第百七十五章 開かれた場所
金曜日。
放課後、悠真は帰宅すると、ランドセルを置いて宿題を始めた。
算数のプリントを終え、国語の音読を済ませる。
母親が夕食の準備をしながら声をかけた。
「明日は学校、休みだったわよね」
「うん」
「じゃあ、今日は少し遅くまで遊ぶつもり?」
「まだ決めてない」
「そう。寝る時間は変えないでね」
「分かってる」
悠真はプリントをファイルにしまい、ゲーム機を起動した。
【オンラインプレイヤー:241,936】
ロビーには、いつも通り人がいた。
装備を調整する者。
任務の募集を出す者。
交換所の前で、部品の性能を比べている者。
悠真は任務一覧を開いた。
その時、普段はあまり見ない項目に、新しい表示が出ていることに気づいた。
【期間限定共同作業】
【中央整備区画・補助設備の再稼働】
【参加人数:最大12名】
【戦闘任務ではありません】
説明には、中央整備区画にある複数の補助設備を順番に起動し、輸送設備の動作確認を行うと書かれていた。
報酬は通常の共同任務より少ない。
戦闘評価もない。
ただし、作業の進行状況は参加者全員に共有されるらしい。
悠真は少し迷ってから、参加を申し込んだ。
転送先は、中央整備区画だった。
到着すると、広い屋内施設にプレイヤーが集まっていた。
中央には停止した搬送レールが延びている。
両側には制御盤や部品棚が並び、奥では複数の整備用機体が作業していた。
「これ、戦闘なしって本当?」
近くにいたプレイヤーが、隣の相手に尋ねた。
「説明にはそう書いてある」
「じゃあ、何をすればいいんだ?」
「知らない。とりあえず来てみた」
悠真も、まずは周囲を見て回った。
設備の前には、作業項目が表示されている。
【第一設備:電源系統確認】
【第二設備:搬送レール点検】
【第三設備:制御信号確認】
その下に、作業担当のNPCが表示されていた。
悠真が第一設備に近づくと、整備用機体が振り返った。
「参加者か。電源系統の確認を頼みたい」
「何をすればいい?」
「こちらで電圧を測定する。お前は隣の端末から、各系統の接続状態を確認してくれ」
「分かった」
端末を操作すると、複数の系統が表示された。
そのうち一つだけ、接続状態が未確認になっている。
悠真は表示された番号をNPCに伝えた。
「三番系統が未確認になってる」
「確認する」
整備用機体が配線のある場所へ移動した。
しばらくして、表示が変わる。
【第一設備:確認完了】
思っていたより簡単だった。
しかし、第二設備では少し事情が違った。
搬送レールの点検を担当するNPCが、停止した台車の前で作業をしている。
「そこの参加者。台車の移動を手伝ってくれ」
悠真は台車の操作端末を受け取った。
指示に従って動かそうとしたが、台車は数センチ進んだところで停止した。
【移動不可】
「動かないよ」
「安全装置が作動している。レールの先を確認してくれ」
悠真が少し先まで歩いていくと、レールの脇に整備用の工具箱が置かれていた。
作業中のNPCが、部品を交換している。
「ここで作業してるから、台車を動かせないのか」
「そうだ。交換が終わるまで待ってくれ」
悠真は台車を無理に動かさず、近くの待機位置へ戻った。
その間に、別のプレイヤーが第三設備の確認を終えた。
作業状況の表示が更新される。
【第一設備:完了】
【第二設備:作業中】
【第三設備:完了】
参加者の一人が、作業中のNPCに尋ねた。
「これ、全部終わるまで待つしかないのか?」
「安全確認が終われば再開できる」
「あとどれくらい?」
「交換部品の固定を確認してから、試運転を行う」
NPCはそれ以上説明せず、作業に戻った。
悠真は周囲を見た。
参加者の中には、待っている間に設備の表示を確認する者もいれば、別のプレイヤーと話している者もいた。
戦闘がないため、誰かが敵を倒して進行を早めることもできない。
作業が終わるのを待つしかなかった。
やがて、工具箱が片づけられた。
整備用機体が台車の前に立ち、固定部品を一つずつ確認する。
「固定状態、正常。試運転を開始する」
台車がゆっくりと動き出した。
レールの上を進み、指定された位置で停止する。
【第二設備:完了】
施設の奥で、低い駆動音が響いた。
停止していた搬送レールが、一部だけ動き始める。
作業員たちが周囲を確認し、制御盤の数値を読み上げた。
参加者の画面にも、進行状況が表示される。
【補助設備:再稼働確認】
【共同作業:完了】
【個人評価:参加記録】
派手な演出はなかった。
報酬も、部品交換に使える少量の通貨だけだった。
それでも、参加者たちはすぐには解散しなかった。
「こういう任務もあるんだな」
「戦闘しないなら、疲れにくいかも」
「でも、報酬は少ない」
「報酬目当てなら別の任務に行けばいいだろ」
そんな会話が聞こえた。
悠真は完了画面を閉じ、施設をもう一度見回した。
搬送設備は動き始めたものの、奥にはまだ停止したままの区画が残っている。
再稼働したのは、施設全体ではなく一部だけらしい。
NPCたちは、参加者が残っていることを気にする様子もなく、次の点検準備を始めていた。
悠真は入口へ向かった。
ロビーに戻ると、共同作業の募集欄には、すでに次回の予定が表示されていた。
【次回開催:未定】
いつ再開されるのかは分からない。
悠真は別の任務を探そうとしたが、その前に母親から声がかかった。
「悠真、ご飯できたよ」
「はーい」
ゲームを終了し、食卓へ向かう。
夕食を食べながら、悠真は今日の共同作業について話した。
「今日は敵と戦わなかったんだ」
「そうなの?」
「うん。止まってた設備を動かす手伝いをした」
「面白かった?」
「いつもの任務とは違った。待ってる時間も長かったけど」
「待つのも作業のうちだったのね」
「たぶんね」
母親はそれ以上、感想を求めなかった。
悠真も、今日の任務について深く考えることはなかった。
ただ、ゲームの中には、敵を倒すこと以外にも参加できることがある。
それを一つ知った。
食事を終えたあと、悠真は明日の予定を考えながら、使い終わった食器を台所へ運んだ。




