第十九章 見えたもの
その週の金曜日。
悠真は学校から帰ると、いつもより早くゲームを起動した。
今日は特に予定がなかった。
母親は買い物に出ている。
宿題も終わっている。
だから、夕食までゆっくり遊べる。
ログインする。
【オンラインプレイヤー:348,912】
数字はまた少し減っていた。
悠真は気にせず、メインロビーを歩いた。
新しい装備が追加されている。
イベントも更新されている。
チャットもいつも通り流れている。
その時だった。
【緊急システムメンテナンス予告】
【本日21:00より、一部機能の調整を行います】
「珍しいな」
悠真は時計を見る。
まだ二時間以上ある。
そのまま普通の任務へ入ろうとした。
すると。
【緊急世界イベント】
突然、画面が切り替わった。
【特殊イベントを開始します】
【対象:全プレイヤー】
ロビーにいたプレイヤーたちが一斉に騒ぎ始める。
『何これ?』
『予定にないぞ』
『新イベント?』
『Bossじゃないの?』
悠真も画面を見る。
普段なら表示されるBoss名がない。
ただ、一行だけ。
【現実世界との同期を開始します】
「……また?」
悠真が呟いた瞬間。
画面が白くなった。
数秒。
何も見えない。
そして。
ゲーム画面が戻った。
しかし、そこは戦場ではなかった。
真っ暗な空間。
地面もない。
敵もいない。
ただ、中央に一体の機械生命体が立っている。
巨大ではない。
人間より少し大きい程度だった。
その姿は、これまでのBossとは明らかに違っていた。
『何だ、これ?』
『イベントNPC?』
『新しいBoss?』
チャットが流れる。
機械生命体が周囲を見回した。
そして。
「……ここは、どこだ?」
悠真は息を止めた。
その声は、今まで聞いたBossのものとは違った。
決められた台詞ではない。
迷っているように聞こえた。
プレイヤーの一人がチャットで質問した。
『お前は誰?』
機械生命体が画面を見る。
「……誰かが、私を呼んだのか?」
悠真は少し迷ってから、入力した。
『ここは《クロスギア》だよ』
機械生命体が悠真の方向を見る。
「クロス……ギア?」
その瞬間。
【接続安定率:24.8%】
表示が出た。
悠真は眉を寄せた。
「これ……ゲームのイベントだよね?」
誰も答えない。
その頃。
現実世界。
研究施設では、警報が鳴っていた。
「接続が安定しています!」
「予想値を超えています!」
「投影状態を確認!」
大型モニターに、先ほどの機械生命体が映っている。
研究員が息を呑んだ。
「成功……」
しかし、その言葉を聞いた別の研究員が首を振った。
「まだです」
「え?」
「成功したのは接続じゃない」
画面を見る。
「向こう側が、こちら側を認識している」
研究室が静かになった。
誰も話さなかった。
機械生命体は、ゲーム画面の中で周囲を見ている。
そして、突然。
その姿が別のモニターにも映った。
研究施設の外部監視システム。
さらに。
実験室の外に設置されたカメラ。
研究施設とは別のネットワークへ接続された記録装置。
映像が次々に切り替わる。
「外部系統に出ています!」
「止められるか?」
「分かりません!」
「接続を切れ!」
「切断命令が通りません!」
研究員たちの声が重なる。
その頃。
悠真のゲーム画面では、機械生命体がまだ立っていた。
突然、画面の右上に新しい表示が出る。
【現実世界への投影処理を開始】
悠真は意味が分からなかった。
「現実世界?」
そして。
同じ頃。
研究施設から数キロ離れた場所。
街を歩いていた人が、空を見上げた。
「……何?」
道路の上空。
何もないはずの場所に。
一瞬だけ。
巨大な機械の影が映った。
しかし、触れることはできない。
音もない。
ただ、そこに映像のように浮かんでいる。
数秒後。
消えた。
通行人はスマートフォンを取り出した。
「今の、何?」
別の人も空を見ていた。
「見た?」
「見た」
「撮った?」
「撮った」
数分後。
動画がSNSへ投稿された。
その映像は、最初はほとんど注目されなかった。
しかし。
別の場所でも同じ現象が確認された。
さらに別の場所。
さらに別の場所。
それぞれ違う人が、同じような機械の影を撮影していた。
そして、その映像の一つに。
偶然、研究施設の外壁が映り込んでいた。
誰かが気づいた。
『これ、ゲームじゃない?』
コメントが増える。
『《クロスギア》に似てる』
『いや、そっくりじゃん』
『イベント?』
『こんなイベント告知されてないぞ』
『公式は何も言ってない』
数時間もしないうちに、動画は広がっていった。
一方。
悠真はまだゲーム画面の前にいた。
機械生命体が、ゆっくりこちらを見る。
「君は……」
少し間を置いて。
「この世界の人間なのか?」
悠真はキーボードに手を置いた。
何と答えればいいのか分からなかった。
自分はプレイヤーだ。
この世界に来た人間だ。
でも。
この機械生命体にとっては。
自分たちの世界こそが、世界だった。
悠真はしばらく考えてから、入力した。
『たぶん、そうだよ』
機械生命体は黙った。
そして。
「……そうか」
それだけ言った。
その直後。
【同期処理を終了します】
画面が暗くなった。
ロビーへ戻る。
チャット欄は混乱していた。
『今の何だった?』
『誰か説明して』
『現実世界って出てたよな?』
『動画撮った人いる?』
『公式まだ何も言ってない』
悠真も何度か画面を見た。
そしてログアウトした。
部屋を出る。
居間では母親がニュースを見ていた。
「悠真、ちょうどよかった」
「何?」
「これ、知ってる?」
テレビ画面に映っていたのは。
空中に浮かぶ、巨大な機械の影だった。
悠真は立ち止まった。
「……え?」
ニュースキャスターが話している。
「本日午後、全国複数の地域で、正体不明の巨大な映像が確認されました。現在、専門機関が原因を調査しています――」
悠真は何も言えなかった。
テレビの映像を見ながら。
さっきゲームの中で話した機械生命体を思い出していた。
初めて。
ゲームの中だけだったものが。
ゲームの外から見えた。
それが何を意味するのか。
悠真には、まだ分からなかった。




