第百三十一章 突然の招待
月曜日。
悠真が学校から帰ってくると、机の上には昨日の宿題がきれいに片づいていた。
朝、家を出る前に終わらせた分だ。
残っているのは、今日出された算数のプリントと国語の音読だけだった。
ランドセルを置き、手を洗う。
母親が台所から声をかけた。
「先に宿題をやる?」
「うん。終わったらゲームする」
「分かった。夕飯までには一度休憩してね」
「はーい」
悠真は机に向かった。
算数の問題を解き、国語の教科書を開く。
途中で一問だけ分からない問題があったが、教科書を読み直すと解けた。
すべて終わるころには、外が少し暗くなっていた。
悠真は母親に宿題を確認してもらい、自分の部屋へ戻った。
そして《クロスギア》にログインした。
【オンラインプレイヤー:207,361】
平日らしい数字だった。
ロビーでは、昨日の対戦イベントについて話しているプレイヤーがいた。
『昨日の三対三、最後の逆転すごかったな』
『あれ、守備側が一人残ってなかったら負けてたと思う』
『撃破数だけ見ても分からない試合だった』
悠真はその会話を眺め、少しだけ笑った。
昨日、自分が参加した試合にも似ている。
戦績画面だけでは分からないことがある。
そう思いながら任務一覧を開いた。
すると、普段は見かけない募集が目に入った。
【臨時合同演習】
【参加条件:なし】
【内容:複数部隊による模擬戦闘】
【制限時間:30分】
【参加人数:最大12名】
【報酬:演習ポイント】
「合同演習?」
通常の対戦とは違うらしい。
説明文には、敵味方の部隊がそれぞれ複数の目標を持ち、状況に応じて作戦を変更すると書かれていた。
ただ敵を倒せばいいわけではない。
目標地点の確保、補給地点の維持、味方部隊との合流。
複数の条件を満たす必要がある。
悠真は募集画面を開いた。
すでに参加者が集まり始めている。
【参加予定:7/12】
KAIの名前はなかった。
RIONもいない。
悠真は少し迷った。
知らないプレイヤーと組むことになる。
以前のランダムチーム戦では、味方同士の考えが合わずに負けたこともあった。
今回も同じかもしれない。
それでも、普段とは違う形式なら、試してみる価値はある。
悠真は参加を選んだ。
【参加登録完了】
数分後、参加者が十二人に達した。
【演習を開始します】
画面が切り替わる。
悠真が転送されたのは、岩場と平地が入り混じった演習区域だった。
遠くには二つの拠点。
中央には補給地点。
さらに、東側には高台がある。
【作戦目標】
一、中央補給地点を確保する。
二、東側高台を維持する。
三、敵部隊の本拠点への侵入を防ぐ。
【残り時間:30:00】
「三つもあるのか……」
悠真が周囲を見回すと、同じチームのプレイヤーが集まっていた。
『最初、どう動く?』
誰かがチャットで尋ねた。
『全員で中央に行けばいいんじゃないか?』
『高台を取られると面倒だぞ』
『でも、人数を分けたら各個撃破されるかもしれない』
意見が分かれている。
悠真は地図を開いた。
中央補給地点までは近い。
東側高台へ向かうには、岩場を迂回する必要がある。
本拠点への侵入経路は二つ。
最初から全員で中央へ向かえば、補給地点を取れる可能性は高い。
しかし、高台を敵に取られれば、こちらの移動を上から監視されることになる。
悠真はチャットに書き込んだ。
『最初は中央に八人、高台に二人、本拠点に二人はどう? 中央を確保したら、一部を高台へ回す』
すぐに返事があった。
『本拠点に二人だけで大丈夫か?』
『敵が来たら中央から戻る形か』
『高台の二人は、敵が多かったら無理せず下がるでいい?』
悠真は頷いた。
『うん。高台は維持できなくても、敵の人数が分かればいいと思う』
全員が完全に納得したわけではなかった。
それでも、開始までに大まかな役割は決まった。
演習開始。
悠真たちは中央へ向かった。
敵も同じように中央を目指していた。
岩場の陰から敵機が現れる。
先頭の機体が攻撃を仕掛け、後方の二機が射撃で援護する。
悠真は正面から突っ込まず、岩場を利用して側面へ回った。
敵の一機がこちらに気づき、攻撃の向きを変える。
その間に味方が前へ出た。
数では互角。
だが、敵は少しずつ後退している。
『中央、もう少しで取れる!』
チャットが流れた。
悠真は敵を追いかけたくなった。
ここで一機倒せれば、中央を確保しやすくなる。
しかし、敵の後退があまりにも整っていた。
以前の対戦で、相手の動きを予想して深追いした結果、味方から離れてしまったことを思い出す。
悠真は足を止めた。
「……追わない」
敵を追撃する代わりに、補給地点の範囲へ戻る。
味方も次々と中央へ集まり、制圧ゲージが進んだ。
【中央補給地点:確保】
だが、その直後だった。
『高台に敵が来た!』
東側を担当していた味方から連絡が入った。
『三機いる。こっちは二機だ』
悠真は地図を開いた。
中央の敵部隊はまだ近くにいる。
高台へ全員で向かえば、補給地点を奪い返されるかもしれない。
かといって、放置すれば敵は高台を利用してこちらを攻撃できる。
『中央に四人残って。僕たちは高台へ行く』
悠真は近くの三人に呼びかけた。
『了解』
『中央は任せてくれ』
四人が残り、悠真たちは高台へ向かった。
到着した時には、味方の二機が岩場の下まで後退していた。
敵は高台の入口を押さえている。
悠真は正面から攻撃せず、横の斜面へ回った。
敵の一機がそちらへ向く。
その隙に、後退していた味方が再び前へ出た。
人数は三対三。
互いに簡単には動けない。
残り時間は二十分を切っていた。
悠真は敵を倒すことより、高台の入口を取り返すことを優先した。
敵が一歩前へ出れば、味方と一緒に押し返す。
敵が後退すれば、追わずに位置を維持する。
やがて、敵の一機が中央へ戻っていった。
高台に残った敵は二機。
悠真たちは、ようやく入口を確保した。
【東側高台:確保】
残る目標は本拠点の防衛だった。
だが、中央では再び戦闘が始まっていた。
『敵が補給地点へ接近!』
悠真たちは高台を離れ、中央へ向かった。
途中、本拠点を守っていた味方から連絡が入る。
『敵が南側の道から来ている。まだ侵入はされていない』
悠真は地図を確認した。
中央へ急ぐべきか。
本拠点へ戻るべきか。
どちらも放置できない。
しかし、ここで全員が本拠点へ戻れば、敵に中央を奪われる可能性がある。
悠真は一緒に走っていた二人へ言った。
「僕たちは本拠点へ行く。残りは中央をお願い」
『分かった』
悠真たちは南側の道へ向かった。
到着すると、敵の二機が本拠点の入口を攻撃していた。
味方は二人。
数は四対二だったが、敵は入口を挟んで有利な位置を取っていた。
悠真は一気に距離を詰めず、味方の横へ回り込んだ。
敵の一機がこちらへ向き直る。
その瞬間、入口を守っていた味方が前へ出た。
もう一機の敵は、挟まれることを嫌って後退した。
悠真たちは追わなかった。
敵を倒す必要はない。
本拠点への侵入を防げばいい。
残り時間が一分を切る。
中央補給地点は味方が維持していた。
東側高台も、敵が近づいてはいたが、まだ制圧されていない。
そして、本拠点への侵入も防げている。
【残り時間:00:10】
悠真は入口を見た。
敵の機体が一度だけ前へ出る。
味方が攻撃を受け止める。
そのまま、時間が過ぎた。
【演習終了】
【結果:勝利】
【中央補給地点:確保】
【東側高台:維持】
【本拠点:防衛成功】
悠真は結果画面を見つめた。
撃破数は、チーム内で三番目だった。
最も多く敵を倒したプレイヤーは、中央で戦い続けていた人だった。
それでも、全体の目標は達成できている。
チャット欄に、参加者たちの言葉が流れた。
『高台、途中で落ちると思った』
『中央に全員残ってたら厳しかったな』
『本拠点に戻った判断は助かった』
『最初に役割を決めておいてよかった』
もちろん、反省もあった。
『中央から高台へ行くのが少し遅かった』
『本拠点の南側は、もう一人いてもよかったかもしれない』
『敵が最初に下がったの、こっちを誘ってたのかな』
悠真は最後の発言を見た。
敵が本当に誘っていたのかどうかは分からない。
単に不利になったから下がっただけかもしれない。
結果が分かった後でも、相手の考えまで確定するわけではなかった。
演習が終わると、参加者たちはそれぞれロビーへ戻った。
悠真も装備画面を開いた。
特別な報酬はない。
演習ポイントが少し増えただけだった。
それでも、普段の三対三とは違う経験になった。
一人の相手に勝つことと、複数の目標を守ることは違う。
強い機体が一つあっても、すべての場所を同時に守ることはできない。
誰かが前へ出れば、別の場所が手薄になる。
何かを選べば、選ばなかった場所には別の危険が残る。
悠真はそのことを、今日の演習で改めて感じていた。
しばらくして、KAIからメッセージが届いた。
『今日はログインしてたのか』
『うん。合同演習に参加した』
『どうだった?』
『三つの目標を同時に守るやつ。いつもの対戦とは違ったよ』
『面白そうだな』
『うん。今度一緒にやろう』
『時間が合えばな』
悠真はメッセージを閉じた。
次に募集があれば、また参加してみてもいい。
今度は別の役割を担当することになるかもしれない。
同じ演習でも、味方が変われば展開も変わる。
そして、今日うまくいった方法が、次も通用するとは限らない。
悠真は時計を確認した。
そろそろ夕飯の時間だった。
ログアウトすると、母親が食卓の準備をしていた。
「今日はどうだった?」
「合同演習をやったよ」
「合同演習?」
「みんなで三つの場所を守るの。敵を倒すだけじゃなくて、どこを守るか考えないといけないんだ」
「一人では全部できないんだね」
「うん。だから、誰かに任せる場所も決めるんだ」
母親は皿を並べながら言った。
「任せるって、難しそうね」
「そうだね。任せた場所が危なくなることもあるし」
「でも、全部自分でやることもできないんでしょう?」
悠真は少し考えた。
「うん」
「なら、誰に何を任せるか考えるのも、大事なことなんじゃない?」
「……そうかもしれない」
母親はそれ以上、話を広げなかった。
悠真も、今日の演習について考えるのをやめた。
食事を終えたら、明日の準備をする。
明日は学校がある。
ゲームの中で何が起きても、現実の予定は変わらない。
悠真は夕飯の席に座った。
今日の演習では、三つの目標をすべて守ることができた。
しかし、それは誰か一人がすべてを守ったからではなかった。
それぞれが別の場所を担当し、状況が変われば移動し、最後まで役割を果たそうとした。
次に同じことができるかは分からない。
それでも、今日の経験は残っている。
悠真は箸を手に取った。
「いただきます」




