第百六十五章 戻らない数字
月曜日。
悠真が学校から帰宅した時、母親は居間で洗濯物を畳んでいた。
「おかえり。今日は少し早かったね」
「うん。先生の話が早く終わったから」
「宿題は?」
「先にやるよ」
悠真はランドセルを置き、机に向かった。
国語のプリントを終え、算数の問題を解く。
最後の一問で少し手が止まったが、教科書を見直して答えを出した。
宿題を片づけてから、《クロスギア》にログインする。
【オンラインプレイヤー:239,612】
悠真は数字を確認した。
先週末より少し減っている。
週末には増えていたが、今日はまた下がっていた。
特別な告知はない。
ロビーの様子も、いつもと大きく変わらなかった。
悠真は掲示板を開いた。
北部資源輸送路の護衛募集。
中央市街の設備点検。
東部岩山の設備防衛。
昨日と似たような任務が並んでいる。
ただ、以前よく見かけたプレイヤーの名前が、いくつか見当たらなかった。
悠真はKAIにメッセージを送った。
『今日、ログインしてる?』
すぐに返事が来た。
『いる。何かするか?』
『普通の任務を一つやろうと思ってる』
『じゃあ、中央市街の設備点検は?』
『いいよ』
二人は任務を受注した。
指定された施設には、すでにNPCの整備員が集まっていた。
点検対象は三つ。
中央制御盤。
補助電源装置。
冷却設備。
悠真は中央制御盤、KAIは補助電源装置を担当した。
冷却設備はNPCの整備員が点検している。
悠真が端末を操作すると、画面に点検項目が表示された。
【制御盤:正常】
【通信記録:一部更新待ち】
「通信記録が更新待ちだって」
悠真が報告すると、KAIが答えた。
「補助電源は問題ない。そっちは?」
「制御盤は正常。記録だけ確認が必要みたい」
悠真は記録の詳細を開いた。
最後に更新された時刻と、現在の稼働状況が表示されている。
ただし、一部の履歴は読み込まれていなかった。
昨日の設備防衛でも似たような表示を見た気がしたが、同じ原因とは限らない。
悠真は端末に確認結果を送信した。
しばらくすると、NPCの整備員が近づいてきた。
「現在の稼働状態は正常だ。記録の更新は別途確認する」
「今、直せるんですか?」
悠真が尋ねると、整備員は首を横に振った。
「この端末からは確認できない。管理担当に報告しておく」
整備員は記録を保存し、別の設備へ向かった。
悠真は任務画面を確認した。
【中央制御盤:点検完了】
【補助電源装置:点検完了】
【冷却設備:点検完了】
【通信記録:確認依頼済み】
任務はそのまま終了した。
【評価:A】
「これで終わりか」
KAIが言った。
「うん。記録の更新は別の人が確認するみたい」
「俺たちが全部直すわけじゃないからな」
二人は施設を離れた。
ロビーへ戻ると、掲示板に新しい投稿があった。
『中央市街の設備点検で、通信記録の更新待ちを確認』
投稿者は悠真ではなかった。
別の施設で、別のプレイヤーが報告している。
しかし、詳しい状況は書かれていなかった。
悠真は自分の任務記録と見比べた。
共通しているのは、記録の更新が遅れているという点だけだった。
原因が同じなのか。
どのくらいの頻度で起きているのか。
今の情報では分からない。
悠真は投稿を閉じた。
その時、KAIから通信が入った。
『次はどうする?』
『今日はもう終わりにしようかな』
『分かった。俺も一度落ちる』
二人はロビーで別れた。
悠真はログアウトする前に、オンラインプレイヤー数をもう一度確認した。
数字は変わっていなかった。
少し前まで、ログインすれば必ず見かけた名前がある。
何度も一緒に任務をした人。
掲示板で装備の感想を交換した人。
ランキング戦で何度も対戦した人。
その全員が、毎日ログインするわけではない。
ゲーム以外にも、学校や仕事がある。
別のゲームを始める人もいるだろう。
ただ、表示されなくなった名前の理由を、悠真が一つずつ知ることはできなかった。
悠真はログアウトした。
現実の部屋に戻ると、母親が夕食の準備をしていた。
「今日はもう終わり?」
「うん。任務を一つやっただけ」
「疲れた?」
「そんなに。でも、今日はこれでいいかなって」
「そう」
母親は鍋の火を弱めた。
「じゃあ、食事の前にテーブルを拭いてくれる?」
「分かった」
悠真は布巾を取った。
テーブルを拭き、食器を並べる。
ゲームの中では、今日も設備が動いている。
任務を受けるプレイヤーがいなくても、NPCたちは作業を続けるのだろう。
けれど、ロビーに集まる人の数は、以前と同じではなかった。
悠真はその数字を思い出した。
明日も減っているかもしれない。
週末には増えるかもしれない。
それでも、自分がいつまで遊ぶのかは、まだ決めていなかった。




