第百四十四章 誰かの記録
月曜日。
悠真は学校から帰り、宿題を済ませてから《クロスギア》にログインした。
【オンラインプレイヤー:208,764】
週末に比べると、ロビーは少し静かだった。
悠真は中央市街の掲示板を開いた。
昨日、装備の検証結果を投稿した場所だ。
新しい投稿がいくつか増えている。
任務の募集。
部品の交換希望。
道路の通行状況。
その中に、昨日見かけた観測装置についての投稿があった。
『森林南側の観測装置について、現地の整備記録を確認。現在も電源は正常。記録更新の遅れについては調査中』
投稿者は、昨日の投稿をしたプレイヤーとは別の名前だった。
悠真は詳細を開いた。
現地の整備員に確認したところ、装置そのものに大きな故障は見つかっていないらしい。
ただし、記録更新の遅れがいつから始まったのかは分からない。
原因もまだ特定されていなかった。
「直ってないんだ……」
悠真は画面を見つめた。
昨日の時点では、単なる更新の遅れだと思っていた。
今も、それだけで特別な問題だとは言えない。
しかし、別のプレイヤーが確認し、整備員も調べている。
少なくとも、誰かが記録を残し、その情報を受け取った人が確認を続けているようだった。
悠真は投稿を保存した。
そのまま掲示板を見ていると、別の投稿が目に入った。
『北部輸送路の旧型通信装置、送信履歴の一部が表示されない。現在の通信機能は正常。現地担当者へ報告済み』
悠真は手を止めた。
通信装置。
送信履歴。
現在の機能は正常。
以前、自分が点検した装置と似ている。
ただし、投稿された場所は北部輸送路だった。
悠真が確認したのは東部輸送路だ。
同じ型の装置なのか。
同じ仕組みを使っているのか。
それとも、別々の問題なのか。
投稿だけでは分からなかった。
悠真は詳細を開いた。
旧型通信装置の外装には、製造時期を示す表示が残っていた。
しかし、型式番号の一部が摩耗しており、現在使われている装置との互換性は不明とされていた。
投稿者は、現地の担当者へ報告したことだけを書いていた。
それ以上の推測はなかった。
悠真は少し考えた。
自分が見た装置も、現在の動作状態は正常だった。
それなのに、記録の更新は止まっていた。
送信処理も失敗した。
今回の投稿にも似た特徴がある。
けれど、似ていることと、同じ原因であることは別だった。
悠真は二つの投稿を並べて表示した。
場所は違う。
装置の種類も、完全には一致していない。
記録に関する問題が起きていることは分かるが、それだけでは何も決められなかった。
その時、ロビーにKAIが現れた。
『何を見てるんだ?』
『掲示板。通信装置の記録について、似たような投稿があった』
『故障か?』
『分からない。動作は正常なのに、記録がおかしいらしい』
『それなら、整備員が調べるんじゃないか』
『うん。もう報告したって書いてある』
KAIは少し間を置いてから返事をした。
『なら、今すぐ俺たちが何かする必要はなさそうだな』
『そうだね』
『任務に行くか?』
悠真は掲示板を閉じた。
今日は通信装置について、これ以上確認できることはなさそうだった。
『うん。短い任務にしよう』
二人は森林区域の巡回任務を受けた。
指定地点を確認し、道路の状態と周辺設備を記録する。
戦闘が起きた場合は、出現した機械獣を排除する。
転送先に到着すると、KAIが地図を開いた。
『俺は北側を回る。悠真は南側を頼む』
『分かった。何かあったら連絡する』
二人は別々の道を進んだ。
悠真が最初の指定地点に到着すると、道路脇の案内標識が傾いていた。
周囲を確認する。
標識の支柱が地面から少し浮いている。
近くのNPC作業員に知らせると、作業員は工具を取りに戻った。
悠真は修理を待たず、次の地点へ向かった。
そこでは、道路の一部に小さな亀裂が見つかった。
通行に大きな支障はなさそうだったが、悠真は場所と状態を記録した。
最後の地点は、森林の外れにある小さな設備だった。
装置の電源は入っている。
表示された動作状態にも異常はない。
悠真は設備の情報を確認した。
記録の更新時刻は、現在の時刻に近かった。
少なくとも、昨日掲示板で見た装置と同じ状態ではない。
「こっちは普通だな」
悠真は状態を保存し、巡回を終えた。
ロビーへ戻ると、KAIも任務を終えていた。
『北側は問題なかった』
『こっちも大きな異常はなかったよ。標識と道路の修理を報告したくらい』
『じゃあ、今日はこれで終わりだな』
『うん』
二人は別れた。
悠真はログアウトする前に、もう一度掲示板を開いた。
通信装置に関する投稿には、まだ新しい情報がなかった。
森林の観測装置についても、調査中という表示のままだった。
何かが解決したわけではない。
新しい異常が見つかったわけでもない。
悠真は画面を閉じ、ログアウトした。
現実の部屋に戻ると、母親が夕飯の準備をしていた。
「今日は何をしていたの?」
「KAIと巡回任務をやってきたよ」
「何か見つかった?」
「標識が傾いていたのと、道路に小さな亀裂があったくらい。どっちも報告してきた」
「そう。ちゃんと直してもらえるといいわね」
「うん」
悠真は椅子に座った。
「それと、ゲームの掲示板に、通信装置の記録がおかしいって投稿があったんだ」
「前に見たものと同じなの?」
「似ているけど、同じかどうかは分からない。場所も違うし、装置の型式もはっきりしないんだ」
母親は料理をテーブルに置いた。
「じゃあ、まだ分からないことが多いのね」
「そうだね」
「それなら、分かったことだけ覚えておけばいいんじゃない?」
悠真は母親を見た。
「分かったことだけ?」
「うん。まだ分からないことまで、今すぐ決めなくてもいいでしょう」
悠真は少し考えた。
掲示板には、複数の記録があった。
現在の動作状態は正常。
記録の更新には問題がある。
場所や装置の型式は異なるか、まだ確認できていない。
それぞれを並べておくことはできる。
けれど、原因まで決めることはできない。
「そうだね」
悠真は頷いた。
夕飯を食べ終え、宿題と明日の準備を確認する。
そのあと、少しだけ本を読んだ。
寝る前に、悠真は今日見た掲示板のことを思い返した。
自分が見つけた異常だけでは、何も分からなかったかもしれない。
別のプレイヤーが残した記録があったから、似た事例があることを知ることができた。
それでも、二つの記録が同じ原因につながるとは限らない。
誰かが残した情報は、答えそのものではなかった。
ただ、次に確認するための手がかりにはなる。
悠真は本を閉じた。
明日も、ゲームの世界は動いているだろう。
誰かが新しい任務を受け、誰かが設備を修理し、誰かがまた別の記録を残す。
その中で何が分かるのかは、まだ分からない。
今は、それでよかった。




