第百四十七章 使われなくなった場所
木曜日。
悠真は小テストを終えて帰宅すると、いつものように宿題を済ませてから《クロスギア》にログインした。
【オンラインプレイヤー:201,946】
ロビーでは、期間限定イベントの告知が流れていた。
『旧市街区画・設備再利用計画』
対象区域に残された設備や資材を調査し、再利用できるものを確認する任務だった。
戦闘が主目的ではない。
現地のNPC作業員と協力し、設備の状態を調べ、必要な情報を記録する。
悠真は詳細を開いた。
対象区域は中央市街の北側にある旧市街区画。
以前は輸送車両の整備や部品の保管に使われていたらしい。
現在は一部の施設だけが使われ、残りは管理担当者による点検を待っている。
悠真は参加を選択した。
転送された先には、低い建物がいくつも並んでいた。
道路の端には古い標識が残り、建物の壁には取り外された看板の跡がある。
人の姿は少なかったが、区域の入口ではNPC作業員が道具を運んでいた。
「調査に来たプレイヤーか?」
作業員が声をかけた。
「はい」
「なら、まずは西側の資材置き場を見てくれ。中にある部品を分類しているが、まだ確認できていない箱がある」
「分かりました」
悠真は指定された建物へ向かった。
入口の扉は開いていた。
中には棚が並び、金属部品や工具が箱ごとに分けられている。
作業員が一人、棚の前で記録端末を操作していた。
「この箱の中身が、台帳と一致しないんだ」
作業員が箱を指した。
悠真は端末の表示と箱のラベルを見比べた。
台帳には交換用の駆動部品が十二個と記録されている。
しかし、箱の中にあるのは九個だった。
「三個足りないですね」
「そうなんだ。別の棚へ移したのか、以前の記録が間違っていたのか、まだ分からない」
悠真は周囲の棚を確認した。
同じ型式の部品が別の箱に入っている可能性はある。
だが、型式番号が似ているだけで、互換性があるとは限らない。
彼は箱の表示と部品番号を記録し、作業員に伝えた。
「ほかの棚も確認してみる。勝手に移動させないほうがいいですよね」
「そうだな。分類が終わるまでは、そのままにしておいてくれ」
悠真は頷き、次の棚へ進んだ。
その後もいくつかの箱を確認した。
記録と実際の数量が一致しているものもあれば、ラベルが古く、現在の分類方法に合っていないものもあった。
すべてが異常というわけではない。
古い台帳が更新されていないだけの可能性もある。
悠真は確認した結果を一つずつ保存した。
資材置き場を出ると、入口の作業員が別のプレイヤーと話していた。
「東側の建物は、以前は部品の検査に使っていたらしい」
「今は使っていないんですか?」
「定期的には使っていない。設備の状態を確認して、再利用できるか調べているところだ」
悠真はその会話を聞きながら、地図を開いた。
次の確認地点は、その東側の建物だった。
建物の前には、古い運搬台車が置かれていた。
車輪の一つが外され、横には交換用と思われる部品が並んでいる。
扉のそばにはNPC作業員がいた。
「中を見たいのか?」
「はい。設備の確認に来ました」
「構わない。ただ、奥の区画は今、別の作業員が調べている。通路を塞がないようにしてくれ」
悠真は建物に入った。
室内には検査台と古い制御端末が残されていた。
壁際の棚には、使われていない工具が整然と並んでいる。
設備の一部には使用停止の表示があったが、破損しているわけではなかった。
悠真は制御端末の表示を確認した。
電源は切られている。
記録には、以前の点検日が残っていた。
ただし、停止した理由までは表示されていない。
「これも、再利用できるか調べているのかな」
独り言を呟き、状態を記録する。
奥へ進もうとしたところで、別の作業員に声をかけられた。
「そこから先は、まだ確認中だ。今日は手前だけにしてくれ」
「分かりました」
悠真は指示に従い、入口へ戻った。
外に出ると、運搬台車の修理をしていた作業員が、交換した車輪を取り付けていた。
「これ、また使うんですか?」
悠真が尋ねると、作業員は手を止めた。
「使えるなら使う。新しいものを用意するより、修理したほうがいい場合もあるからな」
「なるほど」
「ただ、古いものなら何でも使えるわけじゃない。部品が手に入らないものもあるし、修理するより交換したほうがいいものもある」
作業員は車輪を回し、動きを確かめた。
「状態を見て決める。それだけだ」
悠真はその様子を少し眺めた。
使われなくなった建物。
台帳と数量が合わない部品。
停止したままの制御端末。
そして、修理されて再び使われようとしている運搬台車。
同じ旧市街区画にあっても、状態はそれぞれ違っていた。
悠真は最後の確認地点へ向かった。
そこには、小さな部品販売所があった。
棚には古い型式の部品が並び、店員のNPCが在庫を整理している。
「調査任務の人かい?」
「はい。設備の再利用について確認しています」
「なら、この販売所も対象だな。以前は閉めていたんだが、最近、古い型式の装備を使うプレイヤーが増えたから、在庫を調べ直している」
悠真は棚を見た。
見覚えのある補助部品もあった。
今使っている装備には合わないものだったが、別の機体なら使えるかもしれない。
「こういう部品を買う人がいるんですね」
「いるよ。新しい装備に替える人もいれば、使い慣れた装備を修理して使う人もいる。必要なものは人によって違う」
店員は在庫表を確認した。
「ただし、古い部品は在庫が少ない。いつでも手に入るとは限らないな」
悠真は部品の型式を一つ記録した。
購入はしなかった。
今のところ必要ではないからだ。
確認を終えると、任務結果が表示された。
【資材確認:完了】
【設備状態の記録:完了】
【未確認区画:あり】
【評価:A】
悠真はロビーへ戻った。
掲示板には、今回のイベントに関する投稿が増えていた。
『旧市街の部品販売所が営業を再開していた』
『古い運搬台車の修理を確認』
『資材の数量が台帳と一致しない箱あり。現地担当者へ報告済み』
それぞれ、別のプレイヤーが残した記録だった。
誰かは設備を調べ、誰かは部品を探し、誰かは修理の様子を見ていた。
同じ区域を訪れていても、見ているものは違う。
悠真は投稿を一通り読み、画面を閉じた。
今日は、特別な敵と戦ったわけではない。
珍しい装備を手に入れたわけでもない。
ただ、以前は使われていなかった場所で、何が残り、何が再び使われようとしているのかを見てきた。
それだけだった。
ログアウトすると、母親が夕飯の準備をしていた。
「今日は何をしていたの?」
「古い建物や部品を調べる任務。使われていなかった場所を、また使えるか確認していたんだ」
「使えるものはあったの?」
「運搬台車を修理していたよ。部品も売っていたけど、在庫が少ないみたい」
「新しいものを買うだけじゃなくて、直して使うこともあるのね」
「うん。でも、古ければ何でもいいわけじゃないって、作業員が言っていた」
母親は頷いた。
「状態を見て決めるのね」
「そう」
悠真は手を洗い、食卓についた。
ゲームの中では、使われなくなった場所が少しずつ調べられていた。
すぐに全部が元どおりになるわけではない。
修理できるものもあれば、交換が必要なものもある。
まだ確認が終わっていない場所も残っている。
悠真は明日の予定を考えながら、夕飯を食べた。
旧市街区画の調査は、まだ続くらしい。
けれど、次にそこへ行くかどうかは決めていなかった。
明日は明日で、別の任務があるかもしれない。
その時に、やりたいことを選べばいい。
悠真はそう考えて、食事を終えた。




