第百五十五章 知らない相手との一戦
金曜日。
悠真は学校から帰ると、ランドセルを机の横に置いた。
昨日より体は軽かった。
宿題を終え、明日の予定を確認してから、《クロスギア》にログインする。
【オンラインプレイヤー:206,183】
ロビーには、週末を前にしたプレイヤーたちの会話が流れていた。
『明日の共同任務、誰か行く?』
『人数次第かな』
『最近、野良だと役割決めるのに時間かかるんだよな』
『最初に決めればいいだけだろ』
悠真は掲示板を眺めた。
今日は特に予定を決めていなかった。
その時、対戦募集の一覧に目が止まった。
募集主はNERO。
条件は、ランキング制限なし。装備変更可。三戦ではなく、一戦のみ。
説明には短く書かれていた。
『普段使わない機体の動きを確認したい。勝敗は記録する』
悠真は少し迷った。
昨日は対戦をしなかった。
今日は、試してみてもよさそうだった。
参加を申請する。
しばらくして、対戦開始の通知が届いた。
フィールドは市街地訓練区画。
低い建物と道路、いくつかの遮蔽物が配置されている。
相手の機体は、標準型よりも腕部が大きく、近接攻撃に向いた構成だった。
悠真は機体の装備を確認した。
中距離射撃と、移動補助パーツ。
昨日試した部品を、そのまま装備していた。
【対戦開始】
NEROはすぐには動かなかった。
悠真も、無理に距離を詰めなかった。
数秒後、相手が道路の中央を進み始めた。
悠真は建物の陰から射撃した。
攻撃は腕部装甲に当たった。
NEROは速度を落とさず、遮蔽物を回り込んでくる。
悠真は後退しながら射撃を続けた。
相手の接近を防ぐことはできている。
しかし、相手も無理に突っ込んではこなかった。
建物の角で一度停止し、悠真の射線から外れる。
悠真は位置を変えた。
その瞬間、NEROが飛び出した。
「えっ!」
予想よりも速かった。
悠真は回避したが、完全には避けられない。
腕部の攻撃が機体の側面をかすめた。
【機体耐久値:76%】
悠真は距離を取り直す。
今度は、相手が進む方向を見た。
NEROは道路を横切り、次の建物へ向かおうとしている。
悠真は移動補助パーツを使って短く加速し、先に射線を確保した。
射撃が二発当たる。
相手の機体が止まった。
しかし、悠真はそこで攻撃を続けなかった。
NEROの腕部が、建物の陰からわずかに見えていた。
近づけば、再び接近攻撃を受ける可能性がある。
悠真は距離を保った。
数秒後、NEROが別の出口から現れた。
悠真は射撃したが、相手は建物の裏へ戻る。
時間が過ぎていく。
どちらも決定的な攻撃を当てられなかった。
残り時間が少なくなったところで、NEROが再び前へ出た。
悠真は後退せず、横へ移動した。
相手の攻撃が空を切る。
その直後、悠真の射撃が相手の脚部に当たった。
NEROの機体が大きく傾いた。
悠真は続けて攻撃を当てた。
【対戦終了】
【対戦結果:勝利】
悠真は息を吐いた。
「……勝った」
画面には、両者の機体耐久値と対戦時間が表示されていた。
悠真の機体も、耐久値は四割ほどまで減っている。
余裕のある勝利ではなかった。
対戦終了後、NEROからメッセージが届いた。
『最後、後ろに下がると思った』
悠真は返信した。
『近づかれると危ないと思ったので、横に動きました』
『なるほど。あの機体、後退すると追いつきやすいんだよ』
悠真は相手の機体を思い返した。
大きな腕部。
短い距離での加速。
接近戦に向いた構成。
確かに、距離を取ろうとするだけでは、追いつかれていたかもしれない。
『最初に撃たれた時、こっちはそのまま進めると思った。あそこで止まって射線を切ったら、そっちも位置を変えたから、次は別の出口を使った』
悠真は、その文章を読み直した。
NEROも、悠真の動きを見ていた。
自分だけが相手を観察していたわけではない。
『勉強になりました。ありがとうございました』
『こちらこそ』
メッセージはそこで終わった。
悠真は対戦履歴を保存した。
勝ったからといって、次も勝てるとは限らない。
同じ機体でも、相手が変われば動き方も変わる。
それでも、今日の対戦で一つ分かったことがあった。
相手の攻撃を避けることと、ただ距離を取ることは同じではない。
ロビーへ戻ると、KAIからメッセージが来ていた。
『今日はやった?』
『うん。一戦だけ』
『どうだった?』
『勝ったけど、結構ぎりぎり』
『なら、いい練習になったな』
悠真は短く笑った。
その後、掲示板で明日の共同任務を探した。
いくつか募集はあったが、開始時間が合わなかった。
無理に参加する必要はない。
悠真は募集を閉じ、ログアウトした。
現実の部屋に戻ると、母親が洗濯物を畳んでいた。
「今日は早かったね」
「一戦だけだったから」
「勝ったの?」
「うん。でも、危なかった」
「そうなの」
母親は畳んだ服を棚に置いた。
「勝った時も、負けた時も、疲れたら休むのよ」
「分かってる」
悠真は机に向かい、明日の予定を確認した。
明日は土曜日。
学校は休みだ。
朝から遊ぶこともできる。
ただ、今日の対戦をもう一度やりたいとは思わなかった。
同じ相手と、同じ条件で、もう一度戦っても、同じ結果になるとは限らない。
今は、今日の一戦だけで十分だった。
悠真は明日の目覚ましを確認し、机の上を片づけた。
週末は、まだ始まったばかりだった。




