第二十七章 それぞれの見方
水曜日。
学校から帰った悠真は、テレビをつけなかった。
昨日から、ニュースを見るたびに《クロスギア》の話が出てくる。
最初は面白かった。
けれど。
何度も同じ映像を見ていると、少し疲れてきた。
宿題を終える。
夕食を食べる。
それからゲームを起動した。
【オンラインプレイヤー:268,903】
数字は今日も減っていた。
ロビーに入る。
チャットでは、いつものように議論が続いている。
『運営は何を考えてるんだ?』
『研究を続けるって言ってた』
『危険じゃないならいいだろ』
『でも、向こう側に人間みたいな存在がいるんだぞ』
『だから何?』
『勝手に実験していいのか?』
悠真は画面を見ていた。
同じ現象を見ても。
考えることは、人によって違う。
怖い人。
面白いと思う人。
怒る人。
何も気にしない人。
ゲームをやめる人。
むしろ以前より熱心になる人。
それぞれだった。
その時。
KAIからメッセージが来た。
『今日、世界ボス出るらしい』
「本当?」
『予告出てる』
悠真はイベント一覧を開いた。
【緊急世界イベント】
【ワールドボス出現予定】
【開始まで:00:30:00】
「久しぶりだな」
世界ボス。
昔なら。
数十万人が参加していた。
今は何人残っているのだろう。
開始時刻になる。
【ワールドボス出現】
【参加可能プレイヤー:91,427】
九万人。
悠真は数字を見た。
以前の半分以下。
それでも。
まだ九万人いる。
転送。
巨大な荒野。
無数の機体が集まっている。
敵が出現した。
巨大な四脚型。
装甲は厚い。
以前のボスより明らかに強い。
『行くぞ!』
誰かが叫ぶ。
プレイヤーたちが一斉に動く。
悠真も走った。
敵の動きを見る。
右脚。
左脚。
背部。
攻撃パターン。
以前なら、すぐに攻撃していた。
だが。
今は違う。
少し待つ。
敵が攻撃した。
地面が揺れる。
その瞬間。
「今だ!」
悠真が突っ込む。
他のプレイヤーも続く。
攻撃。
敵の装甲が壊れる。
戦闘は続いた。
三十分。
四十分。
五十分。
そして。
【ワールドボス撃破】
荒野に歓声が響く。
【MVP:YUMA】
悠真は息を吐いた。
「終わった……」
参加者は九万人を超えていた。
しかし。
ロビーへ戻った時。
【オンラインプレイヤー:267,814】
数字はほとんど増えていなかった。
イベントに参加していた人たちは。
また、それぞれの生活へ戻っていく。
その夜。
現実世界では。
ワールドボス戦の映像がニュースで紹介された。
もちろん。
ゲーム内の映像そのものではない。
研究施設が取得したデータ。
そして。
現実世界に投影された断片的な映像だった。
専門家は言った。
「現在確認されている現象は、ゲーム内部の活動と一定の相関関係があります」
別の専門家は言う。
「だからといって、ゲーム世界を現実の生命と同一視するのは早いでしょう」
さらに別の人は。
「逆に、最初から単なるゲームだと決めつけるのも危険です」
意見は一致しなかった。
それでも。
研究は続いていた。
翌日。
運営会社。
「世界ボス戦のデータが届きました」
「NPC側のデータは?」
「こちらも取得できています」
「プレイヤーの行動は?」
「ほぼすべて記録されています」
「YUMAは?」
「特に多いです」
画面に悠真のデータが表示される。
通常任務。
高難度任務。
PVP。
ランキング戦。
カジュアル対戦。
世界ボス。
NPCとの交流。
長期間のログイン。
失敗。
成功。
判断。
撤退。
救助。
装備変更。
戦術変更。
膨大な記録。
「この子は、まだ続けています」
研究員が言った。
「そうだな」
「他のプレイヤーは?」
「減っている」
「それでもYUMAは残る」
「今のところは」
別の研究員が画面を見ながら言う。
「もし、最も長くプレイした人間の行動を使うなら……」
責任者は遮った。
「まだ、その話はしない」
「はい」
少し沈黙があった。
「ただ」
責任者が続ける。
「データが増えれば、予測できることも増える」
画面に新しい文字が表示された。
【統合行動モデル】
【学習対象:プレイヤー/NPC/イベント/戦闘記録】
【現在統合率:21.6%】
研究員はその数字を見ていた。
「これが完成したら、何ができるんでしょう」
責任者はすぐには答えなかった。
「まだ分からない」
「管理できるようになる?」
「可能性はある」
「世界そのものを?」
「……そこまでは言えない」
同じ夜。
悠真はゲーム内の街を歩いていた。
昼間の世界ボス戦が終わった後も。
街ではNPCたちが普通に暮らしている。
店が開いている。
子どもたちが走っている。
工場から音がする。
世界ボスが倒されたことを、知らないNPCもいる。
悠真はそれを見ていた。
そして。
少し離れたところで。
一人のNPCが空を見上げていた。
「また、見えるかな」
「何が?」
悠真が聞く。
「向こうの世界」
悠真は空を見た。
「見たい?」
「分からない」
NPCは答えた。
「怖い気もする」
「うん」
「でも、少しだけ見てみたい気もする」
悠真は頷いた。
「僕も」
二人はしばらく空を見上げた。
その空の向こうには。
まだ互いに知らない世界がある。
そして。
その距離は。
少しずつ縮まっていた。




