昨日までとは何かが違っていた。
夜。
研究施設では記録が整理されていた。
「長時間接続、成功」
「音声通信も問題なし」
「NPC側との会話も成立しました」
責任者が確認する。
「物理干渉は?」
「ゼロです」
「現実側への影響は?」
「確認されていません」
「なら、次へ進める」
研究員が画面を見る。
【逆方向接続実験】
【第一段階:観測 完了】
【第二段階:通信 完了】
【第三段階:接続安定化 開始】
その下に。
【物理接続:未実施】
という文字があった。
研究員が尋ねる。
「第三段階では、どこまでやりますか?」
責任者は少し考えた。
「まだ世界を繋ぐ必要はない」
「では?」
「まず、いつでも繋げられる状態を作る」
研究員が頷いた。
「分かりました」
画面の数字が変わる。
【接続安定率:12.1%】
そして。
別の画面。
【YUMA接続適合率:98.7%】
悠真のデータが、再び研究システムの中心に表示された。
その数字は。
戦闘力ではなかった。
ランキングでもない。
ただ。
両方の世界を繋ぐための条件として。
少しずつ重要になっていた。
同じ頃。
悠真はベッドに入っていた。
今日話した声を思い出す。
知らない世界。
知らない人。
それでも。
話してみれば、普通だった。
悠真は目を閉じた。
「……明日も遊ぼう」
それだけ言って。
眠った。
その頃。
ゲーム世界のどこかでも。
今日初めて現実世界と話した誰かが。
同じように空を見上げていた。
まだ。
二つの世界は離れている。
けれど。
その距離は。
少しずつ短くなっていた。




