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《ゲームの向こうにいる君へ》 ――世界で一番強い小学生と、ゲームの中に生きる友達の話――  作者: 亀


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第百六十七章 予定を変える理由

 水曜日。


 悠真が学校から帰ると、玄関に母親の靴がなかった。


 台所のテーブルには、短いメモが置かれていた。


『買い物に行っています。宿題を終わらせておいてね』


 悠真はメモを元の場所に戻し、自分の部屋へ向かった。


 算数の宿題を終え、国語の教科書を開く。


 音読を済ませた頃、玄関の扉が開いた。


「ただいま」


「おかえり」


 母親は買い物袋を台所へ運んだ。


「今日は学校、どうだった?」


「普通だったよ。明日は算数の小テストがある」


「準備はできてる?」


「うん。さっき少し復習した」


「そう。じゃあ、ゲームをするなら時間を見てね」


 悠真は頷き、再び部屋へ戻った。


 《クロスギア》にログインすると、RIONからメッセージが届いていた。


『今日、ランキング戦をやるか?』


 悠真は少し考えた。


 昨日はKAIとの対戦で二回負けた。


 装備を調整したものの、まだ十分に扱いきれていない。


『一戦だけなら』


『了解。受付で待ってる』


 悠真はロビーへ向かった。


 ランキングの順位は変わっていなかった。


【1位:KAI】


【2位:RION】


【3位:YUMA】


 RIONは遠距離攻撃を得意としている。


 正面から接近してくるKAIとは、戦い方が違う。


 悠真は昨日保存した装備設定を読み込んだ。


 旋回の反応を重視した構成だったが、遠距離攻撃を避け続けるなら、移動時の安定性も必要になる。


 ただし、今から大きく変更すると、慣れる前に対戦が始まってしまう。


 悠真は設定をそのまま使うことにした。


「準備できた?」


 RIONから通信が入った。


「うん」


「じゃあ、始めよう」


 二人は対戦を開始した。


 フィールドは、複数の建物が配置された市街地型だった。


 RIONは開始直後から距離を取った。


 悠真は建物の陰へ移動する。


 遠距離型の相手に対して、遮蔽物のない場所を長く走るのは危険だった。


 悠真は建物の角から周囲を確認した。


 RIONの機体は、通りの向こう側にいる。


 悠真が移動すると、すぐに射撃が飛んできた。


 建物の陰へ戻る。


 弾が壁に当たった。


 悠真は別の通路へ移動しようとしたが、出口へ出る直前にもう一度射撃が来た。


「待ってるのか……」


 悠真は立ち止まった。


 RIONは、悠真が出てくる場所を予測して射撃している。


 ならば、同じ通路を使い続けるのは不利だ。


 悠真は建物の裏側へ回り、別の通りへ出た。


 しかし、RIONはすでに移動を始めていた。


 射撃が機体の脚部に当たる。


【機体耐久値:低下】


 悠真は姿勢を立て直し、近くの低い壁を越えた。


 今度はすぐに移動せず、相手の位置を確認する。


 RIONの機体が視界に入った。


 悠真は一度だけ反撃した。


 攻撃は命中したが、決定的な損傷にはならなかった。


 RIONは距離を保ったまま、次の射撃を準備する。


 悠真は右へ動いた。


 射撃が左側を通り過ぎる。


 もう一度、右へ。


 今度は機体の旋回が少し遅れた。


 RIONの攻撃が当たる。


 悠真は建物の陰へ戻ったが、耐久値は残り少なくなっていた。


 それでも、すぐに飛び出すことはしなかった。


 RIONの射撃間隔を確認する。


 次の攻撃が来るまで、わずかな時間がある。


 悠真はその隙に移動した。


 だが、出口に出た瞬間、RIONの機体がこちらを向いた。


 最後の攻撃が命中した。


【敗北】


 悠真はロビーに戻った。


 対戦時間は、昨日のKAI戦より長かった。


 しかし、結果は同じだった。


 RIONから通信が入る。


『お疲れ。途中まではよかったな』


『途中までは、ね』


『最後、こっちの位置を確認してから出てきただろ』


『うん』


『それで射撃を避けられた。でも、移動先が一つしかなかった』


 悠真は対戦記録を開いた。


 確かに、最後の場面では建物の出口を選んでいた。


 別の経路もあったが、そちらは遠回りになる。


 時間をかければ、RIONに位置を変えられる可能性もあった。


『別の場所へ行ってたら、結果は変わったかな』


 悠真が尋ねると、RIONは少し間を置いて答えた。


『分からない。俺が先に移動していたかもしれないし、君が反撃できたかもしれない』


『そっか』


『ただ、あの時点で負けが決まっていたわけじゃないと思う』


 悠真は記録を閉じた。


 勝てる方法があったのかどうかは、今となっては分からない。


 ただ、最後の場面で選べる経路が一つだけではなかったことは確かだった。


 悠真はもう一度、装備画面を開いた。


 昨日から使っている移動制御部品は、方向転換の安定性を高める。


 しかし、遠距離攻撃を避けるには、移動の選択肢そのものも考える必要がある。


 装備だけで解決する問題ではなかった。


 悠真は設定を変更せず、記録に短いメモを残した。


『遠距離型との対戦では、遮蔽物から出る経路を複数確認する』


 それから、ランキング戦の受付を閉じた。


 接続負荷はまだ高くなかった。


 もう一戦することもできる。


 けれど、今日はこれ以上続けても、同じ問題を繰り返すかもしれない。


 悠真はログアウトした。


 部屋に戻ると、母親が夕食の準備をしていた。


「もう終わり?」


「うん。一戦だけやった」


「どうだった?」


「負けたよ」


 母親は鍋をかき混ぜながら尋ねた。


「昨日も負けたんじゃなかった?」


「昨日はKAIに。今日はRION」


「相手によって違うのね」


「うん。KAIは近くまで来て戦うし、RIONは遠くから攻撃してくる」


「じゃあ、同じやり方では難しいんだ」


「そうだね。装備を変えるだけじゃなくて、動き方も変えないといけない」


 母親は火を弱めた。


「でも、明日は小テストなんでしょう?」


「あっ」


 悠真は時計を見た。


 復習は終わっている。


 それでも、もう一度だけ確認しておくつもりだった。


「今からやるよ」


「夕食の後でもいいけど、寝る時間は遅くしないでね」


「分かった」


 悠真は教科書を机に置いた。


 ゲームの中では、相手によって動き方を変える必要がある。


 現実の生活でも、その日にやることは一つではない。


 今日はもう一戦するより、明日の小テストに備えた方がいい。


 悠真はそう決めて、教科書を開いた。

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