第百五十四章 いつも通りではない朝
木曜日。
悠真は朝、目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
いつもなら、もう少し眠っていたいと思う時間だった。
昨夜は《クロスギア》を早めに終えた。それでも、目を開けた時には少し体が重かった。
布団の中でしばらく天井を見てから、ゆっくり起き上がる。
「……眠い」
洗面所で顔を洗い、朝食を食べる。
母親は悠真の様子を見ていたが、すぐには何も言わなかった。
「昨日、早めに終わったんじゃなかった?」
「うん」
「それでも眠いの?」
「ちょっとだけ」
「学校から帰ったら、先に休んでもいいからね」
「分かった」
悠真はランドセルを背負い、学校へ向かった。
午前中の授業は、いつも通り進んだ。
国語の小テストも終わった。
間違えた問題は一つあったが、分からなかったわけではない。文章の一部を読み飛ばしていた。
昨日、ゲームの対戦で負けた時と、少し似ていると思った。
見ているつもりでも、見落とすことがある。
ただ、それ以上は考えなかった。
放課後、友達と少し話してから帰宅する。
宿題を始める前に、悠真はソファに座った。
十分だけ休むつもりだった。
気づくと、窓の外の光が少し変わっていた。
「……あれ?」
時計を見る。
二十分ほど眠っていたらしい。
母親が台所から顔を出した。
「起きた?」
「寝ちゃった」
「疲れていたんじゃない?」
「そうかも」
悠真は目をこすった。
ゲームに負けた時のような悔しさはなかった。
ただ、今日はいつもより眠かった。
宿題を終えてから、《クロスギア》にログインする。
【オンラインプレイヤー:201,436】
前日より数字が増えていた。
悠真は一度だけ確認し、ロビーへ入った。
ランキングPVPの対戦募集が表示されている。
昨日の対戦履歴も残っていた。
GAKUの名前を探しかけて、やめた。
今日は対戦をするつもりではなかった。
掲示板を開くと、中央整備区画で部品の動作確認会が開かれていた。
参加条件は特になく、持ち込んだ部品を訓練設備で試せるらしい。
悠真は以前交換した移動補助パーツを持って、会場へ向かった。
整備区画には、すでに何人かのプレイヤーが集まっていた。
機体を動かしている者もいれば、部品を取り外して数値を比較している者もいる。
「それ、移動補助の新しいやつ?」
近くにいたプレイヤーが、悠真の機体を見て尋ねた。
「新しいというか、交換で手に入れたものです」
「使ってみてどう?」
「移動中のエネルギー消費は少し減りました。でも、曲がる時の動きは、まだよく分かってなくて」
「じゃあ、あのコースで試すといいよ。直線だけだと差が出にくいから」
プレイヤーが指した先には、曲がり角と短い坂道が組み合わされた試験コースがあった。
悠真は礼を言い、機体を走らせた。
一周目。
直線では安定していたが、急な曲がり角で機体が外側へ流れた。
二周目。
速度を少し落とし、曲がる前に方向を調整する。
今度は通過できた。
しかし、坂道を上った後の切り返しでは、思ったより大きくエネルギーを消費した。
「うーん……」
悠真が機体を止めると、先ほどのプレイヤーが近づいてきた。
「どうだった?」
「直線はいいです。でも、坂の後が難しいです」
「速度を維持したまま曲がろうとしてない?」
「してます」
「このパーツ、移動中の消費は抑えられるけど、方向転換まで楽になるわけじゃないからね」
悠真は試験結果を確認した。
確かに、直線区間では以前の装備より消費が少ない。
一方で、方向転換時の数値には、ほとんど差がなかった。
便利な部品でも、何でもできるわけではない。
悠真は結果を掲示板に投稿した。
すると、別のプレイヤーから質問が来た。
『坂道の後、速度を落とした場合も試した?』
悠真は画面を見た。
まだ試していなかった。
もう一度コースを走る。
坂道の手前で速度を落とし、上り切ったところで機体の向きを変える。
さっきよりも滑らかに曲がれた。
エネルギー消費は少し増えたが、機体の姿勢は安定していた。
悠真は追加の結果を投稿した。
『速度を落とすと曲がりやすくなりました。ただ、エネルギー消費は少し増えます』
すぐに返事が来た。
『ありがとう。こっちでも試してみる』
それだけだった。
悠真はほかの機体も眺めてから、会場を出た。
対戦で勝ったわけではない。
ランキングも変わっていない。
それでも、今日は来てよかったと思った。
ロビーへ戻る途中、KAIからメッセージが届いた。
『今日、対戦する?』
悠真は少し考えてから返信した。
『今日はやめておく。ちょっと眠い』
『了解。また今度』
短いやり取りだった。
以前なら、誘われたら一度くらいは参加していたかもしれない。
けれど、今日は対戦を始めても、途中で集中できなくなる気がした。
悠真はログアウトした。
夕食の前に、母親が尋ねた。
「今日はどうだった?」
「部品の試験をしてきた」
「昨日の対戦は?」
「今日はしてない。眠かったから」
母親は少しだけ表情を緩めた。
「そう。じゃあ、今日は早く寝られそうね」
「うん」
悠真は夕食を食べながら、試験コースでの結果を思い返した。
部品を変えれば、機体の動きも変わる。
ただし、数値がよくなったからといって、すべての場面で使いやすくなるわけではない。
実際に動かしてみなければ分からないことがある。
それは、ゲームの中だけの話ではないのかもしれなかった。
食事を終えると、悠真は明日の時間割を確認した。
その後、少しだけ本を読んだ。
夜。
布団に入ると、いつもより早く眠気がやってきた。
悠真は目を閉じた。
明日、目が覚めた時にまだ眠ければ、また少し休めばいい。
《クロスギア》は、明日もそこにある。
今日できなかったことを、今日のうちに全部やる必要はなかった。




