第百六十八章 先に動いた者
木曜日。
悠真は学校から帰ると、ランドセルを机の横に置いた。
昨日の小テストは、思っていたより簡単だった。
間違えた問題もなかった。
母親にそのことを伝えると、母親は安心したように頷いた。
「よかったね。じゃあ、今日は少しゆっくりできるね」
「うん」
悠真は宿題を終わらせてから、《クロスギア》にログインした。
ロビーには、KAIの姿があった。
『昨日、RIONと戦ったんだって?』
KAIからメッセージが届いた。
『うん。負けたけどね』
『記録を見た。最後、出口で撃たれてたな』
『あれは避けられなかった』
『避けられなかったのか、避ける場所がなかったのか。そこは違うと思うけどな』
悠真は画面を見た。
昨日、RIONと話した時にも似たようなことを考えた。
最後の場面では、別の経路を選ぶこともできた。
ただ、そちらを選んでいれば勝てたとは限らない。
『じゃあ、今日はどうする?』
悠真が尋ねると、KAIから返事が来た。
『一対一じゃなくて、二対二をやってみないか』
『二対二?』
『相手の動きだけじゃなくて、味方がいる時にどう変わるかも見たい』
悠真は少し考えた。
ランキング戦では、基本的に自分一人で相手の動きを読まなければならない。
だが、複数人で戦う場合は、味方の位置や相手の狙いも考える必要がある。
『いいよ』
二人は対戦受付へ向かった。
ランキング変動のないチーム練習が募集されていた。
参加条件は二人一組。
相手チームは、募集画面に表示された名前から選べるようになっていた。
KAIが相手を確認する。
「NEROとRIONが組んでるな」
「二人とも?」
「ああ。どうする?」
悠真は装備を確認した。
KAIは近接戦闘型。
自分は、方向転換と姿勢制御を重視した機体だ。
相手は、近接戦闘と遠距離攻撃の組み合わせになる。
「やってみよう」
KAIが頷いた。
「分かった。今回は俺が前に出る。悠真は、無理に援護しようとせず、相手の位置を見てくれ」
「うん」
二人は対戦を開始した。
転送先は、複数の建物と広い道路が組み合わさった訓練フィールドだった。
【チーム練習開始】
開始直後、KAIが前進した。
悠真は少し距離を取り、右側の建物へ向かった。
NEROの機体が正面から接近する。
RIONは後方に位置し、射撃できる場所を探していた。
KAIとNEROが接触した。
装甲のぶつかる音が響く。
KAIは相手を押し返そうとしたが、NEROは正面から力比べを続けなかった。
少し距離を取り、再び接近する。
KAIが追う。
その瞬間、RIONの射撃が飛んできた。
KAIは攻撃を受け、動きを止めた。
「KAI、右側!」
悠真が通信した。
KAIは建物の陰へ移動した。
悠真はRIONの位置を確認する。
RIONは、KAIが遮蔽物に入ったことを見て、別の射撃位置へ移動し始めていた。
悠真は追いかけなかった。
代わりに、RIONが次に射撃できる場所を考えた。
道路の先には低い壁がある。
その向こう側なら、KAIの位置を確認できる。
悠真は壁の近くへ移動した。
RIONの機体が視界に入る。
悠真は攻撃を一発だけ放った。
RIONはすぐに回避した。
その間に、KAIがNEROとの距離を詰め直した。
NEROはKAIを正面から受け止めたが、今度はRIONの援護が遅れていた。
「今だ!」
KAIが攻撃を加える。
NEROの機体が後退した。
悠真はRIONの位置を確認しながら、KAIの側面へ移動した。
しかし、RIONはすでに射撃位置を変えていた。
攻撃が飛んでくる。
悠真は防御したが、機体の姿勢が崩れた。
その隙に、NEROがKAIを押し返した。
戦況が再び動いた。
悠真は立て直そうとした。
だが、RIONの次の攻撃が近づいていた。
悠真は後退せず、建物の角へ移動した。
攻撃が壁に当たる。
その瞬間、KAIがNEROへ接近した。
二人の距離が近くなる。
RIONは射撃を止めた。
味方に当たる可能性があったからだ。
悠真はその短い時間を使い、RIONの側面へ回ろうとした。
しかし、RIONはすぐに距離を取った。
悠真の攻撃は届かなかった。
その間に、KAIがNEROの攻撃を受けた。
耐久値が大きく減る。
「KAI、下がって!」
悠真が叫んだ。
KAIは後退したが、NEROは追撃した。
最後の攻撃が命中した。
【KAI:戦闘不能】
悠真は一瞬、動きを止めた。
これで二対一になった。
NEROは悠真へ向き直り、RIONは後方から射撃位置を確保した。
悠真は建物の間へ移動した。
RIONの射撃を避け、NEROとの距離を取る。
だが、二人を同時に相手にするのは難しかった。
NEROが接近し、悠真の機体を押し込む。
悠真は反撃を試みたが、RIONの攻撃が機体の脚部に当たった。
姿勢が崩れた。
次の瞬間、NEROの攻撃が命中した。
【敗北】
悠真はロビーへ戻った。
KAIも少し遅れて戻ってきた。
「悪かった。最後、追いすぎた」
KAIが言った。
「僕もRIONを止められなかった」
「でも、最初の動きは悪くなかったと思う」
悠真は対戦記録を開いた。
開始直後、KAIが攻撃を受けた場面。
RIONが射撃位置を変えた場面。
KAIが戦闘不能になった場面。
記録には、二人の位置と攻撃の履歴が残っていた。
「一対一の時と違って、相手が一人だけじゃないからね」
悠真が言った。
「そうだな」
KAIは記録を見ながら答えた。
「俺がNEROを追ってる間に、RIONが攻撃できる位置へ移動してた。そこを止められなかった」
「でも、僕がRIONを追いかけたら、今度はKAIが一人になる」
「だから、どっちか一人が全部やろうとすると難しいんだろうな」
悠真は少し考えた。
「次は、最初から役割を決めてみようか」
「役割?」
「KAIが前に出て、僕はRIONの位置を確認する。でも、僕が攻撃するのは、RIONが射撃できない時だけにする」
KAIは頷いた。
「それなら、試す価値はあるな」
二人はもう一戦することも考えた。
しかし、悠真の接続負荷は上がり始めていた。
今日はこれ以上続けない方がよさそうだった。
「また今度にしよう」
悠真が言うと、KAIも同意した。
「分かった。次は最初の動きから変えてみよう」
二人は対戦受付を閉じた。
悠真はログアウトする前に、対戦記録を保存した。
勝つために必要なことは、まだ分からない。
けれど、二人で戦う時には、一人で戦う時とは違う問題がある。
それだけは、今日の対戦で確かめられた。
ログアウトすると、母親が夕食の準備をしていた。
「今日は対戦だったの?」
「うん。KAIと組んで、二対二をやった」
「勝てた?」
「負けたよ。でも、次に試すことは決まった」
「そう。それなら、今日はここまでにしておきなさい」
「うん」
悠真は机の上を片づけた。
明日も学校がある。
次にゲームへ入った時、今日の記録をもう一度見ればいい。
今は、夕食の時間だった。




