第百三十五章 週末の約束
土曜日。
悠真が《クロスギア》にログインすると、ロビーは朝から賑わっていた。
【オンラインプレイヤー:248,936】
任務の募集欄には、普段より多くの項目が並んでいる。
装備の交換を呼びかける声。
対戦相手を探す声。
久しぶりにログインした友人を見つけた声。
週末になると、こうした光景が増える。
悠真はチャットを眺めながら、今日やりたいことを考えていた。
先日の合同演習は面白かった。
北部輸送路の任務も、同じ内容でも違う展開になった。
ただ、今日は何かを確かめるためだけに遊ぶ気分ではなかった。
いつもどおり、ゲームを楽しみたい。
そう考えていた時、KAIからメッセージが届いた。
『今日、時間あるか?』
『あるよ。どうしたの?』
『東岩山の共同討伐がある。参加するか?』
悠真は任務一覧を開いた。
【東岩山・大型機械獣討伐】
【参加方式:公開共同任務】
【推奨参加人数:8名以上】
【主目標:大型機械獣を撃破する】
【追加目標:周辺設備への損害を防ぐ】
以前にも参加したことがある形式だった。
複数のプレイヤーが同じマップへ転送され、協力して大型の敵を倒す。
個人任務とは違い、ほかのプレイヤーの動きも戦況に影響する。
『やる』
悠真が返事をすると、KAIからすぐに返信が来た。
『じゃあ、現地で合流しよう』
悠真は装備を確認した。
高出力型ではなく、安定性を重視した構成。
長い戦闘になっても、エネルギー切れを起こしにくい。
準備を終え、共同任務へ参加した。
転送先は、東岩山の麓だった。
すでに多くのプレイヤーが集まっている。
見覚えのある機体もあれば、初めて見る機体もある。
KAIは少し離れた場所に立っていた。
「お待たせ」
「いや、今来たところだ」
悠真は周囲を見回した。
参加者は十二人。
まだ増える可能性はあるが、任務の開始条件は満たしている。
大型機械獣が出現するまで、数分の待機時間があった。
プレイヤーたちは、それぞれ装備を確認している。
ある者は近接武器の出力を調整し、別の者は遠距離装備の射程を確認していた。
悠真も装備画面を開いた。
「今回はどう動く?」
KAIが尋ねた。
「敵の動きを見てから決めたい。最初から前に出る人も多そうだし」
「なら、俺が正面に行く。お前は少し後ろから周囲を見てくれ」
「分かった」
やがて、任務開始の表示が出た。
【大型機械獣:出現】
岩山の向こうから、大型の機体が姿を現した。
全身を覆う装甲。
長い前脚。
背中には複数の発光部が並んでいる。
機械獣は周囲を見回すと、最も近くにいたプレイヤーへ向かって突進した。
戦闘が始まった。
前衛のプレイヤーたちが一斉に攻撃する。
KAIも正面へ向かった。
悠真は少し離れた位置から、敵の動きを観察した。
機械獣は正面への攻撃を受けると、前脚を振り上げた。
近くにいた二機が攻撃範囲から離れる。
その直後、背中の発光部が強く光った。
「後ろ、何か来る!」
悠真が声を上げた。
次の瞬間、機械獣の背中から複数の小型弾が発射された。
後方にいたプレイヤーたちが散開する。
一機が回避に遅れ、耐久値を大きく削られた。
だが、戦闘不能にはならなかった。
悠真は遠距離から発光部を狙った。
攻撃が当たる。
しかし、装甲に阻まれ、ダメージは小さい。
機械獣は再び前脚を振り上げた。
KAIが攻撃を避け、側面へ回り込む。
その間に、別のプレイヤーが背中へ攻撃を集中させた。
発光部の一つが消える。
【敵機構の一部停止】
機械獣の動きが、わずかに鈍くなった。
「今だ!」
KAIが前へ出る。
悠真も距離を詰め、側面から攻撃を加えた。
複数のプレイヤーが同時に攻撃を仕掛ける。
機械獣の耐久値が大きく減少した。
だが、敵はまだ倒れなかった。
機械獣が低い音を発し、周囲の地面が揺れた。
足元の岩が崩れ、戦闘区域の一部が通行しにくくなる。
プレイヤーたちの位置が乱れた。
前衛と後衛の距離が開く。
その隙を狙うように、機械獣が向きを変えた。
今度は、後方の設備に向かって進み始めた。
「設備へ向かってる!」
悠真は敵の進路を確認した。
正面から攻撃して止めようとしても、装甲が厚い。
それなら、進路を塞ぐように移動するしかない。
悠真は側面へ回り込み、機械獣へ攻撃を加えた。
KAIも反対側から接近する。
敵の動きがわずかに変わった。
完全には止まらなかったが、進行方向がずれる。
その間に、別のプレイヤーたちが背中の発光部を攻撃した。
もう一つの発光部が消える。
機械獣は大きく姿勢を崩した。
【敵耐久値:15%】
残りは少ない。
しかし、攻撃を急ぎすぎれば、設備の近くで戦闘が続くことになる。
悠真は機械獣の動きを見ながら、攻撃できる位置を探した。
敵が向きを変える。
その瞬間、KAIが正面から攻撃を当てた。
悠真も側面から追撃する。
ほかのプレイヤーたちも一斉に攻撃した。
機械獣の動きが止まった。
数秒後、巨大な機体が岩場へ倒れ込んだ。
【大型機械獣:撃破】
【任務完了】
【追加目標:達成】
戦闘区域から緊張が消えた。
プレイヤーたちは、それぞれ戦績を確認している。
悠真の撃破数は多くなかった。
最も多くダメージを与えたのは、近接装備を使っていた別のプレイヤーだった。
それでも、設備への損害は防げている。
「終わったね」
悠真が言った。
「ああ」
KAIは結果画面を閉じた。
「最後、設備へ向かった時は少し危なかったな」
「うん。みんなが攻撃を続けてくれたから、進路を変えられた」
「一人では止められなかっただろうな」
悠真は頷いた。
戦闘が終わると、参加者たちは少しずつマップから退出していった。
その中で、見知らぬプレイヤーが悠真に声をかけた。
『さっき、敵が設備へ向かった時に側面から攻撃してたよな』
『うん』
『あれ、助かった。俺は正面から止めようとして、攻撃が通らなかった』
『僕も正面からじゃ難しいと思ったから』
『なるほど。また一緒になったらよろしく』
『こちらこそ』
短いやり取りだった。
相手の名前は、悠真には覚えのないものだった。
次に会うかどうかも分からない。
それでも、同じ任務に参加した時間だけは共有していた。
悠真はKAIと一緒にロビーへ戻った。
「もう一戦するか?」
KAIが尋ねた。
悠真は少し考えた。
まだ遊べる時間はある。
しかし、今の共同討伐は十分に楽しめた。
「今日はこれでいいかな」
「そうか」
「また別の任務もやりたいし」
「分かった。また誘う」
二人は別れた。
悠真は装備画面を開き、戦闘で消耗した部分を確認した。
大きな損傷はない。
修理を済ませると、ロビーのランキングを確認した。
一位、KAI。
二位、RION。
三位、YUMA。
順位は変わっていなかった。
悠真はそのままログアウトした。
現実の部屋に戻ると、母親が買い物袋を整理していた。
「今日は早いね」
「うん。大きな敵を倒す任務をやったんだ」
「一人で?」
「違うよ。十二人くらいで協力した」
「そんなに大勢で?」
「うん。一人では倒すのが難しい敵だったから」
母親は袋から食材を取り出した。
「それなら、みんなで協力できてよかったね」
「うん。最後は設備を壊されそうになったけど、みんなで止められた」
「悠真一人では難しかった?」
「たぶんね」
母親は少し笑った。
「じゃあ、誰かと一緒に遊ぶ意味もあるんだね」
「そうだね」
悠真は椅子に座った。
今日の任務では、自分が一番強かったわけではない。
最も多く敵を攻撃したわけでもない。
それでも、敵が設備へ向かった時、自分にできることを考えた。
KAIも、ほかのプレイヤーたちも、それぞれの位置から動いていた。
誰か一人の力だけでは、あの戦闘は終わらなかっただろう。
悠真は時計を確認した。
今日は土曜日。
明日も学校は休みだ。
次にログインしたら、また別の任務を受けてもいい。
今日と同じ仲間がいるとは限らない。
今日と同じ敵が現れるとも限らない。
それでも、誰かと一緒に遊ぶ機会は、またあるかもしれなかった。
悠真は夕食の準備を手伝うため、部屋を出た。




