第百六十一章 更新されたルール
木曜日。
悠真が《クロスギア》にログインすると、ロビーの中央に見慣れない告知が表示されていた。
【次回アップデートのお知らせ】
【一部任務の進行条件およびNPC行動処理を調整します】
「NPCの行動処理?」
悠真は告知を開いた。
説明には、いくつかの変更点が記されていた。
任務中にNPCが独自に行う移動や作業について、プレイヤーの行動によって変化する範囲を拡張する。
一部の任務では、プレイヤーが現地に到着する前に、NPC側の作業が進んでいる場合がある。
また、任務の進行状況によって、従来と異なる経路や支援要請が発生する可能性がある。
最後に、小さな注意書きがあった。
【任務開始時に表示される条件を確認してください】
「今までも確認してたけどな」
悠真は告知を閉じた。
その直後、KAIからメッセージが届いた。
『更新、見たか?』
『見たよ。NPCが変わるらしいね』
『説明だけじゃ分からないな』
『試してみる?』
『午後なら空いてる』
悠真は学校の宿題が残っていることを思い出した。
『宿題を終わらせてから行く』
『了解』
悠真は一度ログアウトした。
机に向かい、算数の問題を解く。
途中で一問だけ計算を間違え、消しゴムで消してやり直した。
終わった頃には、約束していた時間が近づいていた。
母親が台所から声をかける。
「今日はゲーム?」
「うん。アップデートがあったんだ」
「何が変わったの?」
「NPCが自分で動く範囲が広がるらしい」
「それで、何をするの?」
「まだ分からない。試してみる」
「そう。疲れたら早めにやめなさいね」
「分かってる」
悠真は再びログインした。
ロビーには、アップデートについて話すプレイヤーが何人もいた。
『NPCが先に任務を進めるってどういうことだ?』
『現地に着く前に終わってたりして』
『それなら報酬はどうなるんだ』
『説明には書いてない』
悠真はチャットを流し読みしながら、KAIのいる場所へ向かった。
「どの任務にする?」
KAIが尋ねた。
「NPCが関係する任務がいいと思う」
「じゃあ、北部の輸送拠点は?」
「この前、整備作業を手伝ったところ?」
「近くの別拠点だ。募集に、NPC輸送班の作業支援って出てる」
悠真は任務一覧を確認した。
戦闘任務ではなかった。
輸送拠点の設備確認と、NPC輸送班の作業補助。
任務説明には、開始時の現地状況によって作業内容が変わる場合があると記されていた。
「これにしよう」
二人は任務を受注した。
転送が終わると、北部の輸送拠点が目の前に広がった。
大型車両が二台、倉庫の前に停まっている。
NPCたちは荷物を運び、設備の点検を行っていた。
以前来た時には閉じていた倉庫の扉も、今日は開いていた。
悠真が任務画面を確認する。
【設備確認:未完了】
【輸送準備:進行中】
【NPC輸送班:作業中】
「まだ準備中だね」
「まず設備確認か」
二人が指定された端末へ向かうと、作業員のNPCが近づいてきた。
「確認担当か。ちょうどいい」
NPCは端末の横にある部品箱を指した。
「輸送車両の固定具を交換した。旧型と新型が混ざっているから、接続部を確認してくれ」
悠真は部品箱を開いた。
似た形の固定具が並んでいる。
型番を見比べると、三つは同じ規格だったが、一つだけ末尾の数字が異なっていた。
「これ、別の型だよ」
「そうか。交換した時に混ざったのかもしれない」
NPCはその部品を受け取り、別の箱へ移した。
悠真は残りの固定具を確認した。
問題はなかった。
【設備確認:完了】
次に、輸送準備の進行状況が更新された。
ところが、二台目の車両はまだ動き出さなかった。
「何かあったのかな」
悠真が尋ねると、KAIは車両の周囲を見回した。
「NPCが止めてるみたいだ」
車両の前では、別の作業員が運転担当のNPCと話していた。
しばらくして、運転担当が車両から降り、倉庫の奥へ歩いていった。
数分後、戻ってきた彼の手には、小さな記録端末があった。
「積載内容の記録が一致していなかった。確認できたから、これで出発できる」
NPCは車両に乗り込んだ。
エンジンが動き、車両がゆっくりと前進する。
悠真は任務画面を見た。
【輸送準備:完了】
【輸送車両:出発】
「僕たちが来る前から作業してたんだよね」
「そうだな」
「僕たちが設備を確認している間にも、向こうで別の確認をしてた」
「こっちが全部指示したわけじゃない」
KAIは走り出した車両を見送った。
「前からそうだったけど、今日は分かりやすいな」
その時、任務画面が更新された。
【追加作業が発生しました】
【北側通路の障害物を確認してください】
悠真たちは指定された通路へ向かった。
通路の入口には、倒れた運搬用の小型台車があった。
台車の荷台から部品箱が一つ落ち、道の端を塞いでいる。
近くでは、二人のNPCが別の荷物を運ぼうとしていた。
「先に片づけた方がよさそうだね」
「そうだな」
悠真たちは台車を起こし、落ちた箱を荷台に戻した。
しかし、台車の車輪が一つ歪んでいた。
押しても、まっすぐ進まない。
悠真がNPCに報告すると、作業員は台車を確認した。
「これは修理が必要だ。荷物は別の台車で運ぼう」
NPCは近くの作業員に声をかけ、運搬方法を変更した。
障害物は取り除かれ、通路が使えるようになった。
【北側通路:通行可能】
その後、輸送車両は拠点を出発した。
任務は問題なく終了した。
【評価:A】
報酬を受け取った悠真は、しばらく任務記録を眺めていた。
設備確認。
輸送準備。
追加作業。
どれも、特別なことではない。
ただ、作業の順番は受注した時点では決まっていなかった。
現地の状態に応じて、必要な作業が追加されていた。
「次も同じようになるのかな」
悠真が言うと、KAIは首を横に振った。
「分からない。別の任務なら違うかもしれない」
「じゃあ、別のも試そう」
「今日は一回だけじゃなかったのか?」
「もう一回だけ」
KAIは少し考えた後、任務一覧を開いた。
「短いのにしよう。俺も長時間はやりたくない」
「うん」
二人は中央市街の設備点検任務を選んだ。
今度は、現地に到着した時点で点検対象の一部がすでに交換されていた。
NPCの整備員によると、前日の作業中に不具合が見つかり、夜のうちに交換を済ませたという。
悠真たちが行う仕事は、交換後の動作確認に変わっていた。
端末を操作し、稼働状態を調べる。
数値は規定範囲内だった。
【設備点検:完了】
任務は短時間で終わった。
【評価:S】
「同じ任務でも、やることが違ったな」
悠真はロビーへ戻りながら言った。
「現地の状態が違ったからだろ」
「うん。でも、昨日までの記録を見ても、今日みたいな流れはなかった」
「アップデートの影響かもしれない」
「そうかもしれないね」
悠真はそれ以上、結論を出さなかった。
ロビーに戻ると、掲示板には早くも新しい投稿が並んでいた。
『北部輸送拠点、到着時点で輸送準備が進行していた』
『中央市街の点検任務、交換済み設備の確認に変更』
『同じ任務を受けたが、こちらは通常の部品交換だった』
場所も内容も違っていた。
すべてが同じように変わったわけではないらしい。
悠真は自分の任務記録を投稿し、画面を閉じた。
接続時間の表示を確認する。
まだ余裕はあったが、今日はここまでにすることにした。
ログアウトすると、部屋の時計は夕方を示していた。
悠真は椅子から立ち、軽く伸びをした。
母親が買い物袋を持って部屋の前を通った。
「もう終わり?」
「うん。二つだけ任務をした」
「何か分かった?」
「NPCが、僕たちが来る前から作業してることがあった。任務の内容も、現地の状況で変わるみたい」
「へえ。毎回同じことをするわけじゃないのね」
「そう。でも、まだ二つしか試してないから、どこまで変わるのかは分からない」
「じゃあ、これから分かっていくんじゃない?」
「うん」
悠真は机の上に置いた宿題を片づけた。
ゲームの中では、NPCたちが自分たちの作業を進めている。
プレイヤーが来るのを待っているわけではない。
けれど、プレイヤーが来たことで、別の仕事が生まれることもある。
それが今回の更新でどこまで変わったのかは、まだ分からなかった。
悠真は次に試したい任務を一つだけメモした。
そして、夕食の準備を手伝うために部屋を出た。




