第百六十三章 残された空席
土曜日。
悠真が《クロスギア》にログインすると、オンラインプレイヤー数は二百四十七千人を少し下回っていた。
週末ということもあり、ロビーには人が集まっている。
装備を交換する者。
任務の募集を出す者。
ランキングを確認する者。
いつもの光景だった。
悠真は中央市街の掲示板へ向かった。
昨日の共同検証について、いくつかの投稿が増えていた。
『保守班の移動経路変更を確認。発生条件は不明』
『別の検証では、経路変更なし』
『同じ区画で再検証したが、今回は北側通路が最初から使用可能だった』
悠真は投稿を読み、最後のものを開いた。
北側通路が最初から使用できた。
それだけでは、昨日の現象と何か関係があるのか分からない。
更新によって状況が変化した可能性もあれば、単に現地の状態が違った可能性もある。
悠真は掲示板を閉じた。
「悠真」
後ろから声がした。
振り返ると、KAIが立っていた。
「おはよう」
「今日は何をする?」
「まだ決めてない」
「じゃあ、ランキング戦は?」
悠真は少し考えた。
「今日は別のことがしたい」
「昨日も検証だったな」
「うん。今日は普通の任務にしよう」
KAIは頷いた。
「分かった。輸送任務でも受けるか」
二人は募集掲示板を開いた。
北部資源輸送路の護衛任務が出ていた。
参加人数は三人。
募集主の名前は、REIだった。
「この前の新人だ」
悠真が言った。
「NAGIたちと一緒にやった時の?」
「そう」
二人は参加申請を送った。
すぐに承認された。
任務の集合場所へ向かうと、REIは輸送車両の前で装備を確認していた。
「来てくれてありがとう」
「こちらこそ」
KAIが答えた。
REIは車両の側面を指した。
「今回は、この区間を通って資源倉庫まで運ぶ。途中に分岐があるけど、任務説明では指定経路になってる」
「敵の出現情報は?」
悠真が尋ねた。
「今のところ、なし。ただ、護衛任務だから、出る可能性はあると思う」
三人は役割を決めた。
REIが先頭の警戒。
KAIが車両の側面を担当する。
悠真は後方を確認しながら、必要に応じて支援に回る。
輸送車両が動き出した。
最初の区間には、問題がなかった。
道路脇ではNPCの作業員が資材を運び、別の車両が反対方向から通り過ぎていった。
悠真はその様子を見ながら、後方の道路を確認した。
しばらく進むと、前方に分岐点が見えてきた。
指定経路は左側だった。
しかし、入口には簡易柵が設置されていた。
【指定経路:通行制限】
REIが車両を止めた。
「説明にはなかったな」
KAIが周囲を確認する。
「道路工事か?」
柵の向こうでは、NPCの作業員が路面を調べていた。
少し離れた場所に、工具と資材が置かれている。
悠真は任務画面を開いた。
新しい通知が表示されていた。
【経路状況を更新】
【代替経路:右側】
【輸送車両の通行可】
「右側を通れるみたい」
悠真が言った。
REIは地図を確認した。
「距離は少し長いけど、通行可能になってる」
「そっちに行こう」
KAIが答えた。
三人は車両の進路を変更した。
右側の道路は、左側よりも狭かった。
途中には小さな段差があり、車両が通過するたびに荷台が揺れた。
悠真は後方から荷物の状態を確認した。
固定具に緩みはない。
車両の速度も問題なかった。
分岐を抜けたところで、前方に機械獣が現れた。
【敵性反応:二体】
「来たぞ!」
REIが機体を構える。
一体が車両へ向かい、もう一体は道路脇を回り込もうとしていた。
KAIが車両前方へ移動し、接近してきた敵を引きつける。
悠真は側面へ回り込む機械獣を確認した。
後退すれば車両との距離は取れる。
だが、そのまま下がると敵を車両の後方へ誘導してしまう。
悠真は機体の向きを変え、道路脇の遮蔽物を使いながら敵の進路を横へずらした。
「REI、後ろから回り込んで!」
「了解!」
REIが車両の前方から移動し、敵の側面を攻撃した。
機械獣が体勢を崩す。
悠真はその隙に距離を詰め、関節部分へ攻撃を加えた。
敵が倒れた。
前方では、KAIがもう一体を押し返していた。
REIも加わり、三人で最後の敵を撃破した。
【敵性反応:消失】
「車両は?」
悠真が尋ねた。
REIはすぐに状態を確認した。
「問題ない。固定具も外れてない」
KAIが道路の先を見た。
「先を急ごう。迂回した分、少し遅れてる」
三人は護衛を再開した。
その後、敵は現れなかった。
輸送車両は資源倉庫へ到着した。
【輸送完了】
【車両損傷:なし】
【評価:A】
任務が終わると、倉庫のNPCたちが荷物を降ろし始めた。
別の作業員は、運ばれてきた資材の型番を記録端末へ入力している。
REIはその様子を少し眺めてから、悠真たちに向き直った。
「今日は助かった。あの分岐で止まった時、どうするか迷ったんだ」
「僕も、最初は左側を通ると思ってたよ」
悠真が答えた。
「説明に書いてあった経路が使えなくなることもあるんだな」
REIは任務記録を確認した。
「今回の変更理由は、道路工事だったみたいだ」
「それなら分かるね」
「うん。でも、工事がいつ始まったのかまでは分からない」
悠真は地図を開いた。
通行制限の表示は、すでに消えていた。
現地の道路状況が更新されたのだろう。
それ以上の情報はなかった。
KAIが言った。
「次の任務を受けるか?」
悠真は接続状況を確認した。
まだ余裕はある。
けれど、今日の目的は普通の任務を一つこなすことだった。
「今日はここまでにする」
「了解」
REIも頷いた。
「俺も一度戻る。装備を少し見直したい」
三人はそれぞれログアウトした。
現実の部屋に戻った悠真は、椅子から立ち上がった。
窓の外は明るかった。
母親が買い物の準備をしている。
「悠真、これから出かけるけど、一緒に行く?」
「うん。少し待って」
悠真はゲーム機を終了し、机の上を片づけた。
昨日の検証では、NPCが自分で移動経路を変える様子を見た。
今日の任務では、指定された道路が通れず、別の経路を使った。
どちらも、ゲームの中で起きたことだった。
けれど、理由はそれぞれ違う。
昨日の経路変更は、まだ原因が分からない。
今日の通行制限は、道路工事によるものだった。
同じように見える出来事でも、確認できる範囲は違う。
悠真はそのことを考えながら、母親のところへ向かった。
「お待たせ」
「じゃあ、行きましょう」
二人は玄関を出た。
今日は、ゲームの中の道路ではなく、いつもの街を歩く日だった。




