第百三十八章 届かなかった通信
火曜日。
悠真が《クロスギア》にログインすると、ロビーの掲示板に新しい任務が追加されていた。
【任務名:東部輸送路・通信中継確認】
【主目標:指定された中継装置を確認する】
【追加目標:通信異常があれば記録する】
【推奨人数:1~3人】
悠真は募集内容を読んだ。
戦闘が中心の任務ではないらしい。
昨日、街の設備を点検したばかりだったので、今日は少し違う場所を歩いてみることにした。
任務を受注する。
転送先は、東部の輸送路だった。
道路の両側には岩場が広がり、遠くには小さな整備施設が見える。輸送機が通過するたび、地面に細かな振動が伝わってきた。
指定地点は三か所。
悠真は地図を確認し、最も近い中継装置へ向かった。
最初の装置は、道路脇の金属製の柱に取り付けられていた。
外装に目立った損傷はない。
操作画面を開くと、現在の通信状態は正常と表示された。
ただし、過去の記録には短い通信中断が残っていた。
【通信中断:3回】
【原因:不明】
【現在の状態:正常】
「今は動いてるんだよね……」
悠真は詳細を確認したが、記録から原因を特定することはできなかった。
異常履歴を保存し、次の地点へ向かう。
二つ目の装置も正常だった。
こちらには通信中断の記録がない。
悠真は状態を確認して、最後の地点へ移動した。
そこは輸送路から少し離れた、小さな作業場の近くだった。
装置の前では、NPCの整備員が工具箱を開いていた。
「点検に来たのか?」
「はい。通信中継装置を確認しています」
「それなら、こいつも見てくれるか。今朝から記録が更新されていないんだ」
整備員が装置を指さした。
悠真は操作画面を開いた。
電源は入っている。
内部診断も正常。
しかし、最後の通信記録は今朝より前の時刻で止まっていた。
【最終記録:1,892日前】
悠真は画面を見つめた。
現在の動作状態と、過去の記録が一致していない。
装置は正常と表示されているのに、最後の通信記録だけが何年も前だった。
「この装置、ずっと使われていなかったんですか?」
整備員は首をかしげた。
「分からんな。少なくとも、今朝から記録が増えていないのは確かだ。だが、通信機能そのものは動いている」
「記録を更新できない原因も、分からないんですか?」
「今のところはな。こちらでも調べてみる」
悠真は装置の情報を保存した。
その時、画面の端に小さな表示が現れた。
【送信処理を開始します】
数秒後。
【送信失敗】
【再試行しますか?】
悠真は一瞬、操作を止めた。
自分が何かを送信した覚えはなかった。
しかし、任務の確認画面には、異常記録を送信するための項目がある。
自動的に送信処理が始まったのかもしれない。
悠真は再試行を選んだ。
【送信中……】
しばらく待ったが、表示は変わらなかった。
やがて、再び失敗の文字が出た。
【送信失敗】
悠真は首をかしげた。
装置の現在の状態は正常と表示されている。
それでも、記録を送信できない。
原因は分からなかった。
悠真はその事実も任務記録に追加し、整備員へ伝えた。
「記録の送信も失敗しました」
「そうか。こちらでも確認しておこう」
それ以上の変化はなかった。
悠真は残りの確認項目を終え、任務を完了した。
【任務完了】
【主目標:達成】
【追加目標:達成】
【評価:A】
ロビーへ戻った悠真は、記録をもう一度開いた。
最初の装置には通信中断が三回。
二つ目には異常なし。
三つ目は現在の動作状態が正常でありながら、記録が更新されず、送信も失敗した。
どれも、それだけで大きな問題だとは言い切れない。
装置の古さが原因かもしれない。
記録を管理する機能に問題があるのかもしれない。
あるいは、単なる一時的な通信障害かもしれなかった。
悠真は記録を閉じた。
今日は、ここまででいい。
その時、KAIからメッセージが届いた。
『今、何してる?』
『通信中継装置の点検任務をやってた』
『戦闘なし?』
『ほとんどなかったよ。装置の記録がおかしいところがあったけど、原因は分からない』
『そういう任務もあるんだな』
『うん』
KAIは少し間を置いてから返事を送った。
『じゃあ、今度は戦闘に行こうぜ』
悠真は笑った。
『今日はもう時間がないから、また今度』
『了解』
悠真はログアウトした。
現実の部屋では、母親が洗濯物をたたんでいた。
「今日は早かったわね」
「うん。短い任務だったから」
「何をしていたの?」
「通信装置の点検。動いているのに、記録が送れない装置があったんだ」
母親は洗濯物をたたみながら尋ねた。
「壊れていたの?」
「それが分からないんだよ。動作は正常って表示されていたから」
「そうなの」
母親はそれ以上、詳しく聞かなかった。
悠真も、うまく説明できるほどのことは分かっていなかった。
夕飯のあと、宿題を確認し、明日の準備を済ませる。
寝る前に、悠真は今日の装置の表示を思い出した。
【最終記録:1,892日前】
ずいぶん古い記録だった。
けれど、古いからといって、何か特別な意味があるとは限らない。
ゲームの世界には、長い間使われていなかった設備もある。
記録だけが残り、現在の状態と一致しないこともあるだろう。
悠真はそれ以上考えず、布団に入った。
同じ頃。
《クロスギア》の管理施設では、日次の任務記録が集計されていた。
通信中継装置の点検結果も、その中に含まれていた。
担当者が一覧を確認し、送信失敗の記録に目を留めた。
「東部輸送路の中継装置か」
端末を操作する。
装置の現在の状態は正常。
記録の更新は停止。
送信処理は失敗。
いずれも、個別に見れば珍しい事象ではなかった。
担当者は異常記録を保留一覧へ移した。
「現地の整備記録と照合しておこう」
それだけだった。
調査を中断する理由も、緊急対応を始める理由も、まだなかった。
画面には、別の任務記録が次々と表示されていく。
通信中継装置の記録は、その一覧の中に埋もれていった。
今のところ。
誰も、その失敗が何を意味するのか知らなかった。




