第百五十六章 朝から集まる理由
土曜日。
悠真が《クロスギア》にログインしたのは、午前九時を少し過ぎた頃だった。
【オンラインプレイヤー:247,591】
平日よりも人数が多い。
ロビーでは、週末限定の部品交換会や共同任務の募集が並んでいた。
悠真は掲示板を開いた。
その中に、少し変わった募集があった。
『中央訓練区画・複数機体の動作確認』
『勝敗なし。参加機体自由。途中参加・途中退出可』
『機体の動作を確認するため、参加者同士で順番に相手をする』
募集主は、昨日のNEROだった。
悠真は募集文をもう一度読んだ。
通常の対戦とは違うらしい。
ランキングの変動はなく、勝敗記録も残らない。
ただ、参加者が持ち込んだ機体を使って、互いの動きを確認する。
悠真は参加を申請した。
訓練区画に入ると、すでに十人ほどのプレイヤーが集まっていた。
近接戦闘型。
遠距離射撃型。
速度を重視した機体。
防御装甲を厚くした機体。
普段のランキングでは見かけない構成もあった。
「YUMA?」
声をかけてきたのはNEROだった。
「昨日はありがとうございました」
「こっちこそ。今日は勝敗を気にせず、いろいろ試そうと思ってね」
NEROは自分の機体を指した。
「昨日と同じ構成だけど、腕部の設定を少し変えてある」
「そうなんですか」
「実際に動かさないと、変化が分からないから」
訓練区画の中央では、すでに二人のプレイヤーが向かい合っていた。
一方が攻撃し、もう一方が回避する。
一定時間が経つと、役割を交代する。
見ているプレイヤーたちは、機体の動きや攻撃の届く距離を確認していた。
悠真はしばらく見学してから、自分の機体を登録した。
最初の相手は、RUKAというプレイヤーだった。
機体は軽量型。
武装は少なく、代わりに移動速度が高い。
「じゃあ、最初は普通に動いてみようか」
「はい」
開始の合図が出た。
RUKAはすぐに動いた。
悠真が射撃すると、機体を横へ滑らせて避ける。
さらに距離を詰めると見せかけて、直前で方向を変えた。
悠真は照準を合わせ直した。
しかし、RUKAはすでに別の位置へ移動している。
何度か攻撃を試したが、命中したのは一発だけだった。
終了の合図が鳴る。
「速いですね」
悠真が言うと、RUKAは首を振った。
「速いだけだよ。装甲は薄いし、攻撃を受けたらきつい」
「でも、狙いにくかったです」
「そっちは撃つ時、機体を止めることが多いね」
悠真は自分の操作を思い返した。
「……確かに」
「止まって撃つのが悪いわけじゃないよ。狙いは安定するし。ただ、相手が動いている時は、その間に位置を変えられる」
RUKAは自分の機体を少し動かした。
「移動しながら撃つ練習をすると、また違うと思う」
悠真は礼を言い、次の相手を待った。
二人目は防御型の機体だった。
こちらは攻撃を当てやすかったが、装甲が厚く、簡単には動きを止められなかった。
三人目は遠距離射撃型。
距離を詰めようとすると射撃を受け、遮蔽物を使うと別の角度から狙われた。
相手が変わるたびに、同じ操作では対応できない場面が出てきた。
悠真は途中で装備を変更した。
移動補助パーツを使い、移動しながら照準を合わせる。
最初は照準が大きくぶれた。
二度目も、攻撃は外れた。
三度目。
短い移動の途中で照準を合わせ、相手の進行方向へ射撃する。
今度は一発当たった。
「おっ」
悠真は思わず声を出した。
大きな成果ではない。
それでも、さっきまでできなかった操作が、一度だけ形になった。
休憩時間になると、参加者たちはそれぞれの機体の周りに集まった。
あるプレイヤーは武器の設定を変更し、別のプレイヤーは脚部パーツを取り外していた。
「この部品、数字だけ見ると良さそうなんだけどな」
「実戦だと重いんだよね」
「じゃあ、別の装備と組み合わせたら?」
「それも試した。悪くないけど、今度はエネルギーが足りなくなる」
誰も、すぐに答えを出しているわけではなかった。
悠真は自分の機体を見た。
昨日は、対戦に勝つことが目的だった。
今日は、勝つ必要がない。
その違いだけで、試せることがずいぶん増えていた。
休憩が終わると、NEROが声をかけた。
「最後に、二人ずつ組んで動いてみない?」
「二人で?」
「うん。一人が相手の動きを制限して、もう一人が攻撃する。普段の任務に近い形で」
何人かが賛成した。
悠真はRUKAと組むことになった。
相手は、防御型と遠距離射撃型の二機だった。
悠真たちの役割は、相手を倒すことではない。
相手の射線を避けながら、二人でどこまで接近できるかを試すことだった。
開始すると、RUKAが先に動いた。
高速で横へ移動し、遠距離射撃型の照準を引きつける。
悠真は遮蔽物の裏から前へ出た。
しかし、防御型の機体が間に入る。
悠真は進路を変えた。
RUKAが一度後退し、別の角度から動き直す。
その動きに合わせて、悠真も位置を変えた。
数秒後、二人は防御型の側面まで移動できた。
そこで終了の合図が鳴った。
「今の、悪くなかったね」
RUKAが言った。
「RUKAさんが先に動いてくれたからです」
「でも、途中で止まらずに位置を変えられたのはよかったよ」
悠真は記録を確認した。
接近に成功した時間は、最初の試行より短かった。
ただし、攻撃までつなげられたわけではない。
相手の防御型がもう少し早く向きを変えていたら、途中で止められていたかもしれなかった。
悠真は、その点も記録に残した。
昼前になると、参加者が少しずつ退出し始めた。
仕事や別の任務へ向かう者もいれば、装備を変えてもう一度試す者もいた。
NEROは掲示板に、今日の動作確認で分かったことをまとめていた。
『機体構成だけでなく、操作方法や相手との役割分担でも結果が変わる。今回の結果は訓練区画でのものなので、実際の任務で同じように動けるとは限らない』
悠真は投稿を読んでから、自分の記録を保存した。
移動しながらの射撃。
相手の進路を見て位置を変えること。
味方の動きに合わせること。
まだ、どれも十分にはできない。
けれど、次に試すことは見えていた。
悠真はNEROに礼を言い、訓練区画を出た。
ロビーへ戻ると、KAIからメッセージが届いていた。
『朝からどこにいた?』
『訓練区画で動作確認をしてた』
『珍しいな。PVPじゃないのか』
『勝敗なしのやつ。いろんな機体と動けた』
『面白そうだな』
『うん。また募集があったら参加する』
悠真は返信を終え、ログアウトした。
現実の部屋では、母親が昼食の準備をしていた。
「今日はもう終わり?」
「うん。いろんな機体を試してきた」
「楽しかった?」
「楽しかった。いつもは勝つか負けるかだけど、今日は違ったから」
母親は皿を並べた。
「そういう遊び方もあるのね」
「うん」
悠真は椅子に座った。
ゲームの中には、まだ知らない機体がある。
知らない操作がある。
同じ場所にいても、別の目的で遊んでいる人がいる。
すべてを知ることはできない。
それでも、今までとは違う遊び方を知ることはできた。
悠真は昼食を食べ始めた。
午後は、母親と買い物に行く予定だった。
今日の訓練は、そこで終わりにした。




