第二十章 映像の向こう側
翌朝。
学校へ向かう途中、悠真は何度もスマートフォンを見た。
昨日の映像は、まだ消えていなかった。
むしろ増えていた。
道路の上。
ビルの向こう。
駅前の空。
公園の上。
場所によって見え方は違っていたが、映っていたものはよく似ていた。
巨大な機械の影。
そして、その影の輪郭は。
《クロスギア》に登場する機体に似ていた。
学校へ着くと、教室でもその話が出ていた。
「昨日の見た?」
「見た見た」
「CGじゃないの?」
「でも、いろんな場所で撮られてるんだって」
「新しいゲームの宣伝じゃない?」
「だったら公式が言うだろ」
悠真は黙って聞いていた。
友達が振り向く。
「悠真は?」
「……見た」
「どう思う?」
「分からない」
「《クロスギア》に似てるよな」
「うん」
「まさかゲームの機体が出てきたとか?」
悠真は少し笑った。
「そんなわけないよ」
そう答えた。
自分でも、そう思いたかった。
授業が始まる。
先生が黒板に文字を書く。
教室はいつも通りだった。
昨日、世界中で奇妙な映像が確認されたことなど、授業そのものには何の影響もない。
昼休みになると、今度は別の話題が流れてきた。
政府が調査を始めたらしい。
ゲーム会社が何か発表するらしい。
海外でも似た映像が確認されたらしい。
情報は次々に増えていた。
ただ、誰も本当のことは知らない。
そして。
ゲーム会社も、まだ正式な説明を出していなかった。
その頃。
《クロスギア》運営会社では、緊急会議が続いていた。
「外部への投影は確認されています」
「被害は?」
「ありません」
「物理干渉は?」
「ゼロです」
「通信障害は?」
「ありません」
「人への接触は?」
「ありません」
責任者は画面を見た。
昨日の映像が並んでいる。
街の上空に浮かぶ機械。
ビルの間に見える影。
遠くの山の向こうに現れる巨大な輪郭。
どれも数秒から数十秒で消えている。
「現実側では、ただ見えているだけか」
「今のところは」
「ゲーム側は?」
「イベント終了後、通常状態へ戻っています」
「NPCは?」
「特に異常ありません」
「プレイヤーは?」
「混乱していますが、ゲーム自体は継続しています」
責任者はしばらく黙っていた。
そして言った。
「発表する」
研究員が顔を上げる。
「本当にですか?」
「隠し続ける方が難しい」
「ですが、原因を説明できません」
「原因まで説明する必要はない」
少し間を置いて。
「確認できている事実だけを出す」
数時間後。
公式発表が出された。
【《クロスギア》に関連する現象について】
そこには、簡単な説明だけが書かれていた。
現在確認されている映像について調査中であること。
ゲーム内で発生した特殊同期現象と、現実世界で確認された映像に関連性がある可能性があること。
現時点では、人体や建築物などへの物理的被害は確認されていないこと。
ゲームサービスそのものは継続すること。
それ以上の詳細については、調査結果を待つこと。
発表は、それだけだった。
インターネットではすぐに様々な意見が出た。
『公式が認めた』
『やっぱり《クロスギア》だったのか』
『ゲームの映像を現実に投影してる?』
『どういう技術なんだ』
『宣伝じゃないの?』
『いや、海外でも出てる』
『政府は何をしてるんだ』
『危険じゃないなら別にいい』
『でも、いつか本物が出てきたら?』
意見は一つにならなかった。
それは運営会社にとっても同じだった。
研究員の一人が言う。
「予想以上に広がっています」
「当然だ」
「政府から問い合わせも来ています」
「答えられる範囲で答えろ」
「軍事利用についても聞かれています」
責任者は首を横に振った。
「現状では必要ない」
「なぜです?」
「物理干渉がない」
画面を見る。
現実世界に映る機械。
触れない。
壊せない。
攻撃できない。
ただ、見えるだけ。
「危険かどうかは分からない」
責任者は続けた。
「だが、少なくとも今の段階では、武力で対処する理由もない」
研究員は黙った。
その日の夜。
悠真は学校から帰り、夕食を済ませてからゲームを起動した。
ログイン画面には、昨日までなかった注意書きが表示されていた。
【現実世界との同期現象について】
【現在、調査を行っています】
【通常のゲームプレイに影響はありません】
悠真はその文章を読んだ。
「普通に遊べるんだ」
ログインする。
メインロビー。
オンライン人数。
【342,107】
昨日より少し減っていた。
チャット欄は、いつもより騒がしい。
『昨日のやつ見た?』
『見た』
『本当にゲームから出てきたのかな』
『出てきたっていうか、映っただけじゃない?』
『でも、あの機体しゃべってたぞ』
『NPCだろ』
『でも、俺が質問したら答えた』
悠真はその会話を見つめた。
自分も話した。
あの機械生命体と。
そして、あいつは。
自分たちの世界を知らなかった。
悠真はゲーム内の街へ向かった。
昨日と同じ場所。
修理工場。
商店。
道路。
人々。
すべて、何も変わっていない。
「……こんにちは」
悠真は昨日のNPCに話しかけた。
「ああ。また来たか」
「昨日、何か変なことなかった?」
「変なこと?」
「空とか」
NPCは空を見上げた。
「別に」
「何も?」
「いつも通りだ」
悠真は空を見る。
青い空。
雲。
遠くに山。
何もない。
「そっか」
NPCは悠真を見た。
「外の世界で、何かあったのか?」
悠真は少し黙った。
「……うん」
「大変なのか?」
「分からない」
「そうか」
NPCはそれ以上聞かなかった。
工具を持ち上げる。
「俺には関係ない話かもしれないな」
「どうして?」
「ここで暮らしてるからな」
悠真は、その言葉を聞いて黙った。
昨日も聞いた。
ここで暮らしている。
戦うだけではない。
店があり。
仕事があり。
家があり。
生活がある。
そして今。
自分たちの世界から、こちら側へ何かが見え始めている。
それでも、この街の人たちは何も知らない。
悠真は街を歩いた。
しばらくして、空を見上げる。
昨日の巨大な影はない。
ただ青い空が広がっていた。
その時。
【特殊同期イベント準備中】
小さな文字が、画面の隅に表示された。
悠真は立ち止まった。
「……また?」
表示はすぐに消えた。
悠真はしばらく画面を見つめた。
そして。
今度は、昨日とは少し違う気持ちでゲームを続けた。
まだ何が起きているのかは分からない。
けれど。
もう「ゲームの中だけの出来事」とは、言えなくなっていた。




