第百七十二章 届いた招待状
火曜日。
悠真が学校から帰ると、机の上に置いた連絡帳が目に入った。
来週、学年で校外学習がある。
行き先は市内の科学館。
班ごとに展示を見て、最後に気になったものを一つ選び、短い発表をするらしい。
悠真は予定を確認してから、宿題を始めた。
理科の問題を解いていると、昨日の交換会で見た部品のことを思い出した。
同じ機能を持つものでも、使う場所や目的が違えば、役に立ち方も変わる。
学校で習うこととゲームの中の仕組みは別物だ。
それでも、実際に使ってみて確かめるという点では、似ているところがあるように感じた。
宿題を終えた悠真は、母親に連絡帳を見せた。
「来週、科学館に行くの?」
「うん。班で見学するんだって」
「楽しそうね」
「まだ、何を見るか決まってないけど」
「みんなで相談して決めるんでしょう?」
「そうだよ」
悠真は連絡帳をランドセルに戻した。
それから、《クロスギア》にログインした。
*
ロビーに入ると、NAGIからメッセージが届いていた。
『今度、東旧工業地区の探索に行かない?』
悠真は返事をした。
『どこを探索するの?』
『新しく開いた通路があるらしい。まだ奥まで調べていない場所みたい』
続けて、地図が送られてきた。
以前、悠真とKAI、RIONの三人で歩いた地域の近くだった。
地図には、新しく通行可能になった区画が表示されている。
ただし、その先の詳細はほとんど記載されていなかった。
『戦闘任務じゃないの?』
『今のところは探索。現地の状況によっては、途中で戻ることになるかもしれない』
悠真は地図を拡大した。
通路の入口までは既存の道路につながっている。
その先には、建物と空き地らしい区画が続いていた。
特別な報酬はない。
探索の達成条件も、区画内の確認と記録の提出だけだった。
『行くよ』
『じゃあ、ロビーの東門前で待ってる』
悠真は装備を確認した。
探索では、戦闘だけでなく、移動中に見つけた設備や通行状況も記録することになる。
移動制御ユニットは、今回は使わないことにした。
まだ実際の任務で十分に試していないうえ、狭い通路では反応の遅れが気になる可能性がある。
普段使っている装備に戻し、東門へ向かった。
NAGIはすでに到着していた。
「待たせた?」
「いや、今来たところ」
「ほかの人は?」
「今日は二人で行く予定。戦闘が目的じゃないし、入口からの経路も確認されているから」
悠真は頷いた。
二人は東門を抜け、旧工業地区へ向かった。
*
目的の通路は、以前通った道路の脇にあった。
入口には簡易案内板が設置されている。
【東旧工業地区・新規開放区画】
【通行可能】
【奥側の設備:確認中】
「確認中って書いてあるね」
悠真が言った。
「うん。だから、見られる範囲だけ確認して、立ち入り制限があったら戻ろう」
二人は通路へ入った。
最初の区画には、古い建物が並んでいた。
いくつかの建物は扉が閉じられている。
別の建物では、NPCの作業員が内部の設備を運び出していた。
通路の端には、取り外された配管と金属部品がまとめられている。
NAGIが記録を取った。
「ここは作業中みたいだな」
「うん。通路自体は通れるけど、建物の中には入れない」
二人は先へ進んだ。
次の区画には、小さな広場があった。
地面には車両の通った跡が残り、奥には荷物を積み下ろすための設備がある。
NPCが数人、木箱を運んでいた。
近くの掲示板には、資材搬出の予定が表示されている。
「ここは使われてるんだね」
「そうみたいだ。さっきの建物とは状態が違うな」
悠真は広場の周囲を確認した。
通路は北側にも続いている。
ただし、その先には柵が設置されていた。
【立入制限】
【設備確認中】
NAGIが案内板を確認した。
「今日はここまでだな」
「うん。柵の向こうは見られないね」
悠真は地図に現在位置を記録した。
開放された区画。
作業中の建物。
資材搬出に使われている広場。
そして、奥側の立入制限区域。
四つの情報を記録すると、探索任務の達成条件が更新された。
【確認区画:完了】
【未確認区画:あり】
【評価対象:確認済み範囲の記録】
「これで報告できるみたいだ」
NAGIが言った。
「奥まで行けなくてもいいんだね」
「最初から全部見られるとは書いてなかったからな」
二人は来た道を戻った。
帰り道では、先ほどの作業員たちが別の箱を運んでいた。
行きに見た時とは、作業の場所が変わっている。
悠真は少し足を止めた。
「さっきは、あっちにいたよね」
「作業が進んだんだろう」
「うん」
NAGIは特に気に留めず、先へ進んだ。
悠真も後を追った。
同じ場所でも、時間が経てば状況は変わる。
だからといって、その変化に特別な理由があるとは限らない。
今は、作業員が荷物を運んでいる。
それだけだった。
*
ロビーへ戻ると、探索結果が表示された。
【東旧工業地区・探索完了】
【評価:A】
悠真は記録を掲示板へ投稿した。
NAGIも自分の記録をまとめている。
『新規開放区画は一部のみ通行可能。作業中の建物と資材搬出設備を確認。奥側は立入制限のため未確認』
投稿を終えると、NAGIからメッセージが届いた。
『今日はありがとう。また別の区画が開いたら誘うよ』
『うん。こちらこそ』
悠真は地図を閉じた。
新しい場所へ行ったからといって、必ず珍しいものが見つかるわけではない。
今回分かったのは、開放された範囲の一部が使われ始めていることと、まだ立ち入れない区画が残っていることだった。
それ以上のことは、今の記録からは判断できない。
悠真は装備を整理し、ログアウトした。
*
現実世界では、母親が夕食の準備を終えたところだった。
「今日は何をしていたの?」
「新しく開いた場所を探索してきたよ」
「何か見つかった?」
「作業中の建物と、荷物を運んでいる場所があった。でも、奥は入れなかった」
「まだ確認できないところがあるのね」
「うん。通れる場所だけ調べて、記録を出してきた」
母親は食器を並べた。
「じゃあ、続きはまた行けるようになってからね」
「そうだね」
悠真は箸を並べるのを手伝った。
ゲームの中では、知らない場所が少しずつ開いていく。
けれど、開いた場所がすべて自分のために用意されたものとは限らない。
誰かが使っている場所もあれば、まだ作業の途中にある場所もある。
悠真は今日見た広場を思い出した。
箱を運ぶNPCたちは、悠真が来る前から働いていた。
そして、悠真が帰ったあとも、きっと作業を続けるのだろう。
その先で何が起こるのかは、まだ分からない。
今は、確認できた場所の記録が残っている。
それで十分だった。




