第百六十二章 予定外の集合
金曜日。
悠真が《クロスギア》にログインすると、ロビーの募集掲示板に新しい投稿があった。
【中央訓練区画・共同検証】
【内容:複数プレイヤーによる任務対応の確認】
【参加人数:最大八名】
【勝敗判定なし/ランキング変動なし】
悠真は募集内容を開いた。
説明には、複数のプレイヤーが異なる位置から同じ設備を確認し、状況に応じて対応を分担すると書かれていた。
昨日のアップデートに関係する検証らしい。
ただし、NPCの行動だけを調べるものではなかった。
プレイヤー同士の報告や、現場での役割変更も確認項目に含まれている。
悠真は参加申請を送った。
数秒後、承認通知が表示された。
集合場所へ向かうと、すでに四人のプレイヤーが集まっていた。
その中に、以前の移動テストで知り合ったNEROがいた。
「お、悠真か」
「NERO。今日は検証?」
「ああ。普段の任務だと、問題が起きてから考えることが多いだろ。今回は最初から、途中で状況が変わる前提らしい」
「どうやって変わるの?」
「そこまでは知らない。説明には、現地の状態によって確認項目が変わるって書いてあった」
悠真は周囲を見た。
訓練区画には、中央の制御設備と、その周囲に三つの補助設備が配置されていた。
設備の間には通路があり、いくつかの場所には簡易的な遮蔽物が置かれている。
戦闘用の区画にも見えるが、敵の姿はない。
集合時間になると、主催者が全員に説明を始めた。
「今回は設備の状態を確認しながら、必要な対応を行ってもらいます。最初に担当を決めても構いません。ただし、任務開始後は状況に応じて変更してください」
「敵は出るんですか?」
別のプレイヤーが尋ねた。
「現時点では、出現するかどうかは分かりません」
「分からない?」
「はい。任務開始時の状態によって変化するため、事前には確定していません」
参加者の一人が小さく笑った。
「それ、説明になってるのか?」
「確認できている範囲の説明です」
主催者は淡々と答えた。
悠真はそのやり取りを聞きながら、機体の装備を確認した。
今日は移動補助部品を装着している。
急な方向転換では反応が遅れることがあるが、長い通路を移動するには使いやすい。
準備が終わると、八人はそれぞれの位置についた。
任務が始まった。
【共同検証開始】
【中央制御設備:稼働中】
【補助設備A:正常】
【補助設備B:確認中】
【補助設備C:正常】
悠真は中央設備の近くで待機した。
NEROは補助設備Aへ向かい、別の二人がBとCを確認する。
しばらくは、何も起こらなかった。
中央設備の数値も安定している。
その時、補助設備Bを担当していたプレイヤーから通信が入った。
『こっちは問題なし。ただ、接続端子の表示が古い型番になってる』
『設備自体は動いてるのか?』
『動いてる。表示だけが違う』
悠真は自分の端末で設備情報を開いた。
中央設備からは、補助設備Bの詳細な型番までは確認できない。
「現地の記録を見てもらった方がいいと思う」
悠真が通信すると、担当者が答えた。
『今、記録を確認してる。少し待ってくれ』
数分後、別の通知が入った。
【補助設備B:記録情報を更新】
表示が新しい型番に切り替わった。
その直後、中央設備の数値が一度だけ変動した。
【中央制御設備:負荷上昇】
「何だ?」
悠真が画面を見る。
負荷は規定値を少し超えていた。
しかし、設備は停止していない。
主催者から指示が出た。
『中央の担当は負荷の推移を確認してください。補助設備の担当は、現地の状態を維持したまま報告を続けてください』
悠真は中央設備の前に立ち、数値を記録した。
負荷はゆっくりと下がり始めた。
ところが、その時だった。
訓練区画の北側から、警告音が鳴った。
【北側通路:通行制限】
【設備保守班:移動経路を変更】
悠真は北側を振り返った。
NPCの整備員たちが、工具を載せた台車を押して移動していた。
彼らは北側通路へ入ろうとしたが、入口の警告灯を確認すると、進行方向を変えた。
別の通路へ向かっている。
「NPCが移動経路を変えた」
悠真が通信すると、主催者が答えた。
『確認しました。現時点では、こちらから移動を指示していません』
「じゃあ、通路が使えなくなったから、自分たちで変えたのかな」
『その可能性はあります。引き続き観察してください』
悠真は台車を追わなかった。
自分の担当は中央設備の確認だ。
北側の状況は、そちらを担当しているプレイヤーが報告するはずだった。
少しして、北側担当から通信が入った。
『通路の制限は設備側の自動判定みたいだ。整備班は南側へ回っている』
『原因は?』
『まだ確認できていない。今、端末を調べてる』
悠真は中央設備の負荷を確認した。
数値は正常範囲に戻っている。
しかし、任務画面には新しい項目が追加されていた。
【追加確認:保守班の作業経路】
「また増えた……」
悠真が呟くと、NEROが通信に入った。
『こっちからも見える。補助設備Aは正常だ。中央の負荷にも変化はない』
『北側はまだ調査中』
『じゃあ、俺は保守班の現在位置を確認する』
NEROは担当していた設備を離れ、南側の通路へ向かった。
悠真は中央に残った。
その間にも、NPCの整備班は移動を続けていた。
南側の通路を通り、倉庫の脇を抜け、工具を積んだ台車を所定の作業場所へ運んでいく。
やがて、保守班から短い通信が入った。
『作業場所に到着した。設備の点検を始める』
その表示と同時に、任務画面の項目が一つ消えた。
【保守班の作業経路:確認完了】
残る項目は、設備の状態確認だけだった。
中央設備の負荷は安定している。
補助設備三か所も、すべて正常だった。
【共同検証終了】
【評価:S】
任務が終了すると、八人は集合場所に戻された。
主催者が結果をまとめていた。
「設備の異常は確認されませんでした。ただし、任務中に保守班の経路変更が発生しました。変更の直接的な原因については、記録を確認する必要があります」
「NPCが勝手に動いたってことですか?」
参加者の一人が尋ねた。
「移動経路の変更は確認できています。ただし、何を基準に変更したのかは、まだ分かりません」
「アップデートの影響じゃないんですか?」
「その可能性もあります。今回の一件だけでは判断できません」
主催者は記録を保存した。
参加者たちは、それぞれの感想を話し始めた。
「途中で項目が増えるのは面倒だな」
「でも、最初から全部決められてるよりは現場に近いんじゃないか?」
「原因が分からないまま終わったのは気になる」
「俺は設備が正常なら、それでいいと思うけどな」
悠真は自分の記録を開いた。
中央設備の負荷変動。
北側通路の制限。
保守班の経路変更。
それぞれの時刻が並んでいる。
だが、どの出来事がどこまで関係していたのかは、記録だけでは分からなかった。
悠真は確認できた事実だけを掲示板に投稿した。
その後、ロビーへ戻った。
NEROからメッセージが届いていた。
『今日の検証、どうだった?』
『NPCが自分で経路を変えるところを見られたよ。でも、理由は分からなかった』
『俺も同じだ。動きは確認できたけど、仕組みまでは分からないな』
『うん』
『また何かあったら教えてくれ』
『分かった』
悠真はメッセージを閉じた。
接続時間には、まだ余裕があった。
それでも、今日は追加の任務を受けなかった。
ログアウトすると、母親が居間から声をかけた。
「今日は早いね」
「うん。検証任務を一つやっただけ」
「何か新しいことが分かった?」
「NPCが自分で移動する経路を変えた。でも、どうしてそうしたのかは、まだ分からない」
「そうなんだ」
母親はそれ以上、質問しなかった。
悠真は手を洗い、食卓の準備を手伝った。
ゲームの中で起きたことは、明日になれば別の記録が増えているかもしれない。
同じことが再び起きるかどうかも分からない。
だからこそ、今日見たものを、今日分かった範囲で残しておく。
悠真はそれで十分だと思った。




