第百七十三章 残された部品
水曜日。
悠真が《クロスギア》にログインすると、昨日の探索記録に返信がついていた。
『東側の広場は、以前から資材搬出に使われています。奥の区画は現在も確認中です』
投稿者は、地区管理を担当するNPCの記録を引用していた。
別のプレイヤーからも返信があった。
『少し前に通った時は、入口付近で作業員が部品を回収していました。今も同じ作業をしているかは分かりません』
悠真は二つの投稿を読んだ。
昨日見た作業は、以前から続いていたらしい。
ただ、回収されている部品が何に使われるのかまでは書かれていなかった。
悠真は掲示板を閉じた。
今日は探索の続きをするつもりはなかった。
KAIから、中央市街区の整備依頼に誘われていたからだ。
『整備依頼って、戦闘はないの?』
『今のところはない。運搬車両の点検を手伝う仕事らしい』
『分かった。行くよ』
二人は任務受付へ向かった。
*
任務の目的地は、中央市街区の輸送管理施設だった。
施設の入口では、NPCの整備担当者が待っていた。
「本日の作業は、予備部品の確認と運搬車両の点検です。部品の型式を照合し、指定された棚へ移してください」
作業内容は単純だった。
悠真とKAIは、管理担当者から一覧表を受け取り、倉庫の中へ入った。
棚には、車輪、接続部品、固定具、補助電源などが並んでいる。
種類ごとに整理されているが、同じような外見の部品も多かった。
「これ、見た目だけだと区別しにくいな」
KAIが一つの部品を手に取った。
悠真は一覧表を確認した。
「型式番号を見た方がいいよ。形は似てるけど、最後の数字が違う」
「本当だ」
二人は部品の番号を一つずつ照合した。
指定された棚へ移す作業は、思ったより時間がかかった。
途中で、一覧表に記載された数量と、実際に棚にあった数量が一致しない部品が見つかった。
「これ、二個足りない」
悠真が報告すると、整備担当者が倉庫へやってきた。
「確認します」
担当者は管理端末を操作した。
「一部の部品は、別の車両へ移されています。記録の更新が完了していないため、数量が一致していませんでした」
「じゃあ、部品がなくなったわけじゃないんですね」
「移動先を確認します。しばらくお待ちください」
担当者は倉庫を出ていった。
悠真とKAIは、残りの部品の照合を続けた。
しばらくして、担当者が戻ってきた。
「移動先を確認できました。対象の部品は、別の車両の整備区画にあります」
数量の不一致は解消された。
悠真は一覧表に確認済みの印をつけた。
「記録が更新されていなかっただけか」
KAIが言った。
「うん。さっきの設備の記録とは、関係があるか分からないけど」
「まあ、今回の原因は分かったんだから、それでいいだろ」
二人は作業を再開した。
*
部品の確認が終わると、整備担当者は二人を運搬車両の置かれた区画へ案内した。
車両は小型の輸送機で、荷台には固定用の金具が取り付けられている。
「次は、固定具の状態を確認してください。破損がなければ、試験走行を行います」
悠真は車両の側面を調べた。
固定具の一つに、わずかな緩みがあった。
「ここ、少し動きます」
担当者が近づいて確認した。
「確かに緩んでいます。固定し直しましょう」
悠真とKAIは指示に従い、固定具を調整した。
作業後、担当者が金具を確認する。
「問題ありません。試験走行を行います」
運搬車両が動き始めた。
施設内の短いコースを進み、曲がり角を通過する。
荷台の固定具は、走行中も安定していた。
車両は元の位置へ戻った。
【整備確認:完了】
【車両状態:正常】
任務終了の通知が表示された。
【評価:S】
KAIが結果を確認した。
「こういう任務も、思ったより手間がかかるな」
「うん。部品を間違えると、あとで困るからね」
「戦闘なら、相手が来た時に対応すればいい。でも、整備は始める前に確認しないといけないことが多い」
悠真は頷いた。
戦闘任務とは、注意する場所が違う。
敵の動きを読む必要はなかったが、部品の型式や数量を確かめる必要があった。
同じ機械を扱っていても、仕事の内容が変われば、必要な判断も変わる。
二人は任務を終え、ロビーへ戻った。
*
悠真はログアウトする前に、今日の任務記録を保存した。
部品の数量が一致しなかった理由。
固定具が緩んでいた場所。
修正後の試験走行の結果。
どれも、作業を進める中で確認できたことだった。
その時、NAGIからメッセージが届いた。
『昨日の探索記録、見たよ』
『うん』
『奥の区画、まだ入れないみたいだね』
『そうみたい。でも、昨日の任務で見られる範囲は確認できたよ』
『また開放されたら、行ってみよう』
『そうだね』
悠真はメッセージを閉じた。
東旧工業地区の奥には、まだ見ていない場所がある。
ただし、今すぐ確認できるわけではない。
次に通行できるようになった時、そこがどんな状態になっているかも分からなかった。
悠真はゲームを終了した。
*
現実世界では、母親が夕食の準備をしていた。
「今日は何をしていたの?」
「運搬車両の整備を手伝ったよ」
「悠真が整備を?」
「部品の確認と、固定具の点検。実際に修理したというより、担当の人と一緒に確認したんだ」
「そうなんだ。ちゃんと動くようになった?」
「うん。試験走行も問題なかった」
母親は皿を並べた。
「いろいろな仕事があるのね」
「うん。戦闘だけじゃないから」
悠真は食器を運ぶのを手伝った。
食事のあと、学校の準備を済ませる。
明日は木曜日。
いつも通り学校へ行き、帰ってきたら宿題をする。
ゲームの中では、まだ入れない場所がある。
けれど、それを確かめるために、ずっと待っている必要もなかった。
今できることは、ほかにもある。
悠真は翌日の教科書をランドセルに入れ、机の上を片づけた。




