第二十四章 近づいていく世界
日曜日の午後。
悠真は昼食を終えると、すぐに《クロスギア》へログインした。
今日は朝から雨だった。
窓の外では、細い雨がずっと降り続いている。
ゲームの中へ入る。
【オンラインプレイヤー:287,614】
三十万人を切った。
悠真は数字を見て、少しだけ驚いた。
「減ったな……」
それでもロビーには、まだかなりの人がいる。
チャットも流れている。
だが、以前のような勢いはなかった。
その時。
【臨時アップデート】
【同期関連システムを更新しました】
悠真は告知を開いた。
詳しい説明はない。
ただ、同期処理の安定化と、現実世界での投影現象に関する調整とだけ書かれていた。
「また変わった」
悠真は普通の任務を選んだ。
転送。
今日は海沿いの都市だった。
青い空。
白い雲。
遠くに巨大な工場が見える。
悠真は敵を探した。
しかし。
いつまで経っても敵が出てこない。
「……?」
少し歩く。
街の中へ入る。
NPCたちが普通に生活している。
商店。
道路。
工場。
住宅。
そして。
海。
悠真は海岸へ向かった。
そこで、奇妙なものを見つけた。
海の上に。
何かが浮かんでいる。
最初は船だと思った。
しかし、違った。
半透明の機械。
輪郭だけが見える。
「何これ……」
近づく。
すると。
【現実世界同期対象】
文字が表示された。
悠真は立ち止まった。
「同期対象?」
機械に触れようとする。
しかし、手がすり抜けた。
映像のようだった。
その瞬間。
海の上の機械が消えた。
代わりに。
【同期率:15.2%】
表示が出る。
悠真はしばらく画面を見つめた。
「やっぱり、これ……」
ただのイベントではない。
そう思い始めていた。
任務はいつの間にか終了していた。
報酬も出ている。
しかし、悠真はそれより街の様子が気になった。
以前と少し違う。
NPCたちが空を見ている。
海を見ている。
何かを感じているようだった。
悠真は近くにいたNPCに話しかけた。
「何か見た?」
「何が?」
「あの海の上」
「……何も見てない」
NPCは少し間を置いた。
「ただ」
「うん?」
「最近、海の上に変な光が出ることがある」
「いつから?」
「少し前からだ」
「怖くない?」
「怖いと言えば怖い」
NPCは海を見た。
「でも、毎日出るわけじゃない」
「じゃあ、どうしてるの?」
「見てるだけだ」
「それだけ?」
「それ以上、できることがないからな」
悠真は何も言わなかった。
その頃。
現実世界。
同じ時間。
別の場所で。
海上に巨大な機械の輪郭が現れていた。
ニュースカメラがそれを捉える。
映像はすぐに世界中へ流れた。
「本日午後、沿岸部で巨大な機械状の映像が確認されました」
ニュースキャスターが説明する。
「これまで確認されたものより長時間にわたって観測されており、現在、専門機関が調査を進めています」
映像には、海の上に浮かぶ巨大な機体が映っている。
その姿は。
《クロスギア》の機体とよく似ていた。
だが。
今回は少し違った。
ただ映っているだけではない。
機体が動いている。
腕を動かす。
周囲を見る。
そして。
海面へ手を伸ばす。
しかし。
触れることはできない。
手は海面をすり抜けた。
その映像を見た研究員が言った。
「投影安定度が上がっています」
「どれくらい?」
「以前の二倍以上です」
「物理干渉は?」
「ありません」
「音声は?」
「あります」
研究員が再生する。
雑音。
海の音。
そして。
「……この場所は、知らない」
機械の声。
研究室が静かになった。
「向こう側の存在が、こちら側を認識している」
責任者は画面を見つめる。
「なら、こちら側も向こう側を認識できる」
「はい」
「相互認識か」
「まだ一方的です」
「そうか」
責任者は少し考えた。
「次の段階へ進める」
研究員が顔を上げる。
「本当に?」
「これ以上、待つ理由がない」
「しかし、現実側への投影が安定しすぎています」
「物理干渉はない」
「それでも――」
「分かっている」
責任者は言葉を切った。
「だから慎重に進める」
実験は続行された。
同じ頃。
悠真はゲーム内の街を歩いていた。
メインロビーへ戻る。
オンライン人数。
【285,091】
また少し減った。
その時。
システム通知が表示された。
【新規イベント準備中】
【イベント名称:ワールドリンク】
悠真はその文字を見つめた。
「ワールドリンク……?」
説明を開く。
しかし。
説明欄は空白だった。
「何も書いてない」
チャットも騒ぎ始める。
『新イベント?』
『ワールドリンクって何?』
『公式見た?』
『説明ないぞ』
『また同期関係?』
悠真はしばらく考えた。
そして、ゲームを終了することなく、ロビーのベンチに座った。
周囲を眺める。
人がいる。
少ないけれど、まだいる。
誰かが話している。
誰かが任務を探している。
誰かが装備を見ている。
誰かがゲームをやめようとしている。
世界の外では。
研究者たちが、この世界を見ている。
そして。
この世界の中では。
誰もそれを知らない。
悠真はふと思った。
もし、本当に二つの世界が近づいているなら。
どちらがどちらへ行くのだろう。
ゲームの人たちがこちらへ来るのか。
それとも。
自分たちが向こうへ行くのか。
答えはまだなかった。
ただ。
その日の夜。
運営会社の画面に、一つの数字が表示された。
【現実世界―ゲーム世界接続安定率】
【16.0%】
そして、その下に。
【逆方向接続実験:準備完了】
という文字が表示された。
誰もまだ。
その意味を悠真には伝えていなかった。




