第百六十六章 選ばれた相手
火曜日。
悠真が《クロスギア》にログインすると、KAIから対戦の誘いが届いていた。
『ランキング戦、やるか?』
悠真は装備画面を開き、少し考えた。
昨日は任務を一つこなしただけだった。
今日は戦闘をしてもいい。
『いいよ。何戦?』
『とりあえず一戦』
『分かった』
二人はロビーの対戦受付へ向かった。
ランキング戦の待機画面には、現在の順位が表示されていた。
【ランキング】
【1位:KAI】
【2位:RION】
【3位:YUMA】
悠真は自分の装備を確認した。
移動補助部品はそのまま使う。
ただし、急な方向転換への反応が遅れるため、相手の動きを見てから操作する必要がある。
KAIは近接戦闘向けの機体を使っていた。
装甲は厚く、接近した相手を押し切る力がある。
「準備できたか?」
KAIが尋ねた。
「うん」
二人は対戦を開始した。
転送されたのは、障害物の少ない平坦な訓練フィールドだった。
【ランキング戦開始】
開始直後、KAIが前進した。
悠真は距離を保ちながら横へ移動する。
正面から受ければ、機体の重量差で押し込まれる可能性が高い。
悠真は障害物のない場所を避け、フィールドの外周へ向かった。
KAIも追ってくる。
最初の攻撃は、悠真の機体の肩をかすめた。
装甲値が少し減る。
悠真は距離を取り直した。
だが、移動補助部品の反応が遅れ、次の方向転換で機体が大きく流れた。
KAIはその隙を逃さなかった。
接近。
攻撃。
悠真は防御したものの、衝撃で機体が後退した。
そのまま押し込まれ、二度目の攻撃を受ける。
【機体耐久値:低下】
「まだ……!」
悠真は機体を立て直そうとした。
しかし、KAIは正面からの攻撃を続けなかった。
一歩下がり、悠真が逃げようとする方向へ回り込んだ。
悠真は反対側へ動こうとしたが、機体の旋回が間に合わない。
次の一撃が入った。
【敗北】
転送が解除された。
悠真はロビーに戻り、対戦記録を開いた。
戦闘時間は短かった。
被弾回数は少なくない。
特に、最後の連続攻撃で耐久値を大きく失っていた。
KAIから通信が届いた。
『お疲れ』
『ありがとう。最後、回り込まれた』
『機体の向きが変わる前に、こっちが先に動いたからな』
『分かってたつもりだったんだけど』
『動けると思ったタイミングと、実際に動けるタイミングが違ったんだろ』
悠真は対戦記録をもう一度見た。
自分の操作入力と機体の動きには、わずかなずれがある。
普段の任務なら、それほど問題にならない。
しかし、KAIのように近距離で相手の動きを読むプレイヤーには、そのわずかな遅れが攻撃の機会になる。
『もう一戦やる?』
KAIが尋ねた。
悠真は少し迷った。
すぐに再戦すれば、今の問題を意識したまま戦える。
ただ、同じ装備のままでは、また同じところで失敗するかもしれない。
『先に装備を変えてみる』
『了解。待ってる』
悠真は装備一覧を開いた。
以前使っていた移動制御部品が目に入った。
急な方向転換で機体の姿勢を安定させる装備だ。
ただし、設定によっては旋回の反応が遅くなることもある。
悠真は移動補助部品を外し、移動制御部品に交換した。
訓練区画へ移動する。
直線を走る。
左右に曲がる。
急停止して向きを変える。
機体の動きは安定した。
だが、急な切り返しでは、やはり少し遅れる。
「これなら……」
悠真は設定画面を開き、姿勢安定の補正値を少し下げた。
もう一度、同じ動作を繰り返す。
今度は旋回が速くなった。
ただし、急停止した時に機体がわずかに傾く。
悠真は数値を元に戻し、別の設定を試した。
何度か調整した後、姿勢の安定と旋回速度のバランスが取れる設定を見つけた。
完璧ではない。
それでも、最初よりは扱いやすくなっていた。
悠真は訓練記録を保存し、KAIに連絡した。
『準備できた。もう一戦やろう』
『分かった』
二度目の対戦が始まった。
KAIは、前回と同じように接近してきた。
悠真はすぐには後退しなかった。
相手の攻撃範囲を確認し、機体を斜めに動かす。
最初の攻撃を避けた。
KAIが向きを変える。
悠真も機体を旋回させた。
今度は、操作と機体の動きのずれが小さい。
悠真は距離を取り直し、側面へ回ろうとした。
しかし、KAIはそれを読んでいた。
攻撃が飛んでくる。
悠真は防御した。
装甲値が減る。
それでも、前回のように一気に押し込まれることはなかった。
悠真は相手の動きを見ながら、短い移動を繰り返した。
攻撃を避け、距離を保つ。
何度か反撃の機会もあったが、KAIの防御を崩すには至らなかった。
やがて、悠真の機体が一度大きくよろめいた。
姿勢を立て直すまでに、わずかな時間がかかる。
KAIが接近する。
悠真は機体を横へ向けた。
今度は間に合った。
攻撃を避けた直後、悠真は相手の側面へ一発だけ攻撃を当てた。
しかし、次の攻撃にはつながらなかった。
KAIはすぐに距離を詰め、最後の一撃を加えた。
【敗北】
悠真はロビーへ戻った。
今回も負けた。
それでも、対戦記録を見ると、前回とは違う部分があった。
被弾回数は減っている。
戦闘時間は伸びた。
最後には反撃もできていた。
KAIから通信が届く。
『さっきより動きやすそうだったな』
『うん。装備を変えたら、旋回が間に合うようになった』
『でも、最後は姿勢を戻すのが遅れた』
『分かってる。まだ調整が必要だね』
『俺も同じ装備で戦ったわけじゃないからな。近接戦闘なら、もう少し反応を速くしたいところだ』
悠真は装備設定を保存した。
今回の設定が、すべての相手に通用するわけではない。
KAIのような近接型と戦う時と、遠距離型の相手と戦う時では、必要な動きが違う。
次は別の機体や装備も試してみたい。
そう考えていると、接続負荷の警告が表示された。
【接続負荷が上昇しています】
【継続してプレイする場合、接続可能時間が短くなる可能性があります】
悠真は警告を確認し、対戦受付を閉じた。
今日は二戦だけだったが、もう十分だった。
ログアウトすると、母親が居間で洗濯物を畳んでいた。
「今日はどうだった?」
「二回、対戦したよ」
「勝った?」
「負けた」
母親は手を止めずに尋ねた。
「悔しかった?」
「少し。でも、装備を変えたら前より長く戦えた」
「そう」
母親は畳んだ服を重ねた。
「じゃあ、次はその続きね」
「うん。でも、今日はもう終わり」
「それなら、夕食まで少し休んでいなさい」
悠真は頷いた。
自分の機体が、思った通りに動かないことはある。
装備を変えても、すぐに勝てるわけではない。
それでも、前の失敗と次の失敗の間には、少し違いがあった。
悠真はその違いを忘れないよう、対戦記録に短いメモを残した。
そして、ゲームを終了した。




