第百三十章 街に増えたもの
日曜日。
悠真が《クロスギア》にログインすると、ロビーはいつもより賑わっていた。
【オンラインプレイヤー:246,508】
週末ということもあるのだろう。
任務の募集欄には、討伐、護衛、設備防衛、対戦など、さまざまな項目が並んでいる。
悠真はしばらく画面を眺めていた。
すると、画面の隅に小さな告知が表示された。
【中央都市・市街地更新のお知らせ】
【一部の施設およびNPCの行動に変更があります】
「市街地更新?」
普段なら、新しい任務や装備の告知を先に確認する。
しかし今日は、特に急いでやりたいことがなかった。
悠真は中央都市へ移動した。
街に降り立つと、最初に気づいたのは、広場の様子だった。
以前、広場の東側には使われていない資材置き場があった。
積まれた木箱。
動かなくなった小型運搬機。
壁際に寄せられた古い部品。
何度も通った場所だから、悠真も覚えている。
だが、今日は違った。
木箱は整理され、部品は種類ごとに分けられている。
小型運搬機は修理され、作業員のNPCが資材を運んでいた。
その隣では、別のNPCが新しい棚を組み立てている。
「いつの間に?」
悠真が近づくと、作業員の一人が顔を上げた。
「通行の邪魔になっていたからな。昨日から整理している」
「昨日から?」
「ああ。資材の置き場所も変える予定だ」
「誰かに頼まれたの?」
「誰か一人の指示というわけじゃない。倉庫の担当者と相談したんだ」
NPCはそう答えると、再び作業に戻った。
悠真はしばらく、その様子を見ていた。
以前なら、ここを通るたびに同じ景色が広がっていた。
誰かが作業しているところを見た記憶もない。
けれど、資材は使われていた。
運搬機も、壊れたまま放置されていたわけではなかった。
見えないところで、少しずつ事情が変わっていたのかもしれない。
悠真は広場を離れた。
中央通りでは、露店の位置が変わっていた。
以前は道路の端に並んでいた二つの店が、少し奥へ移動している。
空いた場所には、修理用の部品を扱う小さな店ができていた。
「いらっしゃい。装備の調整に使う部品ならあるよ」
店主が声をかけてきた。
悠真は商品一覧を開いた。
特殊な装備はない。
高価な新素材もない。
並んでいるのは、普段の任務で消耗する部品や、交換用の小さなパーツばかりだった。
しかし、いくつかは今使っている装備にも対応していた。
「これ、前から売ってた?」
「いや。昨日、工場から届いたばかりだ」
「工場?」
「街の北側にある工場だよ。今までは別の倉庫へ運んでいたらしいが、こちらでも扱うことになったんだ」
悠真は必要な部品を二つ購入した。
高い買い物ではない。
それでも、普段の任務で使うものが街で手に入るなら便利だった。
店主に礼を言い、広場へ戻る。
そこで、見覚えのある機体を見つけた。
KAIだった。
「何してるの?」
「部品を見ていた」
「KAIも買い物?」
「必要なものがあったからな」
KAIは手に持った部品を見せた。
悠真が購入したものとは違う。
「新しい店?」
「そうらしい」
「さっき来たら、いろいろ変わってたよ。資材置き場も整理されてた」
「見た」
「前からあんな場所だったのにね」
「前から同じ場所だったことと、これからも同じ状態であることは別だろ」
「……確かに」
KAIは部品をしまった。
「それで、今日は何をする?」
「まだ決めてない」
「なら、一戦だけ対戦するか」
「いいよ」
二人は対戦受付へ向かった。
今回のルールは、三対三の拠点制圧戦だった。
味方には、初めて組むプレイヤーが一人いる。
相手側にも、見覚えのない名前が並んでいた。
試合開始。
KAIは正面から進み、敵の注意を引いた。
悠真は少し距離を取り、味方と一緒に左側の拠点へ向かう。
序盤は順調だった。
敵の一機がKAIを追い、もう一機が中央へ移動する。
悠真は左側の拠点を確保しながら、味方に中央へ向かうよう伝えた。
だが、敵はそこで動きを変えた。
KAIを追っていた機体が急に引き返し、中央の味方へ攻撃を仕掛ける。
もう一機も、左側の拠点へ回り込んできた。
「KAI、戻って!」
『分かった』
悠真は拠点の防衛に残った。
KAIが中央へ戻り、味方が攻撃を受けている間に、悠真は敵の進路を塞ぐ。
敵は一度後退した。
その隙に、味方が中央の制圧を進める。
最後の数十秒。
敵は全機で中央を取り返そうとした。
悠真は無理に追撃せず、拠点の範囲から出ない。
KAIが正面を抑え、味方が側面から牽制する。
制限時間終了。
【勝利】
悠真は結果画面を確認した。
KAIの撃破数は多い。
味方も十分に働いていた。
悠真自身の撃破数は一機だけだったが、拠点の維持時間は長かった。
「勝ったね」
「ああ」
「僕、あまり倒せなかったけど」
「拠点を守っていたからな」
「うん」
悠真は戦績を閉じた。
撃破数だけを見れば、自分の働きは目立たない。
しかし、あの場面で拠点を離れていたら、結果は違っていたかもしれない。
だからといって、今回の勝利が自分一人の判断で決まったとも思わなかった。
KAIが戻り、味方が中央を守り、全員が時間まで持ちこたえた。
それぞれの行動が重なった結果だった。
「もう一戦する?」
KAIが聞いた。
悠真は少し考えた。
「今日はやめておく。さっき買った部品も試したいし」
「そうか」
「また今度ね」
KAIと別れたあと、悠真は整備工場へ向かった。
購入した部品を装備に組み込む。
攻撃力が大きく上がるわけではない。
エネルギー効率が劇的に改善するわけでもない。
ただ、以前よりも消耗した部品を交換しやすくなった。
整備工は装備を確認して言った。
「街の店で買ったのか」
「うん。今日できたみたい」
「流通先が増えたんだろうな」
「前はなかったよね?」
「なかったな」
整備工は工具を片づけた。
「必要なものが増えれば、扱う場所も変わる。店が増えることもあるだろう」
「街も変わっていくんだね」
「そういうことだ」
悠真は整備を終えた機体を確認した。
任務を受けたわけではない。
強敵を倒したわけでもない。
新しい装備を手に入れたわけでもない。
それでも、今日はいつもと違うことがいくつかあった。
街の資材置き場が整理されていた。
新しい店ができていた。
そこで必要な部品を買えた。
以前から知っている場所なのに、知らない変化が起きていた。
悠真はロビーへ戻った。
【オンラインプレイヤー:246,508】
数字は、ログインした時と変わっていなかった。
その下では、新しい任務の募集が流れている。
誰かが対戦相手を探し、誰かが装備の相談をしていた。
悠真はランキングも確認した。
一位はKAI。
二位はRION。
三位はYUMA。
順位も変わっていない。
だが、順位が変わらなくても、街は変わる。
自分が遊んでいない時間にも、誰かが仕事をしている。
誰かが資材を運び、店を開き、壊れたものを直している。
そのすべてを知ることはできない。
悠真は画面を閉じ、ログアウトした。
現実の部屋に戻ると、母親が買い物袋を整理していた。
「今日はもう終わり?」
「うん」
「何か面白いことあった?」
「街に新しい店ができてた」
「ゲームの中の?」
「そう。前はなかった部品屋」
「へえ。ゲームの中でもお店が増えるんだね」
「うん。前からあった場所も、少し変わってた」
母親は袋から野菜を取り出した。
「ずっと同じ場所でも、ずっと同じとは限らないってことかな」
「……そうかもしれない」
悠真は椅子に座った。
いつもの街。
いつものロビー。
いつもの整備工場。
何度も見てきた場所だった。
けれど、いつも見ているからといって、そこですべてが同じまま続いているわけではない。
知らない間に変わっていることもある。
気づかないまま、通り過ぎてしまうこともある。
悠真は、次にログインしたとき、広場の様子をもう一度見てみようと思った。
新しい店が残っているか。
資材置き場の整理が終わっているか。
それとも、また別の何かが変わっているのか。
そんなことを考えながら、悠真は宿題を机の上に広げた。
ゲームの世界にも、明日がある。
そして、その明日がどうなるのかは、まだ誰にも分からなかった。




