第二十一章 調べる人たち
それから数日。
《クロスギア》は、以前と同じように動いていた。
メインロビーにはプレイヤーがいる。
任務も受けられる。
装備も買える。
PVPもできる。
世界Bossも出現する。
ただ一つ違うのは。
誰もが、ゲームの外を意識するようになったことだった。
悠真がログインすると、チャット欄には毎日のように現実世界の話が流れていた。
『今日も映像出たらしい』
『北海道で見たって』
『海外でも出てる』
『運営は何か知ってるのかな』
『政府も調べてるらしい』
『ゲームやめたほうがいい?』
『なんで? 今のところ何も起きてないじゃん』
『でも怖くない?』
悠真はその会話をしばらく眺めていた。
その時。
一人のプレイヤーが言った。
『俺、しばらくログインしない』
『なんで?』
『現実のニュース見たら、ゲームやってる場合じゃない気がしてきた』
別のプレイヤーが返す。
『俺は逆に、ゲームの中の方が落ち着く』
『分かる』
『俺も』
悠真は画面を見ながら考えた。
同じ出来事を見ても、人によって感じ方は違う。
怖い人もいる。
面白いと思う人もいる。
何も気にしない人もいる。
そして。
ゲームを続ける人もいれば、やめる人もいる。
その日のオンライン人数は。
【338,204】
また少し減っていた。
悠真は普通の任務を選んだ。
今日の敵は、それほど強くない。
以前なら簡単に終わらせていた任務だった。
しかし。
戦闘の途中で、敵の動きが少し変わった。
悠真は一瞬止まる。
「……前と違う」
敵が攻撃してくる。
避ける。
反撃する。
任務終了。
【評価:S】
悠真は結果を確認した。
その時。
新しい表示が出た。
【NPC行動変化を検出】
【プレイヤー行動との関連性を分析中】
「NPC?」
悠真は少し考えた。
最近、こういう表示が増えている。
以前なら、NPCの行動など記録されていなかった。
だが今は。
NPCの戦闘。
プレイヤーとの会話。
街での行動。
すべてが記録対象になっているようだった。
その頃。
運営会社の研究室。
研究員が一つの画面を見ていた。
「NPC側のデータが増えています」
「どのくらい?」
「かなりの量です」
「原因は?」
「同期実験です」
画面には、ゲーム世界の街が映っている。
NPCが歩いている。
働いている。
会話している。
戦闘している。
そして。
プレイヤーとの接触によって、行動が変化している。
「以前は、プレイヤーとの会話を単純なイベントとして処理していました」
「今は?」
「完全にはそう言えません」
「どういう意味だ?」
研究員は画面を切り替えた。
同じNPCが、異なるプレイヤーに対して異なる返答をしている。
同じ質問。
似た状況。
しかし、返答が違う。
「行動履歴だけでは説明できない部分があります」
「学習型AIだからだろう」
「はい。でも、それだけではありません」
研究員は別の画面を開いた。
「プレイヤーが減った後も、NPC側の生活パターンが継続しています」
街の映像。
店が開く。
閉まる。
工場が動く。
道路を車両が走る。
人々が家へ帰る。
プレイヤーがいない時間にも、世界は動いていた。
責任者は画面を見つめた。
「それが何を意味する?」
「分かりません」
「なら、まだ結論を出すな」
「はい」
研究員は頷いた。
その時、別のスタッフが入ってきた。
「外部調査チームから連絡です」
「何だ?」
「現実側の映像について、新しい情報があります」
画面が切り替わった。
複数の監視映像。
同じ時間。
違う場所。
そこに同じような機械の影が映っている。
「昨日より長い」
「はい」
「最大で?」
「四十七秒」
責任者は黙った。
以前は数秒だった。
少しずつ長くなっている。
「物理干渉は?」
「ありません」
「音声は?」
「一部で記録されています」
「内容は?」
「ほとんどが環境音です。ただ、一件だけ」
研究員が再生する。
雑音。
風の音。
人の声。
そして。
機械の声。
『……ここは、どこだ?』
研究室が静かになった。
「ゲーム内の音声と一致しています」
「つまり?」
「同じ存在が投影されている可能性があります」
責任者は答えなかった。
その頃。
悠真はゲーム内の街にいた。
昨日のNPCを探す。
修理工場に行く。
いない。
市場にもいない。
少し歩く。
ようやく見つけた。
工場の裏で、一人で作業していた。
「こんにちは」
「おう」
「何してるの?」
「修理だ」
「昨日も?」
「昨日も」
「今日も?」
「今日も」
悠真は笑った。
「ずっと仕事してるね」
「仕事だからな」
「楽しい?」
NPCは少し考えた。
「楽しい日もある」
「楽しくない日も?」
「そりゃある」
「それでもやるの?」
「生活だからな」
悠真は少し黙った。
その言葉が、妙に現実的に聞こえた。
ゲームだから毎日楽しい。
ゲームだから勝てば満足する。
そんな単純な世界ではない。
ここにも。
楽しい日があり。
面倒な日があり。
仕事があり。
疲れる日がある。
悠真はNPCを見た。
「ねえ」
「何だ?」
「もし、この世界の外に別の世界があるって言ったら、どうする?」
NPCは工具を止めた。
「別の世界?」
「うん」
「お前は、そこから来たのか?」
悠真は答えに迷った。
「……たぶん」
NPCはしばらく考えた。
「そうか」
「怖くない?」
「何が?」
「別の世界があるって」
NPCは笑った。
「見たことがないから、分からない」
「分からない?」
「知らないものを怖いと思うか、面白いと思うかは、人によるだろ」
悠真は黙った。
NPCは再び工具を動かした。
「ただ」
「うん?」
「俺はここで暮らしてる」
その言葉を聞いて。
悠真は、何も言えなくなった。
現実世界では、研究者たちがこの世界を観測している。
ゲームの外では、政府やメディアが現象を調べている。
そしてゲームの中では。
誰も知らないまま、今日も生活している人たちがいる。
悠真は街を見た。
夕方になっていた。
店の明かりが一つずつ点いていく。
戦争も。
世界Bossも。
現実世界との同期も。
関係なく。
今日という一日が終わっていく。
その時、空に小さな光が走った。
悠真が見上げる。
【同期率:11.4%】
数字が一瞬だけ表示された。
そして消える。
悠真はその数字を見つめた。
11.4%。
昨日より上がっている。
何が11.4%なのか。
まだ分からない。
ただ。
何かが、少しずつ近づいている。
そのことだけは。
悠真にも分かり始めていた。




