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《ゲームの向こうにいる君へ》 ――世界で一番強い小学生と、ゲームの中に生きる友達の話――  作者: 亀


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第二十九章 向こう側の暮らし

 金曜日。


 朝のニュースでは、昨日の《ワールドリンク》実験が大きく取り上げられていた。


 映像には、ゲーム世界の街が映っている。


 工場。


 市場。


 道路。


 住宅。


 そして、その中を歩く機械生命体たち。


 母親がテレビを見ながら言った。


「ずいぶん普通の街に見えるね」


「うん」


「ゲームって、もっと派手なものだと思ってた」


「戦ってるところだけ見れば、派手だけどね」


「そうね」


 母親は少し考えてから聞いた。


「悠真は、あっちの世界に行ってみたい?」


 悠真は朝食を食べながら答えた。


「分からない」


「昨日、見たんでしょう?」


「見たけど……」


 悠真は少し考えた。


「見るのと、行くのは違うと思う」


「そうね」


 母親はそれ以上聞かなかった。


 学校へ行く。


 昨日の実験の話は、今日も続いていた。


「見た?」


「見た」


「俺、あっちの世界に住んでみたい」


「私は嫌」


「なんで?」


「帰れなくなったら怖いじゃん」


「帰れるだろ」


「それもまだ分からないでしょ」


 友達同士でも意見は違っていた。


 悠真はその会話を聞きながら、昨日見た街を思い出した。


 向こう側の人たちは。


 自分たちのことをどう思ったのだろう。


 学校が終わる。


 帰宅。


 宿題。


 夕食。


 そしてログイン。


【オンラインプレイヤー:261,742】


 昨日より減っている。


 ロビーでは、実験の影響なのか、プレイヤーの会話がいつもより多かった。


『NPCって本当に自分で動いてるの?』


『運営がそう言ってるだけじゃない?』


『昨日見た感じだと、普通に生活してたぞ』


『でもAIなんだろ』


『それなら何が違うんだ?』


 悠真はチャットを閉じた。


 今日は街へ行くことにした。


 以前から通っている修理工場。


 扉を開ける。


「こんにちは」


「おう」


 整備工はいつものように作業をしていた。


「昨日、見た?」


「ああ」


「現実の世界」


「見た」


「どうだった?」


 整備工は工具を置いた。


「変な場所だった」


「変?」


「道が多すぎる」


 悠真は笑った。


「確かに」


「それに、人間が多い」


「うん」


「あと、空を飛ぶ機械もいた」


「飛行機?」


「名前は知らん」


 整備工は少し考えた。


「でも」


「うん?」


「思っていたより、普通だった」


 悠真は少し驚いた。


「普通?」


「ああ」


「もっと怖いと思ってた?」


「分からん」


 整備工は工具を持ち直した。


「ただ、向こうにも仕事があって、家があって、学校があるんだろう?」


「うん」


「なら、俺たちと大して変わらない」


 悠真は何も言わなかった。


 その時。


 工場の外から声がした。


「おーい!」


 別のNPCが走ってくる。


「何だ?」


「市場の方で、変なものが見つかった」


「何?」


「人間の世界の映像だ」


 悠真が立ち上がる。


「映像?」


「ああ」


 三人で市場へ向かう。


 市場の中央。


 大きなモニターに。


 現実世界の映像が映っていた。


 昨日の実験映像だった。


 ただ。


 これはシステムが用意したものではない。


 誰かが録画したものでもない。


 市場にあるモニターが。


 勝手に映している。


「また同期してる?」


 悠真が呟く。


 NPCたちが集まってくる。


 誰もが画面を見る。


 現実世界の街。


 人間。


 車。


 信号。


 そして。


 一人の少年。


 ランドセルを背負って歩いている。


 悠真は息を止めた。


 昨日、自分が見た少年だった。


 少年は信号の前で止まり。


 青になるのを待って。


 道路を渡る。


 それだけだった。


 誰かが言った。


「……普通だな」


「うん」


「世界が違うのに」


「うん」


 その時。


 画面が突然切り替わった。


 現実世界の研究施設。


 研究員たちが映っている。


 そして。


 その中の一人が。


 こちらを見た。


 悠真は思わず画面に近づいた。


「見えてるの?」


 研究員が何かを言った。


 音声は聞こえない。


 しかし。


 画面の研究員が手を止めた。


 そして。


 モニターを見つめる。


 まるで。


 こちらに気づいたようだった。


「……」


 悠真も動かなかった。


 次の瞬間。


【双方向観測:一部成立】


 表示が出る。


 市場にいたNPCたちがざわめいた。


「今、向こうがこっちを見たぞ」


「本当に?」


「見た」


 研究施設でも。


「今の映像……」


「はい」


「向こう側から見られている?」


「可能性があります」


 責任者が画面を見る。


 その表情は、これまでより少しだけ硬かった。


「観測されているのか」


「はい」


「こちらだけが見る状態ではない」


「そのようです」


 しばらく沈黙。


 研究員が尋ねた。


「実験を止めますか?」


 責任者は答えなかった。


 画面には。


 ゲーム世界の市場が映っている。


 機械生命体たち。


 店。


 道路。


 街。


 そして。


 悠真。


 責任者は小さく息を吐いた。


「……予定通り続ける」


「はい」


「ただし、次からは」


 少し間を置く。


「向こう側の反応も記録してくれ」


 ゲーム世界。


 モニターの映像が消えた。


 悠真はしばらくその場に立っていた。


 隣の整備工が言う。


「見られるっていうのは、変な感じだな」


「うん」


「今まで俺たちは、誰にも見られてないと思ってた」


 悠真は答えた。


「僕たちも、そうだった」


 整備工は笑った。


「じゃあ、同じだな」


 悠真は空を見上げた。


 昨日まで。


 向こう側を見ることが、新しいことだった。


 今日は。


 向こう側から見られていることが、新しいことになった。


 世界と世界の間に。


 少しずつ。


 境界がなくなり始めていた。

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