第十七章 残っている人たち
冬が近づいていた。
朝の空気は冷たくなり、学校へ向かう道では白い息が見えるようになった。
悠真はマフラーを巻きながら歩いていた。
特別に寒いわけではない。
ただ、去年より少し早く冬が来たような気がした。
学校が終わる。
友達と別れる。
家に帰る。
宿題を終える。
夕食を食べる。
そして、いつものようにゲームを起動した。
ログイン画面が表示される。
【オンラインプレイヤー:356,421】
悠真は数字を見て、少しだけ手を止めた。
三十五万人。
また減っている。
以前なら、何万人減ったかを気にしていた。
今は、もう数えていなかった。
メインロビーへ入る。
チャット欄には、相変わらずたくさんの文字が流れている。
『今日のBoss強いらしい』
『新装備出た』
『誰か高難度行かない?』
『初心者だけど手伝って』
人が減っても、遊んでいる人はいる。
悠真はそのことに少し安心した。
ロビーを歩いていると、一人のプレイヤーが話しかけてきた。
「YUMAさん」
「ん?」
「今から高難度行きません?」
相手の名前は、最近よく見かけるようになったプレイヤーだった。
「いいよ」
「本当ですか?」
「うん」
二人で任務へ入る。
今回の任務は、二人用ではなかった。
それぞれ別のインスタンスへ転送される。
だから、実際に一緒に戦うわけではない。
任務開始前に、ロビーで少し話すだけだった。
「じゃあ、終わったらまたここで」
「うん」
二人は別々の世界へ転送された。
悠真は一人で敵を倒していく。
相手も同じように戦っている。
一時間後。
任務終了。
ロビーへ戻る。
「どうでした?」
「Sだった」
「僕もSです」
「じゃあ同じだね」
「YUMAさんでもSなんですね」
「いつもS+になるわけじゃないよ」
「でもランキング一位ですよね」
「うん」
「なんか不思議です」
「何が?」
「一位なのに、普通にSとか取るんだなって」
悠真は少し考えた。
「一位だからって、全部できるわけじゃないよ」
「そうなんですか?」
「うん」
そのプレイヤーは少し黙った。
「……じゃあ、僕でも上に行けますかね」
「たぶん」
「たぶん?」
「続ければ」
悠真はそれだけ言った。
相手は笑った。
「じゃあ、もう少しやってみます」
「うん」
それから二人は別れた。
悠真は次の任務を選ぶ。
その時。
【ワールドイベント予告】
【発生予定時刻:20:00】
時計を見る。
あと三十分。
「まだ時間あるな」
悠真はゲーム内の街へ向かった。
最近、悠真は街を歩く時間が増えていた。
戦闘をしない時間。
武器を持たない時間。
ただ、そこにいる人たちを見る時間。
修理工場では、作業員が機械を修理している。
市場では商人が商品を並べている。
道路では車両が走っている。
子供たちが広場を走っている。
悠真が以前ここへ来た時より、少しだけ変わっていた。
店の位置が変わった。
新しい建物ができている。
あるNPCは、前に話した時と同じ場所にいた。
「あんた、また来たのか」
「うん」
「最近よく見るな」
「ここ好きだから」
「戦わなくていいのか?」
「もうすぐBossだから」
「そうか」
NPCは工具を持ったまま言った。
「最近、外から来る連中が減ったな」
悠真は少し驚いた。
「分かるの?」
「分かるさ」
「どうして?」
「街が静かになったからな」
NPCは周囲を見た。
「前は、もっと騒がしかった」
悠真は何も言わなかった。
NPCは続ける。
「でも、俺たちは仕事をする」
「うん」
「店も開ける」
「うん」
「飯も食う」
「うん」
「明日も同じだ」
悠真は街を見た。
確かにそうだった。
プレイヤーが減っても。
この街は消えない。
ゲームを始めた人間が減っても。
ここにいる人たちの生活は続いている。
それが最近、少しずつ気になっていた。
「じゃあ、また来る」
「おう」
悠真は街を出た。
その頃、運営会社では別の作業が進んでいた。
【現実世界同期実験】
【同期率:8.6%】
【データ取得状況:安定】
研究員が画面を見る。
「前回より上がっています」
「そうだな」
「現実側への投影も安定してきました」
「映像だけなら問題ない」
「ただ、安定性が高くなるほど、次の段階へ進めます」
責任者は黙っていた。
研究室の奥には、大型のモニターがあった。
そこにはゲーム世界の街が映っている。
戦場ではない。
普通の街。
人々が暮らしている。
研究員が言った。
「もし、こちら側との接続がもっと強くなれば」
「何ができる?」
「もっと正確に観測できます」
「それだけか?」
「……それだけではありません」
研究員は少し迷ってから続けた。
「向こう側の存在を、こちら側へ投影することも可能になるかもしれません」
責任者は画面を見た。
「まだ仮説だ」
「はい」
「物理的な干渉は?」
「現段階ではありません」
「なら続けろ」
「分かりました」
実験は続いた。
そして。
午後八時。
【緊急世界イベント】
【ワールドボス出現】
悠真はロビーへ戻った。
画面が白くなる。
次の瞬間。
大勢のプレイヤーが戦場へ転送された。
【参加人数:27,918】
悠真はその数字を見た。
二万人。
以前よりずっと少ない。
けれど。
周囲にはまだ、たくさんのプレイヤーがいる。
「行こう」
悠真は機体を動かした。
誰かが前へ出る。
誰かが後ろから援護する。
誰かが倒れた仲間を助ける。
誰かが失敗する。
誰かが成功する。
同じ戦場に、違う遊び方をしてきた人たちが集まっていた。
そして、そのすべてが。
記録されていた。
【戦闘データ取得中】
【プレイヤー行動記録中】
【協調行動記録中】
【予測モデル更新中】
悠真は、その表示を見なかった。
ただ敵を見ていた。
そして。
今日もまた、戦い始めた。




