第百三十二章 勝てなかった理由
火曜日。
悠真が《クロスギア》にログインすると、ロビーには新しい告知が表示されていた。
【臨時合同演習:参加記録を更新しました】
【次回開催:未定】
昨日参加した演習の記録だった。
悠真は詳細を開き、戦闘記録を確認した。
中央補給地点を確保した時刻。
東側高台へ移動した時刻。
本拠点の防衛に参加した時刻。
それぞれの行動が、簡潔に記録されている。
ただし、なぜその判断をしたのかまでは書かれていない。
「まあ、そうだよね」
自分が何を考えていたかは、自分にしか分からない。
相手がなぜ動いたのかも、記録だけでは分からない。
悠真は画面を閉じ、任務一覧を開いた。
今日は新しい合同演習はない。
代わりに、通常の任務と対戦募集が並んでいた。
その中に、KAIの名前を見つけた。
【ランクマッチ参加者募集】
【参加人数:2/3】
悠真は募集に参加した。
数秒後、KAIからメッセージが届く。
『今日はランクマッチか』
『うん。もう一人は?』
『RIONが来るらしい』
少し待つと、RIONも参加した。
『昨日の演習、記録だけ見た』
RIONが言った。
『どうだった?』
『結果は悪くない。ただ、相手が同じ動きをしたら次も勝てるとは限らない』
『それはそうだね』
『だから今日は、普通に対戦しよう』
悠真は頷いた。
昨日の演習は、複数の目標を守る形式だった。
今日の対戦は、相手チームより多くポイントを獲得する形式だ。
必要な判断は似ていても、同じではない。
【対戦を開始します】
転送先は、廃工場を模したマップだった。
中央に広い通路があり、左右には機材置き場がある。
高低差は少ないが、遮蔽物が多い。
試合開始と同時に、KAIが中央へ向かった。
RIONは後方から射線を確保する。
悠真は左側の通路を進んだ。
敵の一機が中央から現れ、KAIと交戦を始めた。
悠真は横から援護しようとした。
しかし、左側の機材置き場から別の敵が飛び出してきた。
「そっちにもいるのか!」
悠真は攻撃を避け、距離を取った。
敵は深追いせず、中央へ戻っていく。
悠真も追わなかった。
代わりに、中央の状況を確認する。
KAIは一機を押し返していたが、もう一機がRIONへ向かっている。
『右、二機来る!』
RIONの声がチャットに表示された。
悠真は左側から中央へ戻った。
だが、その移動の間に、KAIが敵の攻撃を受けた。
【KAI:耐久値低下】
悠真は敵の一機へ攻撃を仕掛ける。
敵はすぐに後退した。
その隙にKAIも距離を取ったが、敵チームは中央を押さえた。
残り時間は半分を切っている。
悠真たちは左右から挟み込もうとした。
ところが、敵は中央を捨てて後退した。
悠真は一瞬、追撃を考えた。
だが、RIONが止めた。
『待って。向こう、まとまって動いてる』
敵は廃工場の奥に集まり、こちらが近づくのを待っていた。
悠真たちは立ち止まった。
正面から進めば、敵の射線に入る。
左右へ分かれれば、今度はこちらの連携が崩れる。
残り時間が少ない。
それでも、悠真は無理に突っ込まなかった。
KAIが中央の遮蔽物を利用して前へ出る。
RIONが遠距離から敵の動きを牽制する。
悠真は側面の通路を使い、敵の後ろへ回り込もうとした。
しかし、その途中で試合終了の表示が出た。
【敗北】
悠真は結果画面を見つめた。
撃破数では、KAIが一機。
RIONと悠真はゼロだった。
敵チームは撃破数も多く、目標ポイントでも上回っている。
「負けたね」
悠真が言った。
「そうだな」
KAIは短く答えた。
RIONは戦闘記録を開いた。
「最初に左側へ敵が来た時、悠真はどう考えた?」
「中央を援護しようと思った。でも、別の敵がいたから戻った」
「その判断自体は間違いとは言えない」
「うん」
「ただ、結果として中央への合流が遅れた」
悠真は記録を見た。
確かに、左側で敵と接触した後、中央へ戻るまでに時間がかかっていた。
もし最初から中央にいれば、KAIへの援護が間に合った可能性はある。
だが、左側を空けていれば、別の敵に回り込まれていたかもしれない。
「じゃあ、どうすればよかったんだろう」
悠真が尋ねると、RIONはすぐには答えなかった。
「そこは、記録だけでは決められない。敵が最初から二手に分かれるつもりだったのか、途中で判断を変えたのかも分からないから」
「……そっか」
「ただ、次に似た状況になったら、最初に味方との距離を確認することはできる」
KAIも続けた。
「俺が前に出るなら、どこから援護できるか考えておけばいい。敵が別の場所にいたら、その時に対応する」
「最初から全部分かるわけじゃないんだね」
「分かるなら苦労しない」
KAIの言葉に、悠真は笑った。
もう一戦するかどうか、三人で少し話した。
KAIは続けてもいいと言った。
RIONは、次の試合まで少し間を空けたいらしい。
悠真も、今日は一度装備を見直したかった。
結局、三人は別れることにした。
悠真は整備工場へ向かった。
装備を確認し、先日の合同演習で購入した部品の状態を見る。
問題はない。
そのまま通常任務を一つ受けることにした。
任務は、北側の輸送路に出現した機械獣の排除だった。
敵は三体。
輸送路の周囲には、運搬用の機材が置かれている。
悠真は機材に近づかないように敵を誘導し、一体ずつ距離を取って戦った。
途中、一体が横道へ逃げた。
以前なら、そのまま追いかけていたかもしれない。
しかし、悠真は周囲を確認した。
横道の先には輸送用の機材がある。
ここで無理に追えば、機材の近くで戦うことになる。
悠真は進路を塞ぐように移動した。
敵は向きを変え、再び輸送路へ戻ってきた。
そこで攻撃を当て、動きを止める。
残る二体も、時間をかけて撃破した。
【任務完了】
【評価:A】
悠真は報酬を受け取った。
特別なことは起きなかった。
ただ、任務の目的を達成できた。
ロビーへ戻ると、ランキングが更新されていた。
一位はKAI。
二位はRION。
三位はYUMA。
順位に変化はない。
悠真はその画面を閉じた。
今日は負けた。
それでも、ゲームを続ける気持ちはなくなっていなかった。
負けた理由が一つに決まるとは限らない。
次に同じことが起きても、今日とは違う結果になるかもしれない。
それなら、今日の記録を見て、できることを一つ考えればいい。
悠真はログアウトした。
部屋の外から、母親の声が聞こえた。
「悠真、ご飯できたよ」
「今行く!」
食卓に座ると、母親が尋ねた。
「今日は楽しかった?」
「うん。でも対戦では負けた」
「そうなの」
「どこで間違えたのか、まだよく分からないところもあるんだ」
母親は箸を置いた。
「分からないなら、次に考えればいいんじゃない?」
「うん」
「すぐに答えが出ることばかりじゃないでしょう」
悠真は頷いた。
ゲームの中では、戦闘が終われば結果が表示される。
勝ちか、負けか。
目標を達成したか、失敗したか。
数字にすれば、結果は分かりやすい。
けれど、その結果に至るまでには、いくつもの判断がある。
その一つを変えれば、別の問題が起きたかもしれない。
正しかったかどうかを、結果だけで決められないこともある。
悠真は食事を続けた。
明日、もう一度対戦するかもしれない。
しばらく通常任務を続けるかもしれない。
まだ決めていなかった。
ただ、今日負けたからといって、ゲームをやめる理由にはならなかった。
次にログインした時には、また別の戦いが待っている。
その時にどう動くかは、その時に考えればいい。




