第百四十九章 増えていく選択肢
土曜日。
悠真が《クロスギア》にログインすると、ロビーは平日よりも賑わっていた。
【オンラインプレイヤー:243,807】
掲示板には、週末限定のイベントや任務募集が並んでいる。
新しい装備の試用会。
複数人で挑戦する高難度任務。
初心者向けの操作練習。
そして、中央市街の広場で行われる部品交換会。
悠真はしばらく投稿を眺めていた。
以前なら、ログインするとすぐに任務を選んでいた。
最近は、掲示板を見る時間も増えている。
誰かが募集を出し、別の誰かが参加し、終わった人が結果を残す。
その繰り返しで、ロビーには少しずつ新しい選択肢が増えていた。
悠真は部品交換会の投稿を開いた。
『使わなくなった補助部品を持ち寄って、必要なものと交換しませんか。売買ではなく交換が中心です。型式と状態を確認してから決めてください』
会場は中央市街の広場。
参加条件はなく、見学だけでもよいらしい。
悠真は行ってみることにした。
広場に着くと、いくつかの机が並んでいた。
机の上には、移動補助部品、予備装甲、照準補助装置、エネルギー効率を改善する部品などが置かれている。
プレイヤーたちは、自分の装備画面を開きながら、互換性や使用感について話していた。
「これ、どの機体に使えるんですか?」
悠真が一人のプレイヤーに尋ねた。
「中型機なら大体使える。ただし、旧型は接続規格が違う場合があるから、そこは確認したほうがいい」
「なるほど」
「君も交換するのか?」
「使っていない部品があるから、合うものがあれば」
悠真は自分の所持品を確認した。
以前の装備から外した補助部品が一つ残っていた。
攻撃時のエネルギー消費をわずかに抑えるものだが、今の装備構成では別の部品を優先している。
性能が悪いわけではない。
ただ、今の自分には使う機会が少なかった。
悠真は交換希望を出した。
しばらくすると、一人のプレイヤーが近づいてきた。
「その部品、交換できる?」
相手が見せたのは、移動時のエネルギー消費を抑える補助部品だった。
悠真は詳細を確認した。
移動中の負担を減らす代わりに、攻撃時のエネルギー効率には影響しない。
今使っている装備には取り付けられる。
「これなら使えそうです」
「じゃあ、互換性を確認してから交換しよう」
二人は装備画面を開き、型式と状態を照合した。
問題はなかった。
交換が成立すると、悠真は新しい部品を装備に取り付けた。
移動時のエネルギー消費が、表示上では少し減っている。
ただし、実際の任務でどれほど違いが出るかは、まだ分からなかった。
悠真は交換相手に礼を言い、広場を離れた。
その時、KAIからメッセージが届いた。
『今、広場にいるのか?』
『うん。部品交換会を見てた』
『俺も少し前に来た。新しい部品を試してみないか』
『いいよ』
二人は訓練区域へ向かった。
今回の部品は、移動中のエネルギー消費を抑えるものだった。
悠真は、まず同じコースを二回走って比較することにした。
一回目は交換した部品を装備し、二回目は以前の部品に戻す。
ただし、走行時間や操作の違いも結果に影響する。
完全に同じ条件になるとは限らなかった。
「じゃあ、始めよう」
KAIが合図を出した。
悠真は訓練コースを走り始めた。
直線区間を抜け、障害物を避け、最後の坂道を登る。
走行時間は、以前と大きく変わらなかった。
しかし、終了時のエネルギー残量にはわずかな差があった。
「少し減り方が違うね」
『表示どおりなら、長い移動では差が出るかもしれないな』
「うん。でも、一回だけじゃ分からないよ」
二人はもう一度、同じコースを走った。
今度は、途中の障害物を避ける経路が少し変わった。
走行時間もエネルギー残量も、最初とは異なる結果になった。
悠真は記録を見比べた。
新しい部品が役立つ可能性はある。
ただし、どんな場面でも優れているとは言えなかった。
短い移動なら、違いは小さい。
長い移動では、消費を抑える効果が積み重なるかもしれない。
実際の任務で試す必要があった。
『今度、移動の多い任務で使ってみればいい』
KAIが言った。
「そうだね。今日はここまでにしよう」
『了解』
悠真は装備を元に戻さず、そのまま保存した。
次の任務で使ってみるつもりだった。
ロビーへ戻ると、部品交換会の投稿に新しい返信が増えていた。
『交換成立しました』
『旧型の部品も、探している人がいるようです』
『互換性を確認せずに交換しようとしていた人がいたので、型式表示を追加しました』
交換会の主催者は、最後に短いまとめを投稿していた。
『次回は、装備の互換性を確認する場所を設けます。交換前に状態を確かめてください』
悠真はその投稿を読んだ。
交換会そのものは、特別なイベントではない。
それでも、使わなくなった部品を必要とする人がいて、交換することで新しい使い道が生まれる。
そして、実際にやってみると、事前に確認しておくべきことも見つかる。
次回には、その経験が反映されるのだろう。
悠真は時計を確認した。
そろそろ昼食の時間だった。
ログアウトすると、母親が買い物の準備をしていた。
「今日はもう終わり?」
「うん。部品交換会に行ってきたんだ」
「交換会?」
「使わなくなった装備の部品を、ほかの人が持っているものと交換するんだよ。僕も一つ交換した」
「必要なものが手に入ったの?」
「うん。でも、本当に役に立つかは、もう少し試してみないと分からない」
母親は頷いた。
「使ってみてから考えるのね」
「そうだね」
悠真は手を洗い、昼食の席についた。
ゲームの中では、任務だけでなく、プレイヤー同士が部品を交換したり、装備を試したりする機会が増えていた。
誰かが使わなくなったものを、別の誰かが必要としていることもある。
新しい装備を手に入れなくても、今あるものを組み合わせることで、できることが変わるかもしれない。
悠真は昼食を食べ終え、午後の予定を考えた。
新しい部品を使って任務に行くこともできる。
KAIやRIONを誘って対戦することもできる。
あるいは、今日はもうゲームをせず、母親の買い物についていってもいい。
選べることが増えたからといって、全部を試す必要はなかった。
悠真は母親に声をかけた。
「買い物、僕も一緒に行くよ」
「ありがとう。じゃあ、少ししたら出かけましょう」
悠真は自分の部屋に戻り、ゲーム機の電源が切れていることを確認した。
新しい部品は、次にログインした時も装備欄に残っている。
試すのは、その時でいい。
今は、午後の買い物に出かける時間だった。




