第十八章 世界の外から
ワールドBossとの戦いは、いつもより長引いた。
今回の敵は、以前より明らかに強かった。
攻撃の速度。
防御力。
移動範囲。
そして、プレイヤーの動きへの対応。
どれも以前のBossとは違っていた。
「右!」
誰かが叫ぶ。
巨大な腕が振り下ろされる。
何人ものプレイヤーが散開した。
悠真も機体を横へ滑らせる。
地面が大きく揺れた。
砂煙が上がる。
視界が悪くなる。
その中で、一人のプレイヤーが動けなくなっていた。
悠真はそちらへ向かった。
助けに行く。
しかし。
【推奨行動:攻撃】
画面に表示が出る。
Bossの弱点が開いている。
今なら攻撃できる。
けれど、悠真は攻撃しなかった。
「先に助ける」
機体を動かす。
動けなくなったプレイヤーを引き上げる。
その直後、Bossの攻撃が来た。
悠真はぎりぎりで避けた。
「危なかった……」
助けたプレイヤーから通信が入る。
『ありがとう!』
『大丈夫』
その数秒後。
別のプレイヤーがBossの弱点を攻撃した。
大きな爆発。
Bossの装甲が砕ける。
戦場全体が一気に動いた。
悠真も攻撃に加わる。
数分後。
【ワールドボス討伐成功】
【参加人数:27,918】
【MVP:YUMA】
歓声がチャット欄を埋めた。
『やった!』
『今回は長かった』
『YUMA最後すごかったな』
『助けに行ったところ見た』
『あれで間に合うのかよ』
悠真は少し笑った。
だが、その時。
画面の隅に、見慣れない表示が出た。
【現実世界との同期率:9.1%】
悠真は一瞬だけ画面を見た。
「……またこれか」
以前にも見た。
何のための数字なのかは分からない。
説明もない。
だから、深く考えなかった。
ログアウトする。
夕食を食べる。
風呂に入る。
宿題をする。
その夜は、それで終わった。
しかし。
同じ頃。
運営会社では、終わっていなかった。
「同期率が上がりました」
「どれくらい?」
「九・一パーセントです」
「前回より?」
「〇・五ポイント」
研究員がデータを確認する。
「今回の戦闘中、プレイヤーとゲーム内存在の行動同期が大きく上昇しています」
「具体的には?」
「プレイヤーがNPCを助ける。NPCがプレイヤーを援護する。プレイヤー同士が互いに行動を合わせる。そういった情報が増えています」
「戦闘データだろう」
「はい」
「それが同期率に影響している?」
「そのようです」
責任者は画面を見る。
そこには、先ほどの戦闘が再生されていた。
プレイヤー。
ゲーム内キャラクター。
Boss。
すべての動きが記録されている。
そして、その横には別の映像があった。
現実世界。
研究施設の実験室。
大型スクリーンにゲーム世界が映っている。
研究員が操作する。
画面の中の街が拡大される。
道路。
建物。
工場。
住宅。
そこに暮らす人々。
「これ、本当にゲームなんでしょうか」
一人の研究員が小さく言った。
別の研究員が答える。
「ゲームですよ」
「でも……」
「何?」
「住民の行動が、プレイヤーの入力とは関係なく変化している」
「AIでしょう」
「もちろん」
「なら問題ない」
「問題ない、というのは?」
少し沈黙があった。
責任者が言う。
「今の段階では、問題ない」
研究員はそれ以上聞かなかった。
研究室の別の画面には、世界Bossの映像が表示されていた。
その映像の横に、小さな数字がある。
【投影安定率:18.4%】
【現実側観測:成功】
【物理干渉:0%】
研究員が言った。
「今回も現実側への投影は確認できました」
「映像として?」
「はい」
「外部から観測できる?」
「条件を限定すれば可能です」
「記録は?」
「されています」
「一般公開は?」
「していません」
責任者は少し考えた。
「まだ早い」
「分かりました」
その夜。
研究施設の外では、何も起きなかった。
車が走る。
人が歩く。
コンビニの明かりがついている。
誰も知らない。
その少し離れた研究室で、別の世界が観測されていることを。
そして翌朝。
悠真が学校へ向かっている頃。
研究会社のサーバーには、一つの新しいファイルが作成されていた。
【PROJECT:CROSS-LINK】
【現実世界―ゲーム世界間接続実験】
【第3段階への移行準備】
そのファイルには、これまでのすべてのデータが保存されていた。
世界Boss。
通常任務。
高難度任務。
PVP。
プレイヤー同士の会話。
ゲーム内キャラクターとの交流。
そして。
悠真の記録。
大量のデータが、一つのシステムへ送られていく。
【統合率:21.3%】
まだ、始まったばかりだった。
一方。
悠真は教室の窓から外を見ていた。
先生が黒板に文字を書いている。
友達が隣で小さな声で話しかけてくる。
「昨日のBossやった?」
「やった」
「またMVPだった?」
「うん」
「やっぱり強いな」
悠真は少し笑った。
「たまたまだよ」
「またそれ言ってる」
二人は小さく笑った。
窓の外には、いつもと同じ空が広がっている。
悠真はまだ知らない。
自分が遊んでいる世界の外側で。
その世界をこちら側へ近づけようとしている人たちがいることを。
そして。
その中心に、自分の戦闘記録が使われていることを。




