第百七十一章 別々の目的
月曜日。
悠真が《クロスギア》にログインすると、ロビーの交換掲示板に新しい案内が出ていた。
【中央市街区・装備交換会】
【開催時間:本日】
【対象:補助部品、移動制御部品、整備用部品】
【注意:交換条件は参加者同士で決定してください】
普段の交換掲示板と違い、今回は時間限定の集まりだった。
特別な装備が配布されるわけではない。
参加者が持ち寄った部品を並べ、必要なものを探し、条件が合えば交換する。
悠真は自分の装備一覧を開いた。
以前から保管している補助照準ユニットがある。
射撃時の照準補助に使う部品だが、今の悠真の機体構成では、あまり使っていなかった。
売却することも考えたが、交換会なら別の部品と交換できるかもしれない。
悠真は参加を申し込んだ。
*
交換会の会場は、中央市街区の整備広場だった。
広場には簡易展示台が並び、参加者がそれぞれの部品を登録していた。
照準補助部品。
姿勢制御ユニット。
予備電源。
移動補助部品。
整備用の接続部品。
用途も状態も違うものが並んでいる。
悠真は自分の補助照準ユニットを登録した。
【出品:補助照準ユニット】
【状態:正常】
【希望:移動制御関連部品】
登録を終えると、交換候補の一覧が表示された。
その中に、移動制御ユニットがあった。
説明欄には、方向転換時の姿勢変化を抑え、機体の安定性を補助すると記載されている。
以前に試した部品とは型式が違う。
ただし、対応する機体の範囲は広くなかった。
悠真は詳細を確認した。
「それを探してるのか?」
背後から声がした。
振り返ると、NEROが立っていた。
「うん。今の機体で使えるか、試してみたいんだ」
「俺も似た部品を使ったことがある。ただ、接近戦では少し扱いにくかったな」
「どうして?」
「姿勢が安定する分、急に向きを変えた時の反応が遅れることがあった」
悠真は説明欄をもう一度見た。
以前、別の移動制御部品を試した時にも、似た問題があった。
「設定で変えられるのかな」
「型式による。全部が同じとは限らない」
NEROはそう言って、自分の出品一覧を確認し始めた。
悠真も交換候補を見て回った。
同じ種類の部品でも、参加者によって希望するものが違う。
あるプレイヤーは、予備電源を移動補助部品と交換したがっていた。
別のプレイヤーは、使わなくなった照準補助部品を整備用部品に交換しようとしていた。
性能だけでなく、今の機体に必要かどうかで、部品の価値は変わる。
悠真は移動制御ユニットを出品しているプレイヤーに声をかけた。
「この部品、まだ交換できますか?」
「できます。そちらは補助照準ユニットですね」
「はい。状態は正常です」
「こちらも正常です。ただ、型式が少し古いので、最新の機体では対応しない場合があります」
悠真は自分の機体の対応表を確認した。
使用可能な型式だった。
「僕の機体なら使えそうです」
「では、交換条件はそれで大丈夫です」
双方が条件を確認し、交換が成立した。
【交換完了】
【補助照準ユニット:出品済み】
【移動制御ユニット:取得】
悠真は新しい部品を装備一覧に登録した。
交換会では、ほかにもいくつかの取引が成立していた。
会場の端では、交換した部品をその場で確認しているプレイヤーもいる。
悠真は装備の登録を終え、訓練区画へ向かった。
*
訓練区画では、機体の設定を変更できた。
悠真は移動制御ユニットを取り付け、まずは直線を走らせた。
加速。
停止。
方向転換。
直線での動作は、以前の設定と大きく変わらなかった。
次に、狭い通路へ入る。
左右の障害物を避けながら進み、途中で急に方向を変えた。
機体の姿勢は安定していた。
ただ、入力してから機体が向きを変えるまで、わずかな遅れがある。
「やっぱり、少し遅いな」
悠真は設定画面を開いた。
姿勢安定の補助を強めると、旋回中の機体はぶれにくくなる。
その代わり、方向転換への反応が遅くなる。
補助を弱めると反応は速くなるが、急な旋回では姿勢が乱れやすくなった。
悠真は何度か設定を変えた。
直線だけなら、どの設定でも大きな差は出にくい。
狭い通路では、反応を優先した方が動きやすい。
しかし、長い旋回や斜面では、安定性を重視した設定にも利点があった。
悠真は最後に、二つの設定を記録した。
一つは、狭い場所や急な方向転換を想定したもの。
もう一つは、長い移動や姿勢の安定を重視したもの。
どちらか一つに決める必要はなかった。
任務の内容によって使い分けられるなら、その方が便利だった。
訓練を終えると、KAIからメッセージが届いていた。
『今、訓練区画にいるか?』
『うん』
『新しい部品を試してるなら、少し見せてくれ』
悠真は了承した。
KAIが訓練区画へ入ってきた。
「これが新しい部品か」
「うん。姿勢は安定するけど、急に曲がると反応が少し遅れるんだ」
「近接戦闘なら、そこが気になるな」
KAIは自分の機体にも同じ型式の部品を取り付け、短い動作試験を行った。
直線では問題ない。
旋回時も、通常の速度なら安定している。
しかし、接近してから急に向きを変えようとすると、機体がわずかに遅れた。
「俺の戦い方だと、前の設定の方が合ってるな」
KAIが言った。
「やっぱり?」
「相手との距離が短いと、そのわずかな遅れが大きくなることがある」
悠真は記録を確認した。
「僕は、遠距離型の相手と戦う時なら使えるかもしれない。遮蔽物の間を移動する時に、姿勢が安定するから」
「実際に戦ってみないと分からないけどな」
「うん」
二人は部品を外し、それぞれの装備に戻した。
KAIは訓練区画を出る前に言った。
「交換会、こういう部品が見つかるなら便利だな」
「使わなくなったものでも、必要な人がいるかもしれないね」
「そうだな。俺も倉庫を確認してみるか」
KAIが去ったあと、悠真は交換会の掲示板をもう一度開いた。
成立した取引の一覧には、まだ多くの部品が残っていた。
そのすべてが、すぐに交換相手を見つけるわけではない。
必要なものと、持っているもの。
それぞれの条件が合わなければ、取引は成立しない。
悠真は掲示板を閉じ、ログアウトした。
*
現実世界に戻ると、母親が夕食の支度をしていた。
「今日は何をしていたの?」
「装備の交換会に行ってきた。使っていない部品を、別の部品と交換したんだ」
「欲しかったものが手に入ったのね」
「うん。でも、まだ使えるかは分からない」
「使ってみてから決めるんだね」
「そう。僕には合っていても、KAIには合わないかもしれない」
母親は鍋の火を弱めた。
「同じ道具でも、使う人によって違うのね」
「うん。何をするかによっても違うよ」
悠真は自分の部屋へ戻り、交換した部品の情報をノートに書き留めた。
姿勢安定。
旋回時の反応。
直線での動作。
狭い通路での動作。
そして、使う場面によって設定を変えられること。
まだ、実際の任務で試したわけではない。
ノートの最後に、そう書き加えた。
悠真は装備一覧を閉じた。
手に入れたものが、そのまま役に立つとは限らない。
けれど、使い道があるかどうかは、試してみなければ分からなかった。




