第百八十章 使われなかった道
水曜日。
悠真は学校から帰ると、宿題を済ませて《クロスギア》にログインした。
ロビーの任務一覧を開く。
輸送任務、設備点検、戦闘訓練。
いつも通りの募集が並んでいた。
その中に、一つだけ見慣れない任務があった。
【西部平原・迂回路の通行確認】
【任務内容:通行可能区域の確認、標識の記録】
【戦闘:発生する可能性あり】
悠真は説明を開いた。
西部平原は、以前から何度か訪れたことのある場所だった。
ただし、今回の任務は通常の輸送路ではなく、その周辺にある迂回路を調べるものらしい。
募集人数は三人。
悠真は参加を申し込んだ。
ほどなくして、二人のプレイヤーと合流した。
一人は初めて見る名前で、もう一人は以前、共同任務で一緒になったことがある相手だった。
「この道、普段は使わないよな」
初めて見るプレイヤーが言った。
「少なくとも、俺が受けた任務では見たことがない」
もう一人が地図を確認した。
転送先は、平原の東側にある分岐路だった。
通常の輸送路は南へ延びている。
今回の迂回路は北へ向かい、岩場の間を抜けて西側へ続いていた。
三人は案内表示に従って歩き始めた。
道幅は狭いが、地面は比較的平らだった。
車両が通った跡も残っている。
ただし、道の両側には草が伸び、ところどころに古い標識が立っていた。
「ここ、車両が通れるのかな」
悠真が標識を確認した。
【小型輸送車両:通行可能】
【大型輸送車両:要確認】
表示は古く、文字の一部が薄くなっている。
悠真は記録を残した。
少し進むと、道が二つに分かれていた。
左側は岩場に沿って続いている。
右側は低い丘の間を抜ける道だった。
地図には、どちらにも通行可能の表示がある。
「どっちから確認する?」
同行者が尋ねた。
「左から行こう。右は戻る時に確認すればいい」
悠真が答えた。
三人は左側の道を進んだ。
途中に小さな橋があった。
橋の入口には、車両の重量制限が表示されている。
橋の下を流れる水は浅く、周囲に崩れた場所も見当たらない。
しかし、橋の中央付近には、古い補修跡が残っていた。
同行者が端末を操作する。
「通行記録は残ってるけど、最後に使われた時期は表示されてないな」
「今、通れるかどうかだけ確認しよう」
悠真は橋の入口から先を見た。
歩いて渡る分には問題なさそうだった。
ただし、任務の説明は通行可能区域の確認であり、実際に大型車両を走らせる試験ではない。
三人は橋の状態を記録し、反対側へ渡った。
その先で、巡回中のNPCと出会った。
「この道は、現在も管理対象なのか?」
同行者が尋ねる。
「管理対象だ」
「普段は使われていないように見えるけど」
「定期確認を実施している」
NPCは短く答えた。
「輸送任務で使われることはある?」
「必要に応じて使用する」
それ以上の詳しい説明はなかった。
三人は分岐地点まで戻り、今度は右側の道を確認した。
こちらは途中で舗装が途切れ、地面が土に変わっていた。
道幅も狭く、車両が通った跡は左側より少ない。
奥には小さな資材置き場があった。
木箱が数個並んでいるが、作業員の姿はない。
入口には簡単な案内板が立っていた。
【予備資材置場】
【使用時は管理端末に記録してください】
「ここも使われてるのかな」
悠真が言った。
「箱があるから、少なくとも置き場としては残ってるんだろう」
同行者は案内板を記録した。
資材の中身を確認することはできなかった。
三人は置き場の周囲を調べ、任務の範囲内で確認できる情報をまとめた。
帰り道、丘の上から西部平原を見渡した。
遠くには通常の輸送路が見える。
車両が一台、南へ向かって進んでいた。
こちらの迂回路には、ほかのプレイヤーもNPCもいなかった。
道が閉鎖されているわけではない。
しかし、普段から頻繁に使われているようにも見えなかった。
ロビーへ戻ると、任務の記録が表示された。
【通行可能区域:確認完了】
【標識記録:提出完了】
【評価:A】
報酬を受け取ったあと、悠真は地図を開いた。
迂回路は、通常の輸送路とは別に残されている。
橋も、資材置き場も、管理対象として記録されていた。
ただし、今回の任務では、なぜその道が必要なのかまでは分からなかった。
悠真は記録を保存した。
その時、同行したプレイヤーからメッセージが届いた。
『あの道、次に通ることがあったら車両でも確認してみたいな』
悠真は返信した。
『車両を使う任務があればね』
『だな』
会話はそこで終わった。
悠真はロビーを閉じ、ログアウトした。
夕食のあと、母親に今日の任務について話した。
「普段使わない道を調べてきたんだ」
「使わない道を?」
「普段の任務では見ないけど、通行できるように管理はされてるみたい」
「何かあった時に使う道なのかな」
「そうかもしれない。でも、そこまでは分からなかった」
母親は食器を片づけながら頷いた。
「使う予定がなくても、残しておくものはあるのね」
「うん」
悠真は自分の部屋へ戻った。
机の上には、明日の宿題が置かれている。
ゲームの中には、普段使われていない道がある。
それでも、道は残され、標識は立ち、管理する者もいる。
今は使われていないというだけで、これからも使われないとは限らない。
悠真はそんなことを考えながら、明日の準備を済ませた。




