第二章 MVP
ゲームにログインすると、最初に現れるのは戦場ではなかった。
白い床の上に、いくつもの巨大なモニターが浮かんでいる。
その向こうには、数え切れないほどのプレイヤーがいた。
誰かが立ち止まって話している。
誰かが装備を眺めている。
誰かが次の任務を探している。
チャット欄には、文字が絶え間なく流れていた。
『新しい機体、誰か見た?』
『見た。あれ、性能おかしくない?』
『今日の任務、難しすぎる』
『誰か砂漠エリア行かない?』
『無理。昨日三回死んだ』
悠真はその中を歩きながら、少しだけ笑った。
この場所が好きだった。
ゲームの中では、現実よりも簡単に人と話せる。
知らない人でも、同じゲームが好きだというだけで会話が始まる。
学校ではほとんど話さないような相手とも、ここでは普通に話せた。
「今日、どこ行こうかな……」
悠真が任務一覧を開く。
表示されたクエストの中から、一つを選んだ。
機体の整備を終え、出撃ボタンを押す。
視界が一度暗くなった。
次に目を開けたとき、そこには荒野が広がっていた。
遠くに古い建物が見える。
砂埃が風に流れている。
敵機の反応が三つ。
「よし」
悠真は機体を走らせた。
一体目。
正面から来た。
攻撃を受ける直前に横へ移動する。
相手の武器が空を切った。
その隙に背後へ回り込む。
一撃。
二撃。
敵機が倒れた。
「あと二体」
次は少し強い。
悠真はすぐには近づかなかった。
相手の動きを見た。
右腕の武器を使うときだけ、機体の重心が少し前へ移動する。
ならば、その瞬間に攻撃すればいい。
敵が動いた。
悠真も動く。
攻撃をかわす。
そして、反撃。
画面に撃破表示が出た。
「やった」
最後の一体も、それほど時間はかからなかった。
任務終了。
画面に結果が表示される。
【任務完了】
【撃破数:3】
【被ダメージ:12%】
【クリアタイム:7分18秒】
その下に、もう一つ表示された。
【評価:S】
悠真は少しだけ胸を張った。
別に、世界で一番強いわけではない。
もっと強いプレイヤーはいる。
ランキングを見れば、いつも上位にいる人たちがいた。
操作が速い人。
珍しい機体を持っている人。
何千回も同じ任務を繰り返している人。
悠真よりうまい人はいくらでもいる。
それでも、悠真は毎日ゲームをしていた。
一度負けたら、なぜ負けたのかを考える。
もう一度やる。
また負ける。
今度は別の方法を試す。
それを繰り返しているうちに、少しずつ勝てるようになった。
ゲームの中では、少しだけ強かった。
それだけだった。
ロビーに戻ると、ランキングが更新されていた。
【週間プレイヤーランキング】
一位。
二位。
三位。
そして、少し下。
悠真の名前があった。
「……また上がってる」
先週より三つ順位が上がっていた。
すると、近くにいたプレイヤーが声をかけてきた。
「悠真?」
「え?」
「さっきの任務、見てた」
「見てたの?」
「うん。動き、けっこうよかった」
「ありがとう」
「今度、一緒にやる?」
悠真は少し迷った。
「普通の任務って、一緒に入れないよ」
「ああ、そうだった」
二人とも笑った。
このゲームでは、通常の任務に他のプレイヤーを自由に連れていくことはできない。
ロビーでは一緒に話せる。
攻略情報も交換できる。
同じ任務について相談することもできる。
けれど、実際にその世界へ入るときは、それぞれ別の場所へ行く。
だから、プレイヤー同士が本当に一緒に戦える場所は限られていた。
その一つが、ワールドイベントだった。
「次のワールドボス、いつだっけ?」
「明後日じゃない?」
「じゃあ、そのとき一緒にやろう」
「うん」
その約束は、それだけだった。
次のワールドボスまで二日。
悠真はそれを楽しみにしながら、ロビーを歩いた。
そこには今日も大勢のプレイヤーがいた。
笑っている人。
攻略について言い争っている人。
新しい機体を自慢している人。
初心者に操作方法を教えている人。
誰も、自分たちが後でどこへ行くのかなんて考えていなかった。
ただゲームをしていた。
悠真も、その一人だった。
その夜。
ゲームを終える前に、悠真はランキングをもう一度開いた。
一位のプレイヤーとの差は、まだ大きい。
「いつか、追いつけるかな」
誰に言うでもなく、そう呟いた。
画面には、無機質な文字が表示されている。
【現在のオンラインプレイヤー数:2,184,631】
悠真は数字を見て、それからログアウトした。
この数字が、いつか少しずつ減っていくことを。
この広いロビーから、一人、また一人と人がいなくなっていくことを。
そのときの悠真は、まだ知らなかった。




