第百七十章 見えない変化
日曜日。
悠真が《クロスギア》にログインすると、ロビーの掲示板に新しい募集が出ていた。
【中央市街区・共同設備点検】
【参加人数:最大八名】
【内容:設備の稼働確認、周辺経路の確認】
【戦闘:状況により発生】
募集主の名前は知らないプレイヤーだった。
悠真は詳細を開いた。
今回の任務では、中央市街区の三つの設備を順番に確認するらしい。設備ごとに担当を決め、点検が終わった場所から次の地点へ移動する。
特別な報酬はない。
しかし、複数の設備を一度に確認する任務は、普段の単独点検とは違う動きになる。
悠真は参加申請を送った。
少し待つと、承認の通知が届いた。
現地へ転送されると、すでに六人のプレイヤーが集まっていた。
「あと二人か」
募集主が周囲を見回した。
「参加した人は、最初の設備に集まってください。そこで担当を決めます」
悠真は挨拶をして、ほかのプレイヤーの近くへ移動した。
やがて八人が揃った。
募集主は地図を表示した。
「最初は中央制御設備。次に東側の補助設備。最後に北側の通信設備です。二人ずつ確認して、残りは移動経路と周囲を見てください」
各自が担当を決めた。
悠真は、別のプレイヤーと北側の通信設備を担当することになった。
通信設備へ向かう途中、中央通りを横切る輸送車両が見えた。
車両の周囲では、NPCたちが荷物を運んでいる。
その先に、以前は閉鎖されていた建物があった。
入口には作業員が立ち、内部から機械音が聞こえていた。
「ここ、前は入れなかったよな」
隣のプレイヤーが言った。
「そうだったと思う」
「もう使ってるのか」
「何の施設かは分からないけどね」
二人はそれ以上立ち止まらず、担当地点へ向かった。
北側の通信設備は、道路脇の小さな管理区画に設置されていた。
外観には目立った損傷がない。
電源表示も正常だった。
悠真は操作盤を確認した。
【稼働状態:正常】
【記録更新:確認中】
記録の欄だけ、表示が完了していなかった。
「また更新待ちか」
隣のプレイヤーが画面を覗いた。
「前にも見たことがあるの?」
「別の設備だけどね。原因は分からなかった」
「じゃあ、今回も同じ原因とは限らないな」
「うん」
二人は設備の周囲を確認した。
接続部の固定に問題はない。
外部ケーブルにも目立った破損はない。
表示された稼働状態と、実際の動作にも異常は見つからなかった。
悠真は点検結果を報告した。
【設備稼働:正常】
【記録更新:確認中】
【周辺異常:なし】
報告を送信すると、管理NPCが近づいてきた。
「点検報告を受領しました。記録の更新状態については、管理側で確認します」
「いつ頃、結果が分かりますか?」
悠真が尋ねると、NPCは少し間を置いて答えた。
「確認時期は未定です」
「分かりました」
悠真は報告画面を閉じた。
設備が正常に動いていることは確認できた。
しかし、記録の更新がなぜ止まっているのかは分からない。
そこまでが、今回の点検で確認できたことだった。
*
中央制御設備の点検を終えたプレイヤーたちと合流すると、募集主が次の地点を指定した。
「東側の補助設備へ移動します。さっきの報告は、こちらでも確認できました」
悠真たちは移動を開始した。
途中、道路の交差点でNPCの作業員が通行整理をしていた。
以前は直進できた道に、簡易柵が設置されている。
その先では、別のNPCたちが路面を調べていた。
募集主が立ち止まった。
「ここ、通れないのか?」
作業員に尋ねる。
「現在、通行を制限しています。迂回路をご利用ください」
「いつから?」
「詳細は管理記録をご確認ください」
募集主は地図を開いた。
迂回路は少し遠回りになるが、任務の範囲内だった。
「仕方ない。東側から回りましょう」
全員が進路を変えた。
悠真は柵の向こうを振り返った。
路面の一部が掘り返されている。
作業のために通行を制限しているようには見えた。
ただ、いつから工事が始まったのか、何を調べているのかまでは分からない。
今回の任務では、通行できないことを報告すれば十分だった。
東側の補助設備に到着すると、二人一組で点検を進めた。
設備の動作は正常。
補助電源の数値も規定範囲内。
周辺の部品にも異常はなかった。
残る北側の通信設備についても、ほかの担当者から異常なしの報告が入った。
ただし、記録更新の表示は、こちらでも確認中のままだった。
「三つとも、動作自体には問題なかったな」
募集主が報告をまとめた。
「道路の通行制限と、記録更新の件は、それぞれ報告しておきます」
任務の終了通知が表示された。
【共同設備点検:完了】
【評価:A】
プレイヤーたちは、それぞれ短い挨拶を交わした。
何人かは次の任務へ向かい、別のプレイヤーはロビーへ戻っていった。
悠真も帰還操作を行った。
*
ロビーに戻ると、掲示板に先ほどの任務の記録が投稿されていた。
募集主が、三つの設備の点検結果と道路の通行制限についてまとめている。
その下に、別のプレイヤーからコメントが付いていた。
『別の設備でも記録更新の確認中が出ていました。こちらは稼働正常です』
さらに別のコメントが続いた。
『うちの点検では記録更新の表示はありませんでした。設備によって違うみたいです』
悠真は投稿を読み返した。
同じ表示が出る設備もあれば、出ない設備もある。
それだけでは、原因が同じかどうかは判断できない。
そもそも、設備の種類も設置場所も異なる。
悠真は自分の点検記録を保存し、掲示板を閉じた。
その時、KAIからメッセージが届いた。
『今日は何をやってた?』
『共同設備点検。三つの設備を確認したよ』
『どうだった?』
『動作は全部正常。でも、記録の更新が確認中になってる設備があった』
『前に話してたやつか?』
『別の設備でも見たことはある。でも、同じ原因かは分からない』
KAIから少しして返事が来た。
『なら、今のところは別々に考えるしかないな』
『うん』
『俺はこれから任務に入る。またな』
『またね』
悠真はメッセージを閉じた。
以前なら、似た表示を見つけると、すぐに何かつながりがあるのではないかと考えていた。
今も気にはなる。
けれど、似ていることと、同じ理由で起きていることは別だった。
確認できていない部分まで決めてしまえば、次に何を調べるべきかも分からなくなる。
悠真はログアウトした。
現実世界では、母親が買い物袋を片づけていた。
「おかえり。今日はどうだった?」
「設備の点検をしてきたよ」
「何か問題があったの?」
「動作は正常だったけど、記録が更新されていない設備があった。別の場所でも似た表示が出てるみたい」
「原因は分かった?」
「まだ。設備によって違うみたいだし、同じ理由かどうかも分からない」
母親は袋から野菜を取り出した。
「じゃあ、分かったことと、まだ分からないことがあるんだね」
「うん」
「それなら、今はそれでいいんじゃない?」
悠真は頷いた。
机に戻る前に、明日の予定を確認する。
学校の準備は済んでいる。
宿題も残っていない。
悠真はノートを開き、今日の点検結果を短く書いた。
設備の動作は正常。
記録更新の状態は確認中。
道路の通行制限は別途報告。
原因は未確認。
書き終えると、ノートを閉じた。
分からないことが残っていても、今日確認できたことまで消えるわけではない。
今は、それで十分だった。




