第百六十九章 同じ場所に立つ
金曜日。
悠真は学校から帰ると、明日の時間割を確認した。
土曜日は午前中に授業がある。
帰宅してから宿題を済ませても、ゲームに入れるのは午後になる。
以前なら、ログインできる時間を気にして、授業が終わるのを待ち遠しく感じていた。
今も楽しみではある。
ただ、最近はゲームの中で試したいことがあっても、すぐに試せるとは限らないことを分かっていた。
悠真は教科書を閉じ、夕食の手伝いをしてから《クロスギア》にログインした。
ロビーには、RIONがいた。
『昨日、KAIと二対二をやったんだって?』
『うん。NEROとRIONが相手だった』
『記録を見たよ』
悠真は少し驚いた。
『見たの?』
『NEROが共有してくれた。二人とも、最初は悪くなかったと思う』
RIONは続けた。
『ただ、途中から僕を追いかけることに意識が向いていた』
『KAIを助けようとしてたから』
『それ自体は間違いじゃないよ。でも、僕がどこにいるかだけじゃなくて、NEROが何をしているかも見ないといけない』
悠真は対戦記録を思い出した。
RIONの射撃を警戒していた時、NEROがKAIを押し込んでいた。
KAIがNEROを止めようとすると、RIONが射撃できる場所へ移動する。
二人の動きは別々に見えて、実際には互いの行動に影響していた。
『今度、僕も入れて三人で練習してみる?』
RIONが提案した。
『三人?』
『うん。敵が二人いる状況を、こちらも三人で確認するんだ。勝敗をつける必要はないし』
悠真は考えた。
三人なら、KAIが前に出ている間に、自分とRIONで相手の位置を確認できる。
ただし、三人になったからといって、自然に連携できるとは限らない。
『KAIにも聞いてみる』
『分かった』
悠真はKAIにメッセージを送った。
返事はすぐに来た。
『明日の午後ならいいぞ』
悠真は時間を決めて、三人で集まる約束をした。
その日は新しい任務には入らず、ログアウトした。
*
土曜日。
授業を終えて帰宅した悠真は、昼食を済ませ、宿題を終わらせた。
母親に午後の予定を伝える。
「今日は友達とゲームの練習をするの?」
「うん。三人でやるんだ」
「いつもの対戦とは違うの?」
「勝ち負けを決めるんじゃなくて、動き方を試すんだって」
「なるほどね。じゃあ、終わったら休憩もしてね」
「分かった」
悠真はログインした。
中央訓練区画には、KAIとRIONが待っていた。
周囲には、ほかのプレイヤーもいる。
近接戦闘の練習をしている者。
射撃の距離を測っている者。
機体を交換し、動作を確認している者。
ランキング戦の受付とは違い、ここでは誰も順位を気にしていなかった。
「じゃあ、まずは簡単な配置から試そう」
RIONが訓練フィールドを選択した。
建物がいくつか配置された小規模な市街地だった。
敵役は、訓練用の機体が二機。
片方は近接型。
もう片方は遠距離型。
それぞれの攻撃は一定の範囲に制限され、撃破されてもすぐに再開できる。
「最初は、KAIが近接型を引きつける。悠真は僕と一緒に遠距離型の位置を見る」
RIONが説明した。
「僕も攻撃していいの?」
「いいよ。ただし、敵を倒すことより、二人で同じ相手を見失わないことを優先してみよう」
悠真は頷いた。
訓練が始まった。
KAIは正面から近接型へ向かった。
悠真とRIONは建物の陰から遠距離型の動きを確認する。
遠距離型が右へ移動した。
RIONが通信した。
「右側へ回っている。次は、あの建物の隙間から撃ってくるはず」
悠真は機体を少し移動させた。
遠距離型が現れた。
悠真は射撃したが、相手はすぐに遮蔽物へ戻った。
「今のは当たらなかったね」
「うん」
「でも、相手がどこから出てきたかは確認できた。次は、その場所だけを見ないで、別の出口も見ておこう」
二人は位置を変えた。
その間に、近接型がKAIを押し始めた。
「KAI、距離を取れる?」
「少し待て」
KAIは攻撃を受け止めたあと、建物の横へ移動した。
近接型は追いかける。
遠距離型は、その動きに合わせて射撃位置を変えた。
悠真はそちらへ向かおうとした。
だが、RIONが止めた。
「今は行かなくていい」
「どうして?」
「僕たち二人が同じ場所へ移動したら、近接型がKAIを追い詰めた時に、すぐ対応できないから」
悠真は足を止めた。
遠距離型の位置を確認しながら、KAIが移動できる範囲を見た。
KAIは建物の角を使い、近接型の攻撃を避けていた。
すぐに危険になる様子はない。
「KAI、左側に通路があるよ!」
悠真が伝えた。
「見えてる!」
KAIは左へ移動した。
近接型が追いかける。
その瞬間、遠距離型が別の建物の陰から現れた。
RIONが射撃する。
攻撃は遠距離型の移動先を塞ぐように飛んだ。
相手は回避したが、射撃位置を変えなければならなくなった。
悠真はその隙に前進した。
今度は、無理に相手を追いかけなかった。
遠距離型が次に移動できる場所を確認し、KAIが戻ってこられる通路も視界に入れておく。
数秒後、近接型が再びKAIへ接近した。
KAIは攻撃を受け流し、距離を取った。
遠距離型は射撃位置を確保できなかった。
訓練用の制限時間が終了した。
【訓練終了】
勝敗は表示されなかった。
悠真は記録を確認した。
「今の、最初より動きやすかったね」
「全員が相手を追いかける必要はないからな」
KAIが答えた。
「でも、僕たちが見ていた場所も完全には同じじゃなかった」
RIONが指摘した。
「悠真は遠距離型を見ながら、KAIの位置も確認していた。僕は遠距離型の移動先を中心に見ていた。だから、同じ場面でも気づいたことが違う」
「それなら、僕が気づいたことを伝えればいいんだね」
「そう。ただ、全部を伝えようとすると、今度は通信が多くなりすぎる」
KAIが腕を組んだ。
「必要なことを、必要な時に伝える。簡単そうで難しいな」
三人は、もう一度訓練を行った。
今度は、悠真が遠距離型の位置を確認し、RIONがKAIの移動経路を補助する。
役割を変えただけで、先ほどとは違う問題が出てきた。
RIONがKAIを支援するために移動すると、遠距離型の動きを見失う場面があった。
悠真がそれを伝えた時には、すでに射撃が始まっていた。
訓練は時間切れになった。
「役割を決めても、全部うまくいくわけじゃないね」
悠真が言った。
「役割を決めるのは、誰が何を見るかを分かりやすくするためだ。状況が変わったら、そこも変えないといけない」
RIONはそう答えた。
三人は記録を保存した。
まだ、実戦で同じように動けるかは分からない。
訓練用の機体は攻撃の種類も制限されているし、実際の敵は同じ動きを繰り返すとは限らない。
それでも、試す前より確認できたことは増えていた。
悠真は時計を見た。
接続時間にも、まだ余裕はあった。
しかし、今日の目的は果たせた。
「僕、今日はここまでにする」
「もういいのか?」
KAIが尋ねた。
「うん。次は実際の任務で試してみたい」
「分かった。じゃあ、また誘う」
RIONも頷いた。
悠真は二人に挨拶して、ログアウトした。
*
現実世界に戻ると、母親が洗濯物を取り込んでいた。
「もう終わったの?」
「うん。今日は練習だけ」
「何か分かった?」
悠真は少し考えた。
「三人で戦う時は、強い人が三人いればいいわけじゃないんだって」
「そうなの?」
「それぞれが別の場所を見てるから、何を見ているかを伝えないといけない。でも、全部伝えようとすると、今度は大事なことが分かりにくくなる」
母親は洗濯物を畳みながら聞いていた。
「一緒にいるだけでは、同じものを見ているとは限らないってことね」
「うん。だから、何を見ているかを確認するんだ」
「なるほど」
母親はそれ以上、話を広げなかった。
悠真も自分の部屋へ戻った。
机の上には、月曜日に提出するプリントが残っていた。
それを片づけてから、今日の訓練記録をノートに書き写す。
相手の位置。
味方の位置。
移動した理由。
伝えた情報。
伝えられなかった情報。
書き終えると、悠真はノートを閉じた。
次に同じような戦闘があるとは限らない。
相手の機体も、地形も、味方の動きも違うかもしれない。
それでも、今日試したことを忘れなければ、次に判断する時の材料にはなる。
悠真は机の上を片づけ、リビングへ向かった。
母親が夕食を並べていた。
「手伝うよ」
「じゃあ、お箸をお願い」
「分かった」
悠真は食器棚から箸を取り出した。
ゲームの中では、三人で同じ場所に立っていた。
けれど、見ていたものは少しずつ違っていた。
その違いを知ったことが、今日の練習で一番大きな収穫だった。




