第百六十章 届かなかった報告
水曜日。
悠真が《クロスギア》にログインすると、KAIからメッセージが届いた。
『北部輸送路の任務、今日行けるか?』
悠真は装備一覧を閉じて返信した。
『行けるよ。何かあった?』
『いや、募集が出てる。前に通ったところとは別の区間だ』
悠真は掲示板を開いた。
募集内容は、輸送路の巡回と設備確認だった。
戦闘が発生した場合は対応するが、主な目的は道路と周辺設備の状態を確認することらしい。
悠真は参加を申請した。
指定地点には、KAIのほかにRIONと、見知らぬプレイヤーが二人いた。
任務の説明を担当するNPCが、端末を操作しながら話し始めた。
「北側の分岐路で、設備の状態を確認してください。異常を見つけた場合は、現地での修理を試みず、記録を送信してください」
「修理はしなくていいんですか?」
別のプレイヤーが尋ねた。
「今回の巡回では、修理用の資材を持っていません。報告を受けてから、必要な作業員を派遣します」
説明が終わると、五人は二手に分かれた。
悠真とKAI、RIONは北側の分岐路へ向かった。
道路には、以前の輸送任務で見たものと似た案内標識が並んでいた。
途中、路肩に置かれた資材のそばで、NPCの作業員が何かを確認している。
その先には、小さな設備箱があった。
悠真は近づいて状態を確認した。
【設備状態:稼働中】
【点検記録:更新済み】
異常はない。
記録を保存し、先へ進む。
分岐路に到着すると、道路の片側に警告柵が設置されていた。
柵の向こうでは、路面の一部が掘り返されている。
作業員の姿はなかったが、道路脇には新しい資材が置かれていた。
「工事中かな」
悠真が言った。
「柵があるなら、今は通らないほうがいいね」
RIONは道路の状態を確認した。
悠真は端末を開き、現地の状況を報告した。
【報告送信中】
数秒後、表示が切り替わった。
【送信完了】
「よし。次は向こうだな」
KAIが別の設備を指した。
三人は確認を続けた。
設備の一つは、表面の固定具が緩んでいた。
ただし、稼働状態に問題はない。
悠真は指示通り、状態を記録して送信した。
その時、端末に通知が届いた。
【現地報告を受信しました】
別の巡回班からの報告だった。
内容は、北側の旧設備付近で案内表示が実際の道路状況と一致していない、というものだった。
悠真は報告の位置を確認した。
今いる場所から、少し離れている。
「案内が違うって」
RIONが画面をのぞいた。
「道路が変わったのかもしれないね」
「でも、表示を直すには担当が必要なんじゃないか?」
KAIが言った。
悠真は報告の詳細を開いた。
記録には、案内表示の内容と、実際に確認した道路の状態が書かれていた。
ただ、表示がいつ更新されたのかは分からない。
報告者も、原因までは確認できていないようだった。
「僕たちも見に行く?」
悠真が尋ねた。
RIONは地図を確認した。
「今回の巡回範囲からは外れてる。こっちの確認を終えてから、時間があれば行こう」
三人は残りの設備を確認した。
最後の設備は、問題なく稼働していた。
報告を送信し、任務の終了地点へ戻る。
そこには、最初に別行動を取った二人のプレイヤーが待っていた。
片方は、設備の固定具に異常があったことを報告していた。
もう一人は、異常を見つけられなかったという。
NPCが端末を確認する。
「報告を受け取りました。必要な箇所については、後ほど担当者が確認します」
任務は終了した。
【任務評価:A】
五人はそれぞれロビーへ戻った。
悠真は掲示板を開き、さきほどの案内表示の報告を探した。
新しい情報はなかった。
修正されたのか、まだ確認中なのか。
画面からは分からない。
KAIがメッセージを送ってきた。
『あの表示、見に行くか?』
悠真は少し考えた。
まだ時間はある。
ただ、任務の範囲から外れているし、案内表示の原因も分かっていない。
『今日はやめておく。別の巡回班が報告してるし、まずは担当の確認待ちかな』
『了解』
KAIはそれ以上、何も言わなかった。
悠真はログアウトする前に、今日の記録を保存した。
自分たちが送った報告も、ほかのプレイヤーが送った報告も、今のところは記録として残っている。
それがいつ確認され、どのように扱われるのかは分からない。
ただ、異常があると分かった時点で、記録を送ることはできた。
現実の部屋へ戻ると、母親が洗濯物を取り込んでいた。
「今日は何をしていたの?」
「道路と設備の点検。壊れているところがあったら、直すんじゃなくて報告する任務だった」
「直さなかったの?」
「修理の道具を持っていなかったから。担当の人があとで確認するんだって」
「そうなの」
悠真は机の前に座った。
ゲームの中では、何かを見つけても、その場ですべて解決できるわけではない。
必要な道具がなければ、直せない。
原因が分からなければ、すぐに判断できない。
報告した後のことも、報告した本人には見えない場合がある。
悠真は今日の任務を思い返した。
送った報告が、明日には確認されているかもしれない。
まだ何も変わっていないかもしれない。
どちらなのかは、今は分からなかった。
悠真は明日の時間割を確認し、宿題を机に並べた。
今日は、ここまでだった。




