第二十八章 見たい人、見たくない人
木曜日。
《クロスギア》のロビーには、いつもより多くのメッセージが流れていた。
【ワールドリンク第二段階】
【公開実験を開始します】
参加は任意。
そう書かれていた。
悠真は告知を読んだ。
実験の内容は単純だった。
一定時間、ゲーム世界と現実世界の映像を相互に接続する。
プレイヤーはゲーム世界から現実側の映像を見ることができる。
現実側の人間も、ゲーム世界の一部を見ることができる。
ただし。
物理的な干渉は発生しない。
「見るだけか」
悠真は呟いた。
チャットでは、すでに意見が分かれていた。
『参加する』
『絶対見る』
『怖いからやめとく』
『何が出てくるか分からないぞ』
『でも、最初で最後かもしれない』
『俺は見たい』
『俺は普通に任務やる』
悠真は少し考えた。
そして。
参加を選択した。
【参加登録完了】
【開始まで:10分】
悠真はその間、普通の任務を一つ受けた。
今日は砂漠だった。
敵を倒す。
アイテムを拾う。
NPCと話す。
何も特別なことはない。
任務が終わる。
【A+】
悠真はロビーへ戻った。
残り時間。
【00:12】
カウントダウンが始まる。
【10】
【9】
【8】
チャットが急速に流れる。
『来るぞ』
『緊張する』
『本当に現実が見えるの?』
『見えなかったら笑う』
【3】
【2】
【1】
【ワールドリンク開始】
画面が白くなる。
そして。
ロビーが消えた。
代わりに。
見たことのない景色が現れた。
建物。
道路。
信号。
電車。
人。
車。
空。
ゲームの世界とは違う。
もっと狭くて。
もっと雑然としていて。
もっと静かだった。
悠真は画面を見つめた。
「これが……」
現実世界。
ゲームの中にいる人間たちにとっては。
初めて見る景色だった。
同時に。
現実世界の人間たちも。
ゲーム世界を見ていた。
研究施設の巨大モニター。
そこに街が映る。
道路。
工場。
住宅。
市場。
機械生命体。
研究員の一人が息を呑んだ。
「……動いている」
誰かが言った。
「本当に、生活している」
画面の中。
一人のNPCが店を開ける。
別のNPCが道路を歩く。
子どもが走る。
誰も。
カメラを意識していない。
誰かが見ていることを知らない。
悠真は、その光景を見ながら思った。
自分たちがゲームを見る時。
いつもこうだった。
画面の中に世界がある。
キャラクターが動く。
そして。
自分たちはそれを見る。
でも。
今は違う。
向こう側にも。
こちらを見ている存在がいる。
その時。
ゲーム内の画面が切り替わった。
現実世界の街。
悠真はそこに。
一人の子どもを見つけた。
ランドセルを背負っている。
学校から帰っているところだった。
悠真は少し笑った。
「普通だ」
隣にいたNPCが聞く。
「何が?」
「向こうも普通に暮らしてる」
「そうか」
「僕たちと同じだよ」
NPCはしばらく黙っていた。
「……そうだな」
その言葉には。
少し複雑な響きがあった。
そして。
別の場所では。
あるNPCが現実世界の軍事施設を見ていた。
「武器が多いな」
別のNPCは言った。
「俺たちより強いのか?」
「分からない」
「なら、警戒した方がいい」
また別のNPCは。
ただ街を見ていた。
「道路が面白いな」
「何が?」
「人があんなに小さい」
意見はそれぞれだった。
同じ世界を見ても。
全員が同じ感想を持つわけではない。
現実世界でも同じだった。
「すごい」
「怖い」
「面白い」
「気持ち悪い」
「本当に生きているの?」
「ゲームのキャラクターでしょう」
「でも、あの動きは……」
誰も答えを持っていない。
実験は十五分続いた。
その間。
何も壊れなかった。
誰も傷つかなかった。
ただ。
互いの世界が見えた。
そして。
【ワールドリンク終了】
映像が消えた。
ゲーム世界に戻る。
ロビー。
チャットが一気に流れた。
『見えた!』
『現実の街すごかった』
『車ってあんなに速いんだな』
『俺はもういいや』
『なんか思ってたより普通だった』
『向こうにも普通の人がいるんだな』
悠真は画面を見ていた。
さっきまで見えていた世界が。
もう見えない。
でも。
存在していたことだけは分かる。
その夜。
運営会社では実験結果がまとめられていた。
【双方向映像接続:成功】
【物理干渉:なし】
【通信安定性:91.3%】
【NPC側認識:確認】
【プレイヤー側認識:確認】
研究員が言った。
「かなり安定しています」
「そうだな」
「これなら次の段階へ進めます」
責任者は画面を見る。
そして。
「……次の段階か」
少しだけ考える。
「慎重に進めよう」
研究員が頷く。
その頃。
悠真は自分の部屋でゲームを終了した。
画面が暗くなる。
普通の部屋。
机。
教科書。
ベッド。
窓。
何も変わっていない。
けれど。
悠真の中では。
少しだけ何かが変わっていた。
ゲームの世界の向こうに。
別の世界がある。
それはもう。
想像ではなかった。




