第百五十三章 負けたあとの時間
水曜日。
悠真は学校から帰ると、いつものように宿題を済ませた。
算数の問題を解いている途中、最後の一問で手が止まった。
計算そのものは難しくない。
ただ、問題文に書かれた条件を一つ読み落としていた。
答えが合わない理由に気づくまで、少し時間がかかった。
「……あ、そういうことか」
悠真は消しゴムで途中式を消し、最初から解き直した。
今度は正解だった。
宿題を終えてから、《クロスギア》にログインする。
【オンラインプレイヤー:198,762】
ロビーには、ランキングの更新が表示されていた。
総合ランキング。
一位、KAI。
二位、RION。
三位、YUMA。
悠真は自分の順位を確認し、画面を閉じた。
今日は、何かを競う気分だった。
掲示板を開くと、ランキングPVPの対戦募集がいくつも並んでいた。
悠真は条件の近い相手を探し、対戦を申し込んだ。
相手の名前はGAKU。
ランキングは悠真より少し下だった。
対戦が始まる。
最初の攻撃は、悠真が先に仕掛けた。
相手の機体は後退しながら射撃を行うタイプだった。
悠真は遮蔽物を利用して距離を詰めた。
相手が横へ移動したところで攻撃を当てる。
しかし、GAKUはすぐに反撃した。
悠真の機体が大きく揺れる。
「うわっ」
画面の端に警告が表示された。
【機体耐久値:61%】
悠真は距離を取り直した。
相手は追いかけてこなかった。
代わりに、先ほど悠真が通った場所へ射撃を続けている。
悠真は反対側から回り込もうとした。
その瞬間、足元に攻撃が着弾した。
移動経路を読まれていた。
悠真は姿勢を崩し、追撃を受けた。
【機体耐久値:18%】
「待って、ちょっと……!」
立て直そうとしたが、間に合わなかった。
次の攻撃で機体が停止した。
【対戦結果:敗北】
悠真は画面を見つめた。
最初の攻撃は通った。
距離も詰められた。
それなのに、最後は相手の攻撃を避けられなかった。
対戦履歴を開く。
被弾した位置と、攻撃が行われた時間が表示されていた。
GAKUは、悠真が遮蔽物の裏へ移動するたびに、出口になりそうな場所へ攻撃を置いていた。
悠真は相手の機体を追うことばかり考えていた。
そのため、相手がどこへ攻撃を向けているのか、十分に確認していなかった。
「……そっちを狙ってたのか」
悠真は履歴を閉じた。
もう一度対戦を申し込もうかと思った。
しかし、相手の募集はすでに終了していた。
仕方なく、別の対戦相手を探した。
二戦目は勝った。
三戦目も勝った。
四戦目は、相手の接近攻撃に対応できずに負けた。
その時点で、接続画面の端に注意表示が出た。
【接続負荷が上昇しています】
【継続する場合、接続可能時間が短縮されることがあります】
悠真は表示を見た。
まだ遊びたい気持ちはあった。
ランキングの変動も気になる。
もう一戦だけなら、できるかもしれない。
そう思って対戦一覧を開いたところで、指が止まった。
さっきの敗北で、何が悪かったのかは分かっている。
けれど、今すぐ次の対戦を始めたところで、同じ失敗をしないとは限らない。
それに、疲れている状態で続けても、相手の動きを落ち着いて見られないかもしれなかった。
悠真は対戦一覧を閉じた。
代わりに、機体整備の画面を開いた。
最近使っていなかった脚部パーツが目に入った。
旋回性能は高いが、長時間の移動ではエネルギー消費が増える。
以前は扱いにくいと思っていた部品だった。
悠真は装備を変更し、訓練区画へ移動した。
敵のいないコースを走る。
曲がり角で機体を旋回させ、狭い通路を通り抜ける。
対戦の時と違い、相手の攻撃を気にする必要はない。
その代わり、機体の動きそのものに集中できた。
二周ほど走ったところで、悠真は操作を止めた。
旋回の反応はよかった。
ただし、急に方向を変えた時は姿勢が乱れやすい。
対戦で使うなら、慣れるまで練習が必要になりそうだった。
「今日は、これくらいでいいか」
悠真は訓練区画を出た。
ロビーに戻ると、GAKUの対戦記録が更新されていた。
悠真との対戦後、別のプレイヤーとも戦っているらしい。
勝敗の記録だけが並んでいる。
GAKUがどんなことを考えて戦っていたのかは、記録からは分からなかった。
悠真は自分のランキングを確認した。
三位のままだった。
少しだけ安心した。
同時に、今日の負けが順位に大きく影響しなかったことに、ほっとしている自分にも気づいた。
負けること自体より、順位が落ちることのほうが気になっていたのかもしれない。
悠真はその画面を閉じた。
今日はもうログアウトすることにした。
現実の部屋へ戻ると、机の上に学校の連絡帳が置いてあった。
明日は国語の小テストがある。
悠真は範囲を確認し、教科書を開いた。
しばらく読んでいると、母親が部屋をのぞいた。
「今日はもう終わり?」
「うん。対戦で負けたから、少し整備して、それで終わりにした」
「悔しかった?」
「うん。勝てると思ったんだけど」
母親は机の端に置かれた消しゴムを見た。
「でも、次に何をすればいいかは分かったの?」
「少しは。相手の動きをちゃんと見てなかった」
「そう」
母親はそれ以上、何も言わなかった。
悠真は教科書に目を戻した。
ゲームの中で負けたことと、学校の小テストで間違えることは違う。
それでも、間違えた理由を探して、もう一度試すことはできる。
もちろん、いつもすぐに分かるわけではない。
今日の対戦だって、相手が何を考えていたのか、すべて分かったわけではなかった。
悠真は教科書を閉じた。
明日の小テストで間違えないかどうかは、まだ分からない。
ただ、今夜できる準備は終わった。
それで十分だった。




