第三章 ワールドボス
その二日後。
悠真が学校から帰ってくると、母親は台所で夕食の準備をしていた。
「おかえり」
「ただいま」
「宿題は?」
「あとでやる」
「昨日もそう言ってたでしょう」
「今日はちゃんとやるよ」
母親は少しだけ笑った。
「じゃあ、ゲームの前にね」
「分かってる」
悠真はランドセルを置き、手を洗った。
夕食を食べ、宿題を終わらせる。
それから自分の部屋に戻り、パソコンの電源を入れた。
いつものように《クロスギア》を起動する。
ログイン画面が表示された。
少し待つ。
画面が切り替わった。
白いロビー。
いつもの場所だった。
しかし、今日は少しだけ違った。
画面の中央に、大きな赤い文字が表示されている。
【緊急世界イベント】
悠真は手を止めた。
「来た……」
ワールドボスだった。
ロビーのあちこちで、同じ画面を見ているプレイヤーがいる。
チャット欄が一気に流れ始めた。
『来たぞ!』
『今回のボス、何?』
『まだ情報ない』
『前回より強いらしい』
『参加する人いる?』
『もちろん』
『今日は学校あるから、途中で抜けるかも』
悠真はイベント画面を開いた。
【ワールドボス出現まで――】
【00:09:43】
あと十分。
悠真は機体を確認した。
武器。
装甲。
エネルギー。
すべて問題ない。
ロビーには、いつもより多くの人が集まっていた。
見たことのないプレイヤーもいる。
ランキング上位のプレイヤーもいた。
悠真が以前、動画で見たことのある機体も何台か並んでいた。
「すごい……」
普段は同じロビーにいても、実際に一緒に戦うことはない。
それぞれ別の任務へ行くからだ。
けれど、ワールドボスの日だけは違う。
この日だけ、全員が同じ場所へ行ける。
カウントが始まった。
【00:01:00】
ロビーの空気が変わった。
さっきまで雑談していた人たちが、次々と出撃準備を始める。
【00:00:30】
『頑張ろう』
『今回は絶対倒す』
『前回の記録、更新しよう』
【00:00:10】
悠真は椅子に座り直した。
画面を見つめる。
【10】
【9】
【8】
【7】
【6】
【5】
【4】
【3】
【2】
【1】
【ワールドボス戦を開始します】
視界が白くなった。
次の瞬間。
悠真の前に巨大な都市が広がっていた。
いつもの任務マップとは違う。
見渡す限りの建物。
遠くには巨大な塔。
空には暗い雲が広がっている。
そして――
人がいた。
一人。
二人。
十人。
百人。
次々とプレイヤーが出現していく。
さっきまで別々の場所にいた人たちが、同じ戦場に集められていた。
「こんなにいるのか……」
悠真は言葉を失った。
画面の向こうにいるのは、知らない人ばかりだった。
けれど全員が、同じ敵を待っている。
そのとき、地面が揺れた。
遠くの建物が崩れる。
空から何かが落ちてきた。
轟音。
砂煙。
巨大な影が立ち上がる。
【ワールドボス:ギガノス】
全高――三十六メートル。
装甲――高密度特殊合金。
推定戦闘能力――A+。
プレイヤーの間から歓声が上がった。
『来た!』
『でかい!』
『右側から回れ!』
『攻撃開始!』
無数の機体が一斉に走り出した。
ミサイル。
砲撃。
剣。
光線。
都市の中を無数の攻撃が飛び交う。
悠真も機体を動かした。
「行くぞ!」
敵の足元へ近づく。
攻撃。
回避。
また攻撃。
他のプレイヤーの動きも見ながら、悠真は戦った。
一人では絶対に倒せない敵だった。
けれど、ここには大勢いる。
だから戦える。
それがワールドボスだった。
戦闘開始から二十分。
ギガノスの装甲が一枚、また一枚と剥がれていく。
【HP:42%】
『あと少し!』
『このまま押せ!』
悠真も攻撃を続ける。
そのとき、ギガノスが突然動きを変えた。
巨大な腕が振り上げられる。
「危ない!」
近くにいたプレイヤーへ向かって攻撃が落ちた。
悠真は反射的に機体を動かした。
相手の機体を押し出す。
次の瞬間、巨大な攻撃が地面を叩いた。
画面が激しく揺れた。
「大丈夫?」
『……助かった』
「よかった」
悠真は再び前を見る。
ギガノスのHPはまだ残っている。
戦いは続いていた。
誰も気づいていなかった。
画面の隅に、小さな文字が一つだけ表示されていることを。
【現実世界との同期率:3%】
その数字は、戦闘が続くにつれて、ゆっくりと上がっていた。




