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《ゲームの向こうにいる君へ》 ――世界で一番強い小学生と、ゲームの中に生きる友達の話――  作者: 亀


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第二十三章 残された選択肢

 土曜日の朝。


 悠真はいつもより少し遅く起きた。


 カーテンを開ける。


 冬に近い空気が、窓の隙間から入ってくる。


「寒い……」


 居間へ行くと、母親が朝食を用意していた。


「おはよう」


「おはよう」


「今日はゲーム?」


「うん。たぶん」


「たぶん?」


「最近、ちょっと変だから」


 母親はテレビを見る。


 朝のニュースでは、また《クロスギア》の話題が出ていた。


 昨日確認された投影現象。


 海外で撮影された映像。


 政府の調査。


 専門家のコメント。


 そして、ゲームの利用者数が減少しているという話。


 母親はテレビを見ながら言った。


「まだ続けてるんだね」


「うん」


「怖くない?」


 悠真は少し考えた。


「今のところは」


「そう」


「ゲームの中では何も起きてないし」


「現実に出てくるんでしょう?」


「出てくるっていうか……映るだけ」


「それでも不思議ね」


「うん」


 母親はそれ以上何も言わなかった。


 朝食を食べ終える。


 悠真は部屋へ戻った。


 ゲームを起動する。


【オンラインプレイヤー:301,442】


 三十万人を切る日も、そう遠くない。


 悠真は数字を見た。


 少しだけ寂しい。


 でも、ログインしている人はまだ多い。


 ロビーに入る。


 チャットには、昨日と同じような話が流れていた。


『また投影あったらしい』


『見た』


『俺はもう怖いからやめる』


『俺は続ける』


『運営は何か隠してると思う』


『何か知ってるなら発表してほしい』


 悠真は何も書かなかった。


 その時。


 KAIからメッセージが届いた。


『今日、時間ある?』


『あるよ』


『ちょっとPVPやらない?』


『いいよ』


 二人はランキング戦へ入った。


 開始。


 KAIが先に動く。


 悠真は避ける。


 反撃。


 KAIはそれを読んでいた。


 防御。


 さらに攻撃。


 悠真は距離を取る。


 しばらく互いに動かない。


『どうした?』


 KAIが通信で言った。


「考えてる」


『何を?』


「次にどうするか」


『いつも通りじゃん』


「そうだけど」


 悠真は画面を見る。


 以前なら、この場面では攻撃していた。


 しかし。


 今日は攻撃しない。


 KAIも動かない。


 時間だけが過ぎる。


 先に動いたのはKAIだった。


 その瞬間。


 悠真は逆方向へ移動した。


 KAIの攻撃が空を切る。


「今!」


 攻撃。


【勝利】


 KAIが笑う。


『また読めなかった』


「僕も読めてないよ」


『じゃあ、どうして避けた?』


「分からない」


『またそれか』


 二人は笑った。


 ランキング戦が終わる。


 その後、二人はカジュアル対戦を始めた。


 ランキングには影響しない。


 負けてもいい。


 勝ってもいい。


 新しい装備を試す。


 普段使わない武器を使う。


 わざと変な動きをする。


 何度か戦って。


 結果は三勝三敗。


『こっちの方が楽しいな』


 KAIが言った。


「うん」


『ランキング戦は勝たなきゃってなる』


「分かる」


『最近、みんなゲームを仕事みたいにやってる気がする』


「……そうかも」


『だから人が減ったのかな』


 悠真は答えなかった。


 人が減った理由は、一つではない。


 ゲームが難しくなった。


 現実世界での現象が怖い。


 飽きた。


 他のゲームへ移った。


 生活が忙しくなった。


 理由はいくらでもある。


 だから、誰か一人の理由で説明することはできない。


 その時。


 ロビーに戻ると、新しい告知が出ていた。


【重要なお知らせ】


【現実世界との同期実験に関する調査結果】


 悠真は開いた。


 運営会社は、これまでの投影現象について説明していた。


 現時点では、現実世界への投影は映像・音声情報に限定されていること。


 人体や物体への直接的な物理干渉は確認されていないこと。


 現象によってゲーム内の世界が消失したり、プレイヤーのデータが失われたりすることはないこと。


 通常のゲームプレイについては問題ないこと。


 最後に。


【今後も同期実験を継続します】


 悠真はそこで手を止めた。


「継続するんだ」


 チャットが一気に流れた。


『やめろよ』


『なんで続けるの?』


『面白そう』


『危険じゃないなら別にいいだろ』


『安全だって誰が決めた?』


『公式の説明を信じるしかないだろ』


 また意見が分かれている。


 悠真は画面を見ながら思った。


 運営は、悪いことをしているのだろうか。


 それとも。


 ただ新しいことを試しているだけなのだろうか。


 現実世界に機械が映る。


 それを研究する。


 もっと安定させようとする。


 それだけなら。


 それほどおかしなことには思えなかった。


 だが。


 ゲームの中には、自分たちとは違う存在がいる。


 あのNPCたちは、ここで暮らしている。


 もし、その世界と現実世界がもっと近づいたら。


 何が起きるのだろう。


 悠真には分からない。


 だからこそ、少し気になった。


 その日の午後。


 悠真はゲーム内の街へ向かった。


 修理工場。


 市場。


 住宅街。


 いつもの場所を歩く。


 そこで、一人のNPCが悠真を呼び止めた。


「おい」


「ん?」


「最近、変な空を見たことがあるか?」


 悠真は立ち止まった。


「空?」


「ああ」


「どんな?」


「夜なのに、一瞬だけ昼みたいに明るくなる」


「……それ、何回くらい?」


「最近何度かある」


 悠真は空を見上げた。


 今日は晴れている。


「怖くない?」


 NPCは肩をすくめた。


「分からん」


「分からない?」


「何が起きてるのか知らないからな」


 そして。


「ただ、俺には仕事がある」


 悠真は笑った。


「そればっかりだね」


「仕事は大事だからな」


 二人は少し笑った。


 その時。


 遠くの空が、一瞬だけ白く光った。


 悠真が振り返る。


【同期率:13.7%】


 表示が出る。


 すぐに消える。


 悠真はその数字を見ていた。


 そして、初めて思った。


 この数字が。


 ただのゲーム内イベントの数字ではないのかもしれない。


 何かが進んでいる。


 それだけは、少しずつ分かってきていた。

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