第百四十三章 街の掲示板
日曜日。
悠真は朝食を食べ終え、母親と一緒に買い物へ出かけた。
帰ってきたのは昼前だった。
買ってきた食材を冷蔵庫に入れ、自分の部屋で少し本を読む。
昼食を済ませてから、《クロスギア》にログインした。
【オンラインプレイヤー:249,172】
週末のロビーは賑やかだった。
共同任務の募集。
ランキング戦の対戦相手探し。
装備の売買。
さまざまな会話が流れている。
悠真は任務一覧を開こうとして、ふと画面の隅にある通知に気づいた。
【中央市街:掲示板機能を更新しました】
「掲示板?」
悠真は通知を開いた。
これまでも任務の募集やイベントの告知はあった。
今回の更新では、それらとは別に、プレイヤーが自由に情報を投稿できる掲示板が追加されたらしい。
表示された案内には、いくつかの項目が並んでいた。
【任務募集】
【装備・部品交換】
【施設・地域情報】
【プレイヤー交流】
悠真は興味を持ち、中央市街へ移動した。
広場の一角に、掲示板が設置されていた。
近くではNPCの作業員が、掲示板の周囲に案内板を取り付けている。
「新しい掲示板ですか?」
悠真が尋ねると、作業員が振り返った。
「そうだ。以前は募集の情報がすぐに流れてしまってな。あとから確認できる場所が欲しいという話があったんだ」
「誰でも書けるんですか?」
「プレイヤーなら投稿できる。内容によっては、管理側で確認することもあるがな」
悠真は掲示板を開いた。
最初に表示されたのは、任務募集の一覧だった。
少人数の輸送任務。
森林の探索。
装備検証の協力者募集。
ランキング戦の練習相手。
どれも、ロビーのチャットで見かけるような内容だった。
ただし、掲示板なら、募集を見つけたあとで詳細を確認できる。
投稿時刻や参加条件も表示されていた。
悠真は地域情報の項目を選んだ。
そこには、プレイヤーが任務中に見つけた道路の状態や、施設の利用状況が投稿されていた。
『北部輸送路の分岐付近、通行可能。大型機械の移動あり』
『中央市街の部品店、移動補助パーツの在庫を確認』
『森林南側の観測地点、装置の電源は入っているが記録更新に遅れあり』
悠真の指が止まった。
最後の投稿が気になった。
以前、自分が点検した観測装置にも、記録の更新が止まっているものがあった。
ただし、投稿された場所は森林の南側だった。
悠真が確認したのは別の場所だ。
同じ種類の装置なのかも分からない。
悠真は投稿の詳細を開いた。
投稿者は、任務中に状態を確認しただけらしい。
電源は正常。
外装にも大きな損傷はない。
記録の更新時刻が、実際の確認時刻より古い。
それ以上の情報はなかった。
「同じようなことがあるんだ……」
悠真はつぶやいた。
しかし、原因が同じとは限らない。
装置の種類が違う可能性もあるし、記録更新の仕組みが同じなのかも分からない。
悠真は投稿を保存した。
そのあと、別の項目も確認した。
プレイヤー交流の掲示板には、短い投稿が並んでいた。
『初心者向けの装備相談、午後から広場で受け付けます』
『森林任務を一緒に回れる人を探しています』
『普段は一人で遊んでいるので、気軽に参加できる募集があるとうれしいです』
最後の投稿には、いくつか返信がついていた。
『自分も普段はソロです』
『人数が必要な任務だけ一緒にやるのもいいと思います』
『今度、時間が合ったら参加してみます』
悠真はそのやり取りを読んだ。
同じゲームを遊んでいても、いつも誰かと一緒にいるとは限らない。
一人で遊びたい人もいる。
必要な時だけ誰かと協力したい人もいる。
毎日のように仲間と集まる人もいる。
掲示板には、そうした違いがそのまま残っていた。
悠真は自分でも何か投稿しようかと考えた。
けれど、今すぐ書きたいことは思いつかなかった。
任務の募集をする予定もない。
特別な発見があったわけでもない。
無理に何かを書かなくてもいい。
掲示板を閉じ、ロビーへ戻ろうとした時、KAIからメッセージが届いた。
『掲示板、見たか?』
『うん。さっき見てた』
『装備の検証募集が出てる。参加する?』
悠真は募集の詳細を開いた。
【募集内容:移動補助装置の比較検証】
【参加人数:最大4人】
【予定時間:約20分】
【内容:同一コースでの移動性能・エネルギー消費の確認】
先日の部品交換会で手に入れた移動補助部品を、もう少し試してみたいと思っていた。
今回の募集なら、比較しながら確認できそうだった。
『参加してみようかな』
『じゃあ、俺も行く』
二人は募集に参加した。
会場は、中央市街の訓練施設だった。
すでに二人のプレイヤーが待っていた。
一人はRION。
もう一人は、悠真が初めて見る名前のプレイヤーだった。
『よろしく』
RIONが挨拶する。
『よろしく』
悠真も返事をした。
募集主が検証方法を説明した。
同じコースを走り、移動にかかった時間とエネルギー消費を記録する。
そのあと、補助部品を変更して、もう一度同じコースを走る。
ただし、装備以外の条件を完全にそろえられるわけではない。
操作の違いや、走行中のわずかなずれも結果に影響する可能性がある。
四人は順番にコースを走った。
悠真は最初に、普段使っている構成で走行した。
次に、先日交換した移動補助部品を装着した。
走り終えたあと、記録を比較する。
エネルギー消費は少し抑えられていた。
しかし、走行時間はほとんど変わらなかった。
「思ったより差が小さいな……」
悠真が言うと、募集主が答えた。
『直線だけなら、あまり差が出ないのかもしれない。曲がる場所が多いコースでも試してみよう』
四人はコースを変更した。
今度は障害物を避けながら進む必要がある。
悠真は移動補助を使い、曲がり角で機体の向きを調整した。
走行後の記録では、エネルギー消費に少し差が出ていた。
ただし、走行時間には個人差があった。
RIONは短い時間で走り終えたが、エネルギー消費は悠真より多かった。
もう一人のプレイヤーは時間がかかったものの、消費量は少なかった。
単純に、部品の性能だけで順位をつけることはできなかった。
操作の仕方によっても結果は変わる。
検証を終えると、募集主が記録を掲示板へ投稿した。
『直線コースでは大きな差は確認できず。障害物のあるコースでは、移動補助部品によってエネルギー消費に差が出た。ただし、走行時間は操作による個人差が大きく、今回の結果だけでは優劣を断定できない』
悠真はその文章を読んだ。
自分たちが試した結果が、ほかのプレイヤーにも見られるようになった。
誰かが同じ部品を使う時、参考になるかもしれない。
もちろん、すべての状況に当てはまるわけではない。
それでも、何も記録しないよりは、分かったことと分からなかったことを残しておく意味がある。
検証が終わると、RIONが通信を送ってきた。
『こういう募集なら、また参加してもいいな』
『うん。普段使わない部品も試せるし』
KAIも続けた。
『次は攻撃用の補助装置を比較してみるか』
『それも面白そう』
悠真は返事を送った。
そのあと、時間を確認してログアウトした。
現実の部屋では、母親が洗濯物をたたんでいた。
「今日は何をしていたの?」
「街に掲示板ができてたから、見てきたんだ」
「掲示板?」
「任務の募集とか、装備の情報とかを書ける場所。今日はそこで募集を見つけて、みんなで装備の検証をしたよ」
「役に立ちそうな場所ね」
「うん。自分が知らない情報も見られるし、試した結果をほかの人に伝えることもできる」
母親はたたんだ服を棚に置いた。
「自分だけで調べるより、ほかの人の結果も参考になるのね」
「そうだね。でも、誰かの結果がそのまま自分にも当てはまるとは限らないよ」
「どうして?」
「使い方も違うし、場所や状況も違うから」
母親は頷いた。
「参考にしながら、自分でも確かめるのね」
「うん」
悠真は自分の部屋へ戻った。
今日の検証では、劇的な発見があったわけではない。
部品を変えても、走行時間が大きく変わるとは限らなかった。
それでも、エネルギー消費には違いが見られた。
別のプレイヤーの結果も、自分の結果と同じではなかった。
その違いを含めて、記録として残すことができた。
悠真は掲示板で見つけた情報を思い出した。
森林の観測装置。
記録更新の遅れ。
以前、自分が見た通信中継装置の記録とも、どこか似ている。
ただし、まだ同じ問題だと判断することはできない。
明日、もう一度確認してもいい。
別の任務を受けてもいい。
今すぐ答えを出す必要はなかった。
悠真は本を開いた。
ゲームの中には、知らない情報がまだたくさんある。
掲示板ができたことで、それらを見つける機会が少し増えた。
そして、自分が見つけたことも、誰かにとっては新しい情報になるかもしれない。
それだけでも、今日の新しい掲示板には意味があった。




