第三十章 境界線
土曜日。
悠真は朝から《クロスギア》にログインしていた。
【オンラインプレイヤー:254,308】
数字を見る。
昨日より、また少し減っている。
最近は、この数字を確認することが習慣になっていた。
けれど。
以前ほど驚かなくなっている。
人が減っている。
それでも、世界は動いている。
ロビーでは、今日もプレイヤーたちが話していた。
『昨日の映像見た?』
『見た』
『向こうからもこっちが見えるらしい』
『本当に?』
『公式発表はまだない』
『もうゲームって感じじゃないな』
『俺は普通に遊ぶけど』
『俺も』
悠真はチャットを閉じた。
今日は任務をする気分ではなかった。
街へ向かう。
いつもの整備工場。
扉を開ける。
「おはよう」
「おう」
整備工は作業を続けている。
「昨日のこと、聞いた?」
「ああ」
「どう思う?」
「何が?」
「向こうの人たちに見られてること」
整備工は工具を置いた。
「別に」
「別に?」
「俺は俺だ」
「……」
「見られてるから仕事を変えるわけじゃない」
悠真は笑った。
「そうだね」
「お前は気にするのか?」
「少し」
「どうして?」
「向こうの人が何を思ってるか分からないから」
整備工は少し考えた。
「こっちだって、向こうのことを全部知らないだろ」
「うん」
「なら、同じだ」
悠真は頷いた。
その時。
街の上空が白く光った。
【同期率:18.9%】
悠真が空を見る。
以前よりも頻繁になっている。
しかし。
今回は何も現れなかった。
光だけが消える。
「……何だったんだろう」
整備工は空を見た。
「分からん」
いつもの答えだった。
午後。
悠真は普通の任務へ入った。
砂漠。
敵は五体。
戦闘は問題なく終わった。
しかし。
任務終了直前。
画面が一瞬だけ暗くなった。
【通信異常】
【接続経路を再構成します】
「え?」
次の瞬間。
ゲーム世界の景色が消えた。
代わりに。
現実世界の街が映った。
道路。
ビル。
信号。
人。
そして。
悠真は自分自身を見た。
「……え?」
画面の中に。
自分の部屋が映っている。
机。
椅子。
ベッド。
ゲーム機。
そして。
画面の前に座っている自分。
悠真は動けなくなった。
「僕……?」
誰かが。
自分を見ている。
ゲーム世界から。
現実世界を見る。
これまでとは違った。
今度は。
ゲームの中から。
自分自身のいる場所が見えている。
数秒。
映像は続いた。
そして。
【観測対象:YUMA】
表示が出る。
悠真は息を呑んだ。
「僕が……観測対象?」
映像が消える。
任務画面に戻った。
敵もいない。
報酬も表示されない。
ただ。
その文字だけが残っていた。
【観測データ取得完了】
悠真はしばらく動けなかった。
そして。
現実世界。
研究施設。
「取れました」
「何が?」
「YUMAの接続映像です」
研究員が画面を見せる。
そこには。
ゲーム世界から見た現実側の悠真が映っていた。
責任者は黙って見ていた。
「本人は気づいたか?」
「おそらく」
「そうか」
別の研究員が言った。
「これで、プレイヤー側から現実世界への観測も確認できました」
「いや」
責任者は首を振った。
「違う」
「?」
「観測したのは、プレイヤーだけじゃない」
画面には。
悠真の部屋。
机。
ゲーム機。
そして。
その向こう側に存在する世界。
「ゲーム世界そのものが、こちら側を見始めている」
研究員は黙った。
その言葉には。
これまでとは違う意味があった。
夜。
悠真はログアウトした。
部屋は静かだった。
窓の外には、普通の街。
車が走っている。
人が歩いている。
信号が変わる。
何も変わらない。
悠真は机の前に座った。
ゲームを終了した画面を見つめる。
少し前まで。
自分はゲームをしていると思っていた。
向こう側にはゲームの世界がある。
自分はそこへ入る。
戻ってくる。
それだけだった。
でも。
今は違う。
向こう側からも。
自分の世界を見ることができる。
そして。
もしかすると。
自分だけではなく。
向こう側にいる存在も。
同じように考えているのかもしれない。
――自分たちは、ゲームの中にいるのではないか。
悠真はそこで考えるのをやめた。
答えは出ない。
母親が廊下から声をかける。
「悠真、もう寝る?」
「うん。もう少ししたら」
「明日休みだからって夜更かししないでよ」
「分かってる」
「おやすみ」
「おやすみ」
足音が遠ざかる。
悠真はもう一度、暗い画面を見た。
そして小さく呟いた。
「……境界って、どこなんだろう」
答える人はいなかった。
ただ。
ゲームを終了したはずの画面に。
一瞬だけ。
小さな文字が浮かんだ。
【接続待機中】
すぐに消えた。
悠真は、それに気づかなかった。




