第十六章 予測できないもの
次の日の夕方。
悠真は学校から帰ると、ランドセルを机の横に置いた。
母親は台所にいた。
「おかえり」
「ただいま」
「今日は早かったね」
「うん。宿題も少ない」
「じゃあ、夕飯まで少し遊べるね」
「うん」
悠真は部屋に戻った。
ゲーム機を起動する。
画面に《クロスギア》のタイトルが表示された。
ログイン。
メインロビー。
【オンラインプレイヤー:391,842】
昨日より少し減っていた。
悠真は特に気にせず、任務一覧を開いた。
その時だった。
【システムアップデート】
【プレイヤー行動予測機能を追加しました】
「行動予測?」
説明を開く。
プレイヤーの過去の戦闘記録や装備、任務履歴などをもとに、戦闘中の行動を分析する機能らしい。
悠真は少し読んだ。
「へえ……」
それだけだった。
ゲームをしていると、こういう新機能は珍しくない。
悠真は新しく追加された任務を選んだ。
転送。
森の中だった。
敵が五体いる。
悠真は最初の一体を倒す。
次の敵が来る。
右へ避ける。
攻撃。
敵が後退する。
追う。
その瞬間。
【推奨行動:追撃】
画面の端に小さな表示が出た。
悠真は少し驚いた。
「……追撃?」
たしかに、普通なら追撃した方がいい。
だが。
悠真は止まった。
敵の後ろに何か見えた。
木々の間。
ほんの少しだけ地面の色が違う。
「罠かな」
悠真は追撃しなかった。
一歩下がる。
すると。
敵が戻ってきた。
地面から巨大な杭が飛び出す。
もし追撃していたら、そこにいた。
「やっぱり」
悠真は敵を迂回する。
背後へ回る。
攻撃。
敵を倒した。
その直後。
【戦闘行動を記録しました】
【予測行動:追撃】
【実行行動:停止】
【予測誤差を検出】
悠真は画面を見つめた。
「予測、外れた?」
少し面白くなった。
「じゃあ、次はどうなるんだろう」
残りの敵を倒す。
今度は別の場面。
敵が二体。
画面には、
【推奨行動:左側の敵を優先】
と出た。
悠真は右側を攻撃した。
特に理由はなかった。
ただ、右側の敵の方が嫌な感じがした。
結果的に、それが正解だった。
【予測誤差を検出】
悠真は笑った。
「また外れた」
ゲームとしては、それだけのことだった。
しかし、運営会社では違った。
研究室の画面に、悠真の戦闘記録が表示されている。
【予測成功率:92.4%】
【YUMA】
【予測成功率:71.8%】
研究員が眉を寄せた。
「さっきから、また外しています」
「どれくらい?」
「二回連続です」
「偶然じゃないのか?」
「分かりません」
研究員は記録を確認する。
過去の悠真。
過去の戦闘。
過去の選択。
似た状況。
似た敵。
似た地形。
そのほとんどでは、悠真は追撃していた。
そして、左側を優先していた。
だから予測モデルは、今回も同じ選択をした。
しかし。
今回の悠真は違った。
「このプレイヤーは、同じ状況でも完全には同じ行動をしない」
「人間ですからね」
「それは分かっている」
研究員は画面を見た。
「でも、予測するなら、過去の行動から判断するしかない」
「そうだ」
「では、どうすれば?」
責任者は答えなかった。
画面には、新しい分析結果が表示された。
【予測誤差の原因分析】
【環境認識】
【敵行動変化】
【直感的判断】
【過去データとの差異】
研究員はその一つを指した。
「直感的判断……」
「そうだ」
「これをどうデータ化します?」
「できるだけ記録する」
「でも、直感そのものを記録することはできません」
「なら、その前後を記録する」
研究員は少し考えた。
「つまり、何を見て、何を考えた結果、その行動を選んだのかを?」
「完全には無理だ。それでも近づける」
研究員は頷いた。
研究室の別の画面には、過去のプレイヤーたちの記録が並んでいた。
あるプレイヤーは、安全を優先する。
あるプレイヤーは、攻撃を優先する。
あるプレイヤーは仲間を助ける。
あるプレイヤーは自分だけ逃げる。
あるプレイヤーは勝てなくても挑戦する。
あるプレイヤーは、勝てると分かっていても戦わない。
その一つ一つが、ゲームの歴史だった。
そして。
悠真のデータも、その中に積み重なっていく。
その夜。
悠真はゲームを終えた。
「今日は面白かった」
ログアウトする。
部屋を出る。
「お母さん、ご飯?」
「もうできてるよ」
「分かった」
悠真は食卓についた。
ゲームのことを話す。
「今日、新しい予測機能が追加された」
「予測?」
「うん。僕が次にどう動くか当てるんだって」
「当たるの?」
「けっこう当たる」
「じゃあ、すごいね」
「でも、今日は何回か外れた」
「悠真が予想と違うことをしたから?」
「たぶん」
母親は少し笑った。
「じゃあ、悠真が勝ったんじゃない?」
「ゲームの中ではね」
「それでいいんじゃない?」
悠真は少し考えた。
「……そうかも」
夕食を食べる。
テレビではニュースが流れていた。
いつもの夜だった。
その頃。
《クロスギア》の研究室では、一つの数値が更新されていた。
【統合戦闘モデル】
【予測精度:89.7%】
以前より高い。
しかし、100%ではない。
そして研究員はまだ知らなかった。
この数字が高くなるほど。
予測できない残りの部分が、逆に重要になっていくことを。
過去の行動は記録できる。
経験も記録できる。
失敗も記録できる。
勝利も記録できる。
だが。
まだ選ばれていない行動だけは、記録できない。
そのことを。
この時点では、誰も深く考えていなかった。




